対の遺伝子
- - - 23. だからあなたが大嫌い
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「私、あなたのこと大嫌いです」

一度絶対に言ってやらなくちゃって、思ってたの。
これは秘密、絶対に彬には言っちゃいけない秘密。

中学生の私に、いきなり初対面で大嫌いと言われたその人は、一瞬だけ驚いた後、不愉快そうに眉を寄せた。

「何だね、君は」
「私は彬の幼馴染です」
「……幼馴染?」

生真面目そうなその人は、鼻だけが彬に似ていた。
写真を見せてもらったから知ってる。彬はお母さん似なの。
この人の遺伝子なんて、受け継いでいないんじゃないかって思えるくらいに。

「だから私、あなたのことが大嫌いです」
「……幼馴染の父親に、よくもまぁそんな大きな口が聞けるな」
「あなたが父親を名乗りますか?あなたと逢った後、彬はいつも苦しそう」
「親子の問題に他人の君が口を挟むのかね」

冷たい目をして私を見るその人は、まるで全てを拒絶しているみたい。
きっと彬を見る時も、この人は同じ目をしているに違いなかった。

腹が立つの。
だから大嫌い。

「他人じゃないですよ」
「……何?」
「私は、彬の唯一絶対の存在ですから」
「……」
「そうなるようにしたんです。少しずつ、少しずつ、時間をかけて。だってそうしないと、彬は壊れてしまう。心が死んでしまう。あなたが与えるはずの無償の愛情を全く与えられなかった彬が生きていくためには、どうしてもそれが必要だったの」

睨みつける私に、その人は目を見開いて、少し驚いたようだった。
壁がある。この人の周りには、強固な壁がある。
息子である彬ですら遠ざけてしまうくらいの、壁が。

「君が、彬の唯一絶対か」
「はい」
「だが、もしもそれを失ったら……彬はどうなるかな」
「私が死んだらってことですか」
「そうだ。絶対にないとは言い切れまい?それなのに彬をそう仕向けた君は、残酷ではないのか?」

壁の向こうに、ちらりちらりと見えるのは悲しみの色。
わかってるの、本当は私、わかってる。
彬はきっと……この人に似ている。

「絶対にないです」
「何?」
「私は絶対に、彬を生き残したりしません。私が逝く時には、彬も一緒に連れて逝きます」

覚悟がある。
公園の茂みの中で、膝を抱えて震えていた彼を見つけた時に、決めた覚悟がある。
だから絶対に置いて逝ったりなんて、しない。

「君はそれでいいのかね」
「いけませんか?」
「……いや……」

そのまま彼は一言も口を開かず、しばらく何かを考えているようだった。

苦しかったの?
悲しかったの?
そんなに彬のお母さんを愛していたの?

でも、絶対にそんなことを口には出さない。
だってどんなに私がこの人に同情しても、彬の心の傷は消えることはないから。
だから私はずっとこの人を大嫌いでいなくちゃいけなかった。

「……そうして、やってくれ」
「言われなくても、そうします」

ほんの少し……他の人にはわからないほどわずかに、彼は目を細めた。
でも私はそれに気付かないフリをする。

そういう仕草は、そっくりだから。
大嫌いでいられなくなる。抱きしめたくなってしまう。

遠くなるその人の背中を見送りながら。
―――――何故だろう。
私は無性に彬に逢いたくなった。