W渡辺
- - - 第18話 渡辺くんとカップめん
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その日は珍しいことに、誰もいない日曜日だった。
両親は時政の両親と一緒に出かけ、じいさまは古い知り合いと旅行に行ったからである。

「珍しいか?」
「気付くと月の半分くらい両親のいないお前の家と一緒にするな」
「半、一人暮らしだから、オレ」
「自慢にならん」

いつものように何の遠慮もなくうちに上がりこんでいた時政が、ガハハと大口をあけて笑っている。
俺はため息をついて、台所のテーブルの上に置かれた母さんのメモを見た。

『食事は、適当に』

いくらなんでも、簡潔すぎるだろう。
例えば冷蔵庫に何かあるとか、店屋物を取るための金が置いてあるとか、やりようもあるだろうに。
普段は穏やかな常識人なのに、時政の両親と一緒になると何で同じような行動をとるんだ、うちの親は。友人はもうちょっと選んだ方がいいんじゃなかろうか。

そんな風に自分の両親が心の中でひどい扱いを受けているのに気付きもせず、時政はテレビを見るのをやめてキョロキョロと辺りを見回し始めた。

「なぁ、腹減らねぇ?」
「……だから、今考えているだろう」

とはいえ、料理のできない男2人だ。
店屋物を取るのが簡単でいいのだが、ひとつ問題があった。

「お前、金持ってるか?」
「は?」
「俺は昨日生徒会の備品代を立て替えたから、手持ちがない」

全くないわけではないが、二人分の店屋物を取るほどの資金は、今の俺の財布の中には残っていなかった。
そんな状況が本当に分かっているのかいないのか、時政は落ち着き払った態度で、チッチッチと顔の前で指を振ってみせる。

「……政宗」
「?」
「お前、オレが金なんて持ってると思うのか?」
「……」
「昨日オレ、コンビニで買い食いしたからすっからかんだ」

……偉そうに言うことか!!
お前というヤツは……最低な男だな。
買い食いばっかりするから、いつも月末に小遣いがなくなって俺から借金をする羽目になっているのに、まだ懲りていないのか!

しかし問題は時政の小遣いよりも、今日の昼飯だ。
このまま今夜遅くなるであろう両親の帰りを空腹を我慢して待つか、それともとりあえずコンビニへ行って、握り飯の1個でも買ってくるか。
悶々と考え出した俺をよそに、時政は全く気にしていないように言葉を続けた。

「そんなに心配すんなよ、政宗」
「お前はどうしてそう楽観的なんだ。少しは考えろ」
「大丈夫だって!オレんちにカップめんあるから!飢え死にはしねえよ」

―――――カップめん。

それがもはや主食と化している時政とは正反対で、俺は生まれてから今まで1度もそれを食べたことがなかった。いかんせんうちにはじいさまがいる。前時代の遺物のようなあの人が、そんなものを家に置くことを許すはずがない。
だから思わず出てしまった俺の言葉は、至極当たり前のものだった。

「カップめん……って、うまいのか?」

時政はこれ以上ないくらい目を大きく見開いて、一瞬固まった。
そして笑いながらブンブンと顔を横に振って、俺の肩に手を掛ける。

「おいおいおい、笑えない冗談言うなよ。食ったことないわけじゃないだろ?」

いや、冗談なんて俺が言うわけないだろう。

「ない」
「……」
「ないぞ」
「……マジ?」

当たり前だ。それはお前の主食であって、俺の主食じゃない。
お前が食べているのを見たことはあっても、自分で食べたことは一度もない。
俺が本気で言っていることに気付いたのか、時政は呆れ返ったように大げさにため息をついて、肩を落とした。

「政宗……お前って」
「なんだ」
「とんでもない箱入り息子だな、ほんとに」
「別に食べなかったからって今まで一回も困ったことはないぞ?」
「お前……回転寿司もファミレスも行ったことなかっただろ!正しい高校生の姿か!それが!」
「回転寿司とファミレスは行ったじゃないか」
「オレが行ったことないって聞いて連れて行ってやったから経験があるだけだろ!」

低い!低すぎるだろ!その経験値は!と時政が頭を抱える。
仕方ないだろ、食べる機会がそもそもなかったんだから。
頭を抱えてありえねえ〜!と叫んでいる時政は思う以上にうるさくて、俺は眉根を寄せた。

「よし!政宗!今日はカップめん祭りだ!」
「……何の祭りだ」
「いろんなカップめん食わせてやるぞ!楽しみにしてろ!」
「……いや、一個でいいんだが」
「そうと決まればオレんちに行くぞ!行くぞ!」
「聞けよ」
「ゴー!」
「だから聞けよ」

何故か一人で盛り上がっている時政は、話を欠片も聞こうとせずにグイグイと腕を引っ張りながら、俺を自宅へと連行したのだった。
何なんだ……厄日か?


* * * * *


「お前ッ!なにやってんだ!」
「……?」

とりあえず時政の家にストックしてあったらしいカップめんのひとつを渡された俺は、側面に書いてある作り方を読んだ後、ビニールの包装をはがして、説明通りに作業を開始した―――――はずだった。

なのに、どうしてここで怒られるんだ?

首を傾げていると、時政はえらい形相で俺に詰め寄ってくる。

「かやくをそのままかけるヤツがいるか!」
「……説明にはかやくを入れろと書いてあるぞ?」
「違うッ!お前が作ろうとしてるのはカップ焼きそばなんだぞ!わかってんのか!?」
「……わかってる、つもりだが」
「カップ焼きそばは最後に湯切りをするんだぞ!そのままかやくを入れたら、上ぶたにかやくがくっつくだろ!焼きそばの場合は麺の下にかやくを入れるんだ!わかったか!」
「……」

今、俺の中で「なるほど」という感情と「いちいちそんなことを気にしなくても」という心が激しく葛藤している。
普段はおそろしくアバウトなくせに、何だそのこだわりは。
しかしその後も時政の指導は続く。

「湯は極限まで切れよ、じゃないと焼きそば自体が水っぽくなるからな!」
「……」
「マヨネーズはたっぷりかけるのがうまいんだ!だからうちの冷蔵庫から持って来い!」
「……」

奉行か!?
お前、奉行なのか!?
それとも、カップめんというものは、簡単に早く作れるインスタント食品だと思っていた俺の認識が間違ってたのか?
異様に長く思えた3分間プラス時政のうんちくを聞きながら、俺は早くもぐったりしていた。

「どうだ!?うまいだろ!!」
「……焼きそばだろうか、これは」
「焼きそばだろ!?何言ってんだよ」
「マヨネーズの味しかしないんだが……」
「お前〜……まだまだカップめん道がわかってないなぁ」

そんな道は絶対に極めたくないと、そのマヨネーズだらけの麺をすすりながら、俺は心の底から思った。
しかしそんな俺に気付くことなく、時政は上機嫌に焼きそばを口にしながら話し続ける。

「そう言えばさ、カップめんの歴史はオレの好物の歴史でもあるんだよなぁ」
「……好物の歴史?」
「オレの小学校時代の好物は何か知ってるか?」
「?」
「『お●しメン』だ!」

……なんだそれは。

「中学で『シー●ードヌードル』に目覚めて、『で●まる』を極め、今のオレは初心に戻って『チ●ンラーメン』に夢中なんだぜ?」

時政……お前って。
お前って……。

「……なんだよ、その哀れみの目は」
「いや、あんまりにもジャンク過ぎてちょっと泣けるなと思っただけだ」
「なんでだよ」
「普通自分の好物にインスタント食品を羅列する人間はいないだろう?」
「うるせえな、いいだろ別に!」
「……時政、時々はうちで夕飯食べていいぞ」
「慈愛の篭った目でオレを見るなよ!!」

時政はプリプリと怒りながら、マヨネーズまみれの麺をズズズッとすすった。
そんなに心が視線に表れていたんだろうか。


* * * * *


そんなやり取りの一部始終を、後日雛に話したところ、こんな答えが返ってきた。

「私も時々カップめんは食べるよ」
「そうなのか?」
「ラ●が好きなのー」
「●王……?」

なんだろう、すごく嫌な予感がする。

「ラ●……いい名前だよね」
「……」
「男の死に様はああじゃないとね……」

雛。
お前が好きなのはダースベイダーだけじゃなかったのか?
北●の拳のあの悪役キャラまで好きだったのか?

うっとりした顔で自分の世界に入り始めた雛に、俺は密かにため息をついた。
一生、その商品だけは食べないと心に誓った瞬間だった。