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- - - 番外編2 渡辺くんとキャンパスライフ5
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「……信じられない」

ずぶ濡れになったアンコのために、駅前のヨーカドーで、俺様は念願のプリキュアTシャツを買ってやった。
売り場に入れなかったアンコ自身に選択権はなく、俺様と一也と大川さんが腹を抱えて大笑いする中、雛だけが「よかったねぇ」などと言って、アンコの頭を撫でている。雛はまだアンコが小学生だと信じて疑っていないらしい。

「あのね、あなた」
「なぁに?」
「あたしは」
「ん?」

にっこり笑う雛は無敵だ。
この笑顔で来られたら、あの無表情仮面の政宗だってイチコロなんだぞ。
アンコもどうやら毒気を抜かれたらしく、はぁぁぁ〜と大きなため息をついていた。

「でも可愛いね。雛ちゃんって言うんだ?」
「うん、雛だよ」

大川さんのでかい図体にも雛は動じない。
いや、逆にかなりのご機嫌だ。
なんと言っても、雛の好みはでっかくて無口で黒い男だからな。
それにジャストミートしたのが政宗であり、ここにいる一也もそれに合致する。
俺様は無意識に雛の肩を抱き寄せて、一也を牽制した。

「雛、眠くないか?」
「うん、平気だよ」

俺様に抱きしめられることには慣れているので、雛はうにゅ、と逆に抱きついてくる。
ああ、どうしてこんなに可愛いんだ?
お兄ちゃんはもうメロメロだよ。

「すごいな渡辺、ラブラブだな」
「そうですか?」

陰で声を殺して笑うな、一也。
雛と俺様が兄妹であることを知っているのは、お前だけなんだからな。
余計なこと言ってみろ、ただじゃすまんぞ。

「皓ちゃん、ひよりさんのプレゼント、どうする?」
「あ?ああ……そうだな、どうするか」

すっかり本来の目的を忘れていたが、そう言えば俺様達はひよりさんの誕生日プレゼントを買いに来たんだった。
雛は顎に手を当てて、うーんと考え込む仕草を見せている。

「包丁とか!」
「却下」

やめてくれ、これ以上あの人に刃物を与えないでくれ、雛。

「じゃあ、エプロンとか」
「いや、それも……」

子供の頃、母の日に雛と連名で白いフリルのエプロンを贈ったら、「きゃあ!可愛い!」と喜んだ挙句に、俺様と雛に交互にそれを付けさせ、写真を撮られた記憶がまざまざと蘇った。可愛いものが大好きなひよりさんだが、可愛いものを身に着けた我が子がそれに輪をかけて好きなんだ、あの人は。我が母親ながら、いい性格をしてるぜ……ほんとに。

「なぁ、ひよりさんって誰だ?」

うんうんと唸り始めた雛を見ながら、大川さんが首を傾げる。
アンコも会話についていけないらしく、きょとんとしていた。
そりゃそうか。ひよりさんが俺様達の母親だってことは、一也くらいしか知らないもんな。

「ひよりさんは、おかーさん」
「雛ちゃんのお母さん?」
「そう」

そう、そして俺様の母親でもある。
外見は20代、思考は少女、しかし内面はとても恐ろしい。

「誕生日だから、プレゼントするの」
「それでわざわざ渡辺と買い物なんだ?偉いね、雛ちゃん」
「うん」

大川さんは、すっかり雛を妹のように扱っている。
しかし雛は自分の思考の海に溺れているらしく、気のない返事しか返さなかった。
ああ、可愛いなぁ。
そうやって悩むところもまた可愛いんだ、これが。

そんな感情が顔に出ていたのだろうか。
アンコが俺様を気持ち悪そうに見つめて、吐き出すように言う。

「……でろでろ」
「?」
「アンタ顔が緩んでるわよ、渡辺。アンタを好きな女共が見たら、100年の恋も冷めるわね」

あのな、アンコ。
プリキュアTシャツで俺様にイヤミを言っても、何の説得力もないぞ。
このままおもちゃ売り場に行ってみろ。お前確実に変身グッズや魔法グッズを薦められるだろうに。

「別に雛以外の女にどう思われようと、俺の知ったことじゃありませんから」
「うわ、言った。コイツ今ひどいこと言った!」
「それにしても、よくお似合いですよ先輩。何ならこの後、屋上遊園地にでも連れて行ってあげましょうか?」
「行かんわ!」
「残念。動くパンダのぬいぐるみに乗った写真でも、携帯カメラで激写してあげるのに」
「渡辺ッ!あんなもんにあたしが乗るわけないでしょ!」
「別に、乗っても先輩なら怒られませんよ」
「怒られるとか怒られないの問題じゃないでしょ!」

ウキー!と甲高い叫び声をあげるアンコに、俺様は内心笑いつつもそっぽを向いた。
するとこっちをきょとんと見つめていた雛とバッチリ目があってしまう。

「雛?」
「皓ちゃん、仲良しなんだねぇ」

何か激しく誤解をされているような気がするのは気のせいだろうか。

「皓ちゃんが、素で話してるのって珍しいよね」
「素って、雛」
「だって皓ちゃんって本当は、性格悪いし陰険だしいじわるだし、でも考えなしだからすぐに落ち込むし、ひよりさんには迫力で既に負けてるし」

……雛。
おにーちゃん、泣いていいか?

「でも私は、外向けの顔をしてる皓ちゃんより、素の皓ちゃんの方が好きだよ?」

……雛。
おにーちゃん、抱きついてもいいか!?

「おバカだけど」

……雛。
おにーちゃん、どうしていいのかわからないよ。

雛の言葉に一喜一憂している俺様を見て、一也が堪えきれずにクックと声を殺して笑っている。
大川さんとアンコは、雛から案外きつい台詞がポンポン飛び出してきたことに、ポカンとしていた。

「案外あなた、毒舌?」
「?」
「自覚なし?あたしよりひどいこと言ってるわよ」

アンコ。
お前なんだその同情に満ちた目は!
お前ごときに同情されるほど、俺様は落ちぶれてないぞ!

「言いたいことを言い合えるほど、仲がいいってことですよ。彼氏いない歴21年の先輩にはわからないでしょうけどね」

俺様の自信満々の言葉に、後ろで一也がぼそっと

「お前だって彼女いない歴19年だろうに……」

と呟いていたが、そんなものはもちろんサラッと無視させていただく。
俺様はアンコとは違うんだよ。
彼女なんて作ろうと思えばいつでも作れる状況の中で、ひたすらに雛だけを思い続けてきた、とってもとっても一途な男なんだ!

「なっ、なんで彼氏いない歴21年だってわかるのさ!」
「そりゃ……カンですよ」
「失礼な奴!」
「間違ってますか」
「……間違ってないけど」

ほっといてよ、とアンコは口を尖らせる。
そういう仕草を見ると、ああ、ちっちゃい子だなぁとつくづく思ってしまう。
でも俺様の中の父性本能は雛限定で働くので、お前には適用されないんだ。悪いな、アンコよ。

「ほ、ほら、杏子。渡辺達はもうデートなんだから、そろそろ俺達は帰ろう」

大川さんが気を利かせて、アンコの腕を引っ張る。
そうだ、そろそろ帰れ。一也、お前もだ。

「デートなのか?」

ニヤニヤ。
一也の顔に浮かんだその笑みは、こう擬音化するのが正しいと思うほど、含みを持ったもので、俺様は自然と眉を歪めた。

「デート?」

雛はその横で首を傾げている。
いかん、このままここにいたら、雛本人からアンコ達にボロが出かねない。

「そ、そろそろ買い物に行こう、雛。じゃあ俺達はこれで!」

そそくさと俺様は雛の肩を抱いて、促すようにくるりと方向転換した。

―――――が。

その俺様の視界に、見覚えのある制服、見覚えのある顔が飛び込んできたのは、まさに最悪のタイミングだった。

向こうも気付いたのだろう。
目を丸くしてこちらを見ている。

「雛ちゃん?」
「あ、時政くんだ」
「あれ?今日は用事があるんじゃなかったっけ」

……真辺。
オマエ、殺す。

「おーい!政宗!雛ちゃんがいるぞ〜!」

……政宗。
オマエも地獄へ堕ちろ。

「雛?」
「マサムネ〜」

呼ばれて、真辺の後ろから歩いてきた政宗の姿を見つけた瞬間、雛は満面の笑みを浮かべてヤツに駆け寄り、その腰の辺りにまるで追突するように抱きついた。
しかし政宗はその衝撃に慣れているのか、微動だにせずに雛を受け止めている。その事実だけでも許すまじ、渡辺政宗。

「お前、今日は皓と買い物じゃなかったか?」
「そうだよ。だからほら、皓ちゃんいるよ?」
「え……」

ほほぅ。
いっちょまえに嫌そうな声は出せるようだな、お前。
俺様を見て、一瞬だけその無表情が嫌そうに歪んだのを、俺様が見逃すはずもない。もちろんその横でヤバイという顔をした真辺の顔も脳内記録済みだ。

「政宗、久しぶりだな」
「あ、ああ」
「そうか、俺様に会えてそんなに嬉しいのか?ああ!?」
「いや、別に俺は嬉しくも何ともないんだが」
「ほぅ」
「マサムネは正直者だねぇ」

雛、そのツッコミは間違ってるぞ。

「お前達、買い物じゃなかったか?」
「そうだよ、これから行くところ」
「そうか」

俺様を無視して、政宗と雛は話を続けている。
腰にぶらりと抱きついたままの雛を見る政宗の目は、男の俺様からみてもとても優しく穏やかで、鉄面皮と言われているのがまるで嘘のようにすら思えた。
完全無欠の無表情男も雛の前では違うってことか?
まぁ雛だからな、当たり前だな。この世界で一番可愛い雛に笑顔で見つめられて普通でいられるヤツがいたら、後ろからケツに蹴りを入れてやろう。

「ちょっと、渡辺」
「あ?」

雛妄想ワールドに片足を踏み入れていた俺様のシャツを、アンコがクイクイと引っ張って、現実に連れ戻した。

何だよ、いいところなのに、邪魔すんな。

「あの子、アンタの彼女なのよね?」

アンコが首を傾げながら続ける。

「でも何かどう見ても、あの二人の方が付き合ってるみたいなんだけど」
「だからどうした」
「へ?」
「雛が誰と付き合っていようが、関係ないだろ。雛がこの世で一番可愛くて、賢くて、ラブリーなのは見ればわかるだろ」
「ちょ、ちょっと渡辺?」

後になって思う。
俺様の思考はこの時、半分、いやものすごく暴走していたのかもしれない。

「その雛が例え政宗と付き合おうが、それ以外と付き合おうが、一番近しい血と遺伝子を持っているのは間違いなく俺様なんだ。それに俺様の中では、雛が未来永劫オンリーナンバーワンの地位にあることは疑いようもないだろ。確かに俺様と雛は兄妹だし、血が繋がってるし、世間一般的にみたら認められない関係だし、しかも雛は政宗がいいとか言うもんだから、俺様はこの広い心を持って我慢して見守っているわけで、世界で一番大事な雛が悲しむ顔なんて見たくもないし、想像したくもないし、雛が最高の笑顔を見せてくれるんなら、涙をのんで政宗との付き合いだって認めてやるさ。最初は本気でアイツのことは呪い殺そうとか思ってたし、電車のホームで背後からちょっと押してやろうとか、完全犯罪でアイツを抹殺するにはどうしたらいいかとか、正直真剣に考えたりもしてたんだ。でも雛の幸せが俺様の幸せである以上、やむをえないからこそ、泣く泣く許してやったっていうのに、もし雛を泣かせるようなことをしたら、あいつ今度こそ三宅島の噴火口に叩き落してやる、覚悟しとけよウラって感じなんだよ。わかったか!?」

息継ぎもせず一気に言い放った俺様を、プリキュアTシャツに身を包んだまま、アンコは呆然と見上げていた。
いや、アンコだけではない。
大川さんも、一也も、政宗、真辺、そして雛までもが目を丸くして俺様を見つめている。

何だよ。
俺様に本気で雛への愛を語らせたら、一日じゃすまないぞ。
この程度の愛の告白で驚くな。

「渡辺……アンタ」
「あ?」
「シスコンでテロリストで鬼畜で変態だったのね!!」

うるせぇ!
大体俺様を指差して叫ぶ権利がお前にあるとでも思ってんのか、アンコ!

パッコーン!!!

見せかけだったとはいえ、すっかり敬語を使うことも忘れた俺様は、思いっきりその頭をはたいてやった。

「なにすんのよ!ヘンタイ!」
「黙れガキんちょ!プリキュアTシャツで年上ぶるな!」
「こっこのTシャツはアンタが買ってきたんでしょ!ロリコン!」
「俺様はシスコンかもしれないが、ロリコンじゃねえ!」
「大体、何が彼女よ!妹じゃないの!」
「ああん!?そういうクソ小生意気なことを言うのは、この口か!?あ!?この口か!?」
「いひゃい!いひゃい!」

政宗がいきなり現れたことで、自分でも分からない程度にはキレていたのであろう俺様を、バカ正直に罵るアンコの口をつねって、俺様は思いっきり左右に伸ばしてやった。

女だから、とか。
ちびっちゃいから、とか。

そんなことで手加減するほど、俺様は全く以って優しくない。
雛以外の女に優しくする心なんてものは、そもそも持ち合わせていないのだ。

「皓ちゃん、楽しそうだねえ」
「……雛、笑ってる場合じゃないぞ」

少し驚いたものの、その後はニコニコと俺様達を見守っている雛に、政宗は眉根を寄せる。
ざわざわと周囲も俺様達を見ていて、騒ぎになりそうなのを心配したのだろう。どこまでも優等生な男だ。
同じ様に不穏な空気を感じたのか、大川さんも止めに入ったが、俺様とアンコのどうしようもなく低俗な罵り合いは更にヒートアップの一途を辿っていた。

「バーカ!バーカ!何が主席で、顔も抜群で、スポーツも万能よ!中身はただのヘンタイじゃない!」
「中身なんてバレなきゃいいんだよ、そんなこともわかんねえのか、チビ」
「チビって言うな!」
「はっ!じゃあなんて言うんだ?ミニマム?小人?それともじゃりん子か?」
「くぅぅ〜!女の子の外見的欠陥を口にするなんて、それでもアンタ男なの!?」
「何で俺様がお前なんかに気を使わなくちゃいけないんだよ。アンコの分際で俺様に意見するなんて5000万光年早いんだよ。身の程を知れ」
「アンコって呼ぶなぁ!!」

悪意には、悪意を。
悪口には、毒舌を。
3倍返しが俺様の信条だ。

「おい、皓」
「あ?」

グイッと肩を捕んで、政宗が俺様達の間に割って入った。
その背後にはすっかり傍観者を決め込んでいる一也の姿が見える。
昔から思ってたが、お前って本当に薄情者だよな。
まぁそんな淡白な性格だから、俺様と親友なんてやってられるんだろうけどな。

「もうやめろ。他の人に迷惑だろ」
「いつ俺様が迷惑なんてかけたんだよ」
「……大体大人気ないぞ。こんな小学生の子に何を本気でむきになってるんだ」

……あ?
政宗、お前、今ナチュラルに地雷を踏まなかったか?

俺様との罵り合いでそもそも殺気立っていたアンコが、政宗の背後で助走の体制になったのが視界に入った。
その自覚のない失言のおかげで多少冷静さを取り戻した俺様は、そっと被害にあわないように身体の位置を変える。

「……皓?」

その俺様の行動に不信を抱いたのだろう。
政宗が俺様の名前を呼ぶのと、アンコが行動を起こすのは同時だった。

「小学生、ちゃうわーーーーー!!!!!」

―――――そして。
すばらしいタイミングで繰り出されたアンコキックは、とっさに振り返った政宗の顔面に、見事なまでのジャストミートを決めたのだった。


* * * * *


「ちょっと、シスコン」
「何だよ、ジャリ」

その後、すっかり打ち解けた……というよりも遠慮のなくなったアンコは、顔を合わせればイヤミを言い合う間柄となった。
しかしそれは周囲に人がいない時だけで、相変わらず俺様は学内ではパーフェクトで通っている。

「何よ、これ」
「プレゼントだ」
「だから、どうして、おしゃぶりなのよ!!」
「これは優れものなんだぜ?何とここにハチミツを入れることができるんだ」
「入れないわよ!」

ナンダカンダと言っても、いつも完璧な自分を演じている俺様にとって、アンコとのこんなやり取りはストレス解消になっていることは確かなようだった。

それに、アンコには一つだけ感謝していることもある。

鞄の外ポケット、定期入れの中に入った写真は2枚。
満面の笑顔を向けている幼い雛と並ぶように入れられた、もう一枚の写真には、仏頂面でほっぺたに見事な靴のあとがついた政宗の顔。
それを見るたびに、俺様は優越感と清々しさを感じずにはいられなかった。

「定期入れに妹と妹の彼氏の写真を入れてる時点で、虚しくないか?」

一也の言葉はさらりと無視して、俺様は目の前で怒っている小さき小動物に、またイヤミ攻撃を繰り出した。

先のことなんて、わからない。
でもとりあえず、今日も天気は快晴だ。