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- - - 第21章 絡まる糸9
[ 第21章 絡まる糸8 | CloverTop ]

全体評価―――――『不合格』。
心のメモ帳にそう記載すると、フィーナは大きく伸びをした。

反乱軍が潜んでいるという村に入り込んで既に半月が経とうとしている。
できる限り目立たないように、瞳の色も一般の民と同じ茶色に、髪型も変えた。『死の女神』だということも知られないように注意を払いながら、フィーナはこの半月の間、13諸侯の子息達を観察していた。

結果―――――『不合格』。
さて、この報告をディシスにどう伝えたものだろう。
しかしもしこの場所に彼がいたとしても、自分と同じ評価を下したのではないだろうか。
手近な岩に座りながら悶々と考えていると、横に人が立って苦笑している気配がした。

「……あんまり近付かないで、目立つでしょう?」
「おやおや、私が嫌いかい?お姫様」
「フィーナ!」
「そうそう、今はフィーナだったね」

軍師でもある風のレグレース侯爵はそう言いながら、彼女の横に腰掛けた。
流石と言うかなんと言うか、ロジャーにはあっという間に正体がバレてしまった。
これはフィーナにとっては大きな誤算だった。この男、とにかくどこであろうと気さくに話しかけてくるものだから、目立って仕方がないのだ。

「で?フィーナは何を考えていたんだい?」
「この反乱軍が『不合格』だってことよ」
「おや、手厳しいね」
「わかってるくせに……今までよく生き延びてこれたわね、この集団で」
「確かにね、大いなる奇跡も重なっていたんだろうな」
「のんきに言わないでよ……」

がっくりと肩を落としたフィーナに、ロジャーは笑った。
いや、おそらくは笑うしかなかったのだろう。彼女の言葉は全て正しかったのだから。

「『不合格』の理由を聞いてもいいかな?」
「……言っていいの?」
「もちろん。知ることは知らないことより格段に上だよ?」

飄々と言ってのけるロジャーに、フィーナは大きくため息をつく。
確かに、彼女自身の目も肥えていることは認めよう。今までそれこそ1流と言われる傭兵達と共に戦ってきた。だからそれと比べることに意味はないとわかっている。
―――――だが。
仮にも理不尽に奪われた国を取り戻そうという志を持って集まった集団がこれでいいのだろうか。

「まず……あれは何?」
「あれはね、好きな子いじめだよ」
「……」

フィーナが指差した先には、大きな声で言い合いをするイシュタルとリーフがいた。
イシュタルは半分無視しているようにも見えるが、リーフがいちゃもんをつけていると言ったところだろうか。
そしてそれを止めようとして、2人の顔を交互に見ながらオロオロしているイースもいる。

「じゃあ、あれは?」
「ああ、あれはね。母性を求める子供の行動だね」
「へぇ……」

その指の先には、村の娘に囲まれているシードと、自分の電撃のせいで髪の毛をチリチリにしながら骨付き肉を頬張っているレヴィンがいた。
ロジャーの合いの手を無視して、そのままフィーナは指差す先を変える。

「あっちは?」
「茶飲み友達じゃないのかい?」
「ずいぶんとのんびりしたことで……」

日向ぼっこでもしているのか、お茶を片手にメナスとルシェル、シルヴィラが談笑している。
およそ戦いの最中とは思えない光景だ。

「なら、あれは?」
「反抗期だね」

近くにある大きな木の下で黙々と読書に勤しむキールは、周りに全く興味がないように見えた。

「で、あの集団は?」
「悩むのが好きなんだよ、悲観的だからね」
「……使えない」

おそらくこの集団の統率者であろうアゼル、ゲオハルト、ヴォルク、アークの4人は大きなテーブルを囲んで何やら語り合っていた。作戦を練っている、というのならまだいい。しかしフィーナが知る限り、彼等は何日もずっとあの状態で、結論がでているようにはまるっきり見えなかった。

「で?軍司様は何をしてるわけ?」
「君と話をしているよ?」
「これからどうするつもりなわけ?」
「どうしようかね……彼等のお守りも中々の重労働なんだよ」
「帰って来たのが間違いだったような気がヒシヒシとしてるんだけど」
「悲しいことを言わないでくれまいか?お姫様」
「フィーナ!」
「ああ、フィーナだったね」

にこにことロジャーは笑っている。
遊ばれているような、そんな気分になってフィーナはそっぽを向いた。

「……『不合格』」
「そうだね、『合格』を上げられるような状態ではないことは良く分かっているよ。だから私は戦闘を避けて逃げ続ける道を選ばざるをえなかった」
「そんな貴方に、異議を唱える奴らも多いんでしょう?」
「戦うべきだとはよく言われるよ。先の見えない闇に人は怯える生き物だからね」
「でも今戦って、勝てると思ってる?」
「勝てるかい?」
「……愚問ね」
「だろう?」

ロジャーは頭が良い。だから彼は全てを分かっていて逃げる道を選んだ。
自分達の状況も分からず、ただ誇りのため、感情のままに戦いを挑むのは愚か者のすることだ。
そして客観的に見る限り、やはり彼等は甘やかされたお坊ちゃんとお嬢ちゃんだった。

「君は、彼等に何が足りないと思う?」
「協調性」
「ははは……それは難題過ぎるよ」
「個々の戦力がどうとかいう問題じゃないでしょ。統率力が足りなさ過ぎる」

13諸侯家の血を引くだけのことはあって、個々の戦闘力や魔導力は悪くない。
ただそれがロジャーの戦略通りに動くかと言えば、否だ。

この集団には、絶対的な統率力が足りない。
つまるところ―――――アゼルの力が足りなさ過ぎるということである。
彼は優しすぎる。皆が傷つかずに済むようにと配慮をし過ぎる。守らなければいけないという責任感が大きすぎて、全体が上手く動かない悪循環に陥っているように見える。

「……アゼルも悩んでいるよ」
「悩んで悩んで、結局答えが見つからなくて、ぐるぐるしてるだけに見えるけど?」
「手厳しいねぇ」
「ユーノスの息子なら、もうちょっと頑張ってほしいんだけどな」
「じゃあ君は?ジークフリートの娘である君は、どう頑張る?」

不意に父親の名前を出されて、フィーナは動きを止めた。
自分をじっと見つめてくる青碧の瞳は、彼女に何らかの答えを促しているように見える。
でも、だからって―――――簡単に答えなんて出してやらない。

「私はディシスの娘よ?」
「……上手く逃げるね」
「フィーナ・シュトラウスは、傭兵のディシス・シュトラウスの娘。嘘は言ってない」
「そうだったね……でも」

『―――――じゃあ君は今、何のためにここにいるんだい?』

ロジャーのその問いに、フィーナは返事をしなかった。


* * * * *


(これは自分の声じゃない)

見渡す限りの闇の中、ただ立ち尽くすしかなかったとしても、それだけは絶対だとリュークは考える。
そう―――――考えている。
これは現実ではなく、ここのところよく見るようになった、夢だ。

『憎い』
『苦しい』
『悲しい』

繰り返されるそれは、負の感情を表す言葉で。
誰かの声というよりもむしろ、自分の中から響いてくるようだった。

『ひとり』
『ずっと―――――ひとり』
『寂しい』

その負の感情に押しつぶされそうになる自分を、リュークは必死で堪えた。
知っている。何度も何度も感じたことのある想い。けれどそれを受け入れてしまったら、自分が自分でなくなってしまう気がした。

そして―――――確かに自分は知っているのだ。彼を愛してくれた人々の暖かさを。
少なかったからこそ、それは彼にとっては大きな喜びでもあった。

けれど彼を蝕むその声は、日に日に大きくなる。
これが反目の印を持つということなのだろうか。今までそれを持って生まれてきた者が害をなす存在だと疎まれてきたのは、この声に逆らうことが最後にはできなくなったからなのだろうか。

(―――――嫌だ)

これに負けてしまったら、自分だけではなく半身であるジェイドも闇に堕ちる。
属性が闇と魔でありながら、どこまでも優しいあの竜が、変わってしまう。

(―――――テーゼ)

どんなに呼んでももういない妹姫のあの小さな手を、彼女がくれたあの小さな白い花を、リュークは思い出そうとした。
忘れたくない。絶対に忘れてはいけない。
だから何度も夢の中でその名前を呼ぶ。繰り返し繰り返し、ただひたすらに呼ぶ。

(君さえ、生きていてくれたら)
(ただそれだけで充分なのに)

父のような、兄のような存在のファングにさえ言うことができなかった想い。
少年の日に抱いたその想いは今も、リュークの心の中に息づいて消えない。

『いない』
『もう、どこにもいない』

わかっている。
けれど―――――認めたくない事実を、その声は何度も彼に囁く。
決して負けたくないと思っているのに、その現実はリュークを確実に追いつめていた。

大好きだった父親やユーノス、大切な兄のようだったファングとディシス。
柔らかで愛おしい、誰より守りたかった小さな妹姫。
彼等のいない世界など、滅びてしまえばいい。
そんなことを考えてはいけないと―――――わかっているのに。

(君さえ)
(君さえ、生きていてくれたら)

届かない。
この願いも、想いも―――――届かない。

少しずつ蝕まれていく心を抱えて、リュークは一人、じっと耐え続けていた。