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共犯
姉妻蕩治

−下−
「共犯 上」 「共犯 中」


 続いて見覚えのある顔が二つ並んで現れた。蹴り入れられた運転手は転がったままだ。
 一人はついさっき帰ったはずの彼女。そしてもう一人は。
 シンイチが死んだときに担当した刑事の小林だった。もうすっかり老けてしまっていたが、あの目の強さは相変わらずだった。


「ミヤケ、最近おとなしくしてたらしいが、またぞろ、ろくでもねぇことを企んだらしいな。取りあえず、署まで来てもらって、話を聞かせてもらおうか」
 堅い靴音が次々に響いて、20人以上の警官が部屋に乱入してきた。一瞬にして取り囲まれ、あれだけ横暴だった店長もひと目で観念したのか、後ろ手に手首を絞られ、いてぇじゃねえか、と毒ついて連れて行かれる。

「だいたいオレがなにしたってんだ!」
 ミヤケと呼ばれた店長が叫んだが、小林がゆったりとした動作で私の前に立ち、私の胸元から携帯電話を抜き取った。

「全部、これで筒抜けだったんだよ。署の方とピーシーの両方で録音もしてある。脅迫及び暴行、おっとそれから未成年者略取もオマケについてるなぁ。これも証拠品だな。ご丁寧に契約書、ですか。なんだなんだぁ、おでんの汁も付いてるがミヤケ、お前の指紋もべたべたついとるようだなぁ」
 ミヤケと呼ばれた男は彼女の前を通ったところで、だましやがったなぁ、と吐き捨てた。私に向かって、こいつが殺人者だこいつをつかまえろよ時効になっちまうまえによぉ、とわめきたてたが、そのまま警官数人に折り重なるように押さえつけられ、引きずられていった。

「さて」
 小林が私の前に腰をおろした。一瞬立ち上がり、つめてえなびしょびしょじゃねえか、とつぶやいて隣のソファに座った。

「あんたにも、ちょっと話があるんだが・・・」
 事務所の時計に目をやる。
 午前0時まで、あと12分だ。

 小林に向かってテーブルを、星一徹並みにひっくり返して、瞬間的にドアに向かって私はダッシュしした。
 しかしドアをくぐり抜ける瞬間につかまり、半身だけがドアの外に出ただけだった。反転してつかまえている警官を殴りつけてでも逃げようとした私の目に信じられない顔が映った。

 彼女だった。

 驚きと怒りと失望と自分への嘲りが、渦を巻いて全身を包んでいく。そのまま床に倒れると視界の向こうでは、既に警官の四人が非常口とエレベーターに張り付いている。

「ごめんね、ごめんね」
 私は彼女の言う意味が、イヤと言うほど分かった。きっとこの瞬間は一生忘れず、彼女のこの言葉も死ぬまで、耳のまわりに漂い続けるのだろう。
「ごめんね、こうするしかなかったの」
 柔らかい手が私の手首を包み込む。
 もういい。もうなにも言わなくていい。

 そう、シンイチを殺したのはお前だ。それを自殺に見せかけたのが私だ。既に一度、お前をかばってあんな危ない橋を渡ったんだ。最後にもう一度お前をかばってあげるよ。
 だから、もう安心して子供と二人で暮らせ。
 もう何も言うな。

 涙がにじんでいるのが分かる。だが、ここで泣いたら捕まったのが悲しくて、だと思われるのはしゃくだったから、必死で止めた。

「おいおい、ひどいな。10数年ぶりに会っていきなりこの挨拶か」
 おでんのつゆまみれの小林が近づいて来た。

「じゃあ、ちょっと場所替えようか」
 ピーシーの準備は出来てるか?と小林が聞くと、ハイ、と警官が答える。
「じゃあ、二人とも、ついてきて」

 私を振り返りもせずさっさと行ってしまう。
 エレベーターの前に立って一瞬首を傾げて、彼女に問いかけた。
「ええと、あれだな、まだ話してなかったんだな。そういや」
「はい」
「おいおい、そりゃいかんだろ」
 小林が慌てて戻ってきた。

 彼女が私の手を取って優しく立ち上がらせる。私と彼女は小林に肩を抱かれたまま事務所に戻った。
 ドアの所で小林は顎で警官を退出させ、鍵を掛けた。ソファに座り、うわっ、つめてえ、とまた呻いて隣に腰掛けた。小林に手で勧められ、私と彼女は並んで腰掛けた。

「まず、君に言っておかなくてはいけないんだが、あの自殺騒動の真相なんて、もう10数年前から我々は知っていた」
 私は呆気にとられて、目を剥いた。

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姉妻蕩治

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「で、すぐに任意同行をかけることも出来たんだが、あそこの両親も現場に居たあんたらも、揃いも揃って自殺だった、と言いはられれば、警察だって動けない。例えば両親からの訴えでもない限り。でもそれがなかった。なぜならあの***シンイチの両親にすれば、捜査されない方が都合が良かったからだ。

 まあ、これ以上はあんまり詳しくは言えないが、あのシンイチというとんでもない少年が両親の裏商売の情報を利用して、しこたま儲けていたのはあんたらも知っていただろうけど、実はそれがその筋のプロの方々とかちあっちまってな。その筋の人たちにとんでもない損害を出させちまって、さあ、一悶着だ。

 で、ああ言う少年の親ってのも、やっぱりそう言う親なんだな、始末をどうつけるかって時に金の払いを渋っちまった。それじゃぁ張本人に出てきてもらいましょう、責任見事に取ってもらいましょう、ってことになったら、あの親は大喜び、これには脅しのつもりだった筋の人間も驚いたって話しだ。

 ところがやっぱりその道のプロの連中だ、子供相手だろうが男に二言はねえ、てわけで、そのシンイチと言う少年を始末つける手はずになった。

 ところがだ、その役に選ばれた若いのがやりに行く途中で人をひいちまった。さあ一大事だ、車の中にはお道具が積んである。事故だ事故だと野次馬に取り囲まれてもうお手上げだ。でさっさと現場からトンズラこいた事件が、同じ日に新聞にのってた、あの拳銃押収事件だ。そこから我々は自殺騒動の裏を知ったわけだが、これはどうも他殺で、現場にいた女の子が怪しい、とね。おそらくほとんど同じ時間に、実はもう、あのシンイチと言う少年はこのおしとやかなお姉さんに殺されていた。で、あんたが見事に自殺に見せかけて両親に通報させたようだな、と踏んだ。

 ま、両親もどうも聞いてた話と違うようだが、取りあえず死んでくれて良かった、と思ったらしい。警察と消防に電話する前に、筋の人間に連絡していたっていうから、呆れたもんだ。で、あとはあんたがた二人が知ってるような、筋書きだ」
 一気に話した小林が、タバコをつけ、一服する。私はちらっと時計を見る。もう午前零時を七分過ぎている。

「で、警察ってのは恐いもんだな、いや私が言っちゃいけないが、これはどうも怪しい、と踏んだ。で、何をしたかって言うと火葬場に身元不明の死体を運んでおいて、あのアンチャンの遺体と交換して持ち帰った。

 検死してみると、やはりどうも首つり自殺じゃないな、と。ロープの跡はあるものの、首つりにしちゃ鬱血痕もほとんどないし唇にチアノーゼも出ていない舌も正常だ。死因が特定できないまま手を付けたのが、脳だ。ま、頭蓋骨を開けて硬膜をはがしたら、検死官もビックリって言うほどの内出血だった。ついでによくよく調べてみるととんでもなくでかい動脈瘤の跡がある。こりゃどうも自然死だ、と言うことになって、遺体を閉じたって訳だ」

 ソファからずり落ちそうになりながら私が問う。

「自然死だった?」
「あのアンチャンが勝手に脳味噌爆発させちまった、と言うのが事実だろう。であんたらも気づいていたとは思うが、あのアンチャンはときどき気が狂ったみたいに凶暴になったりかと思うと、ヤクでもやってるのかと思うほど惚けちまったり、していたんじゃないか?」
「その通りです」
 私と彼女が同時に言った。

「検死官に言わせるとそれが前兆だったらしい。若いからあんだけでかい血瘤が出来ていても破裂せずに済んでいたんだが、ああいうケースでは稀に、血瘤の圧迫で精神障害みたいな症状が出るらしい。でもって、まだほかの部分を圧迫したり刺激したりしているうちは、まだ良かったんだが、どう転んだのかてめえの足下、つまり瘤のおおもとの血管を圧迫しちまったらしい。でその状態が2、3日続いたところで、血管の細胞が一気に壊死を起こして根っこから、大爆発」

 おそるおそる、聞いてみる。

「それじゃあ、結局・・・」
 小林がうなずく。
「そう。自然死だから、誰も一切おとがめなし。大団円と言う奴だ。まあ、遺体損壊の疑いもなきにしもあらず、だが、もう時効だ」

 揉み手をして立ち上がろうとした小林に彼女が、履いていた靴を投げつけた。

「このタヌキおやじ! 自然死だったなんて、わたしは聞いてなかったわよ!」

 床に転がっていたクリスタルの灰皿を私が頭上に掲げたところで、小林と彼女に羽交い締めにされた。
「ホントに殺人者になりたいのか!」

 小林、彼女、私の順で事務所を後にする。パトカーの中には彼女の子供の安らかな寝顔があった。

 小林に送られ、例の店に戻る。車中でも様々な、私の、そして彼女も知らなかった隠されていたストーリーを聞いた。


 ある事情によってあのミヤケというゴロツキをパクる必要があったこと。

 偶然彼女がミヤケの店で働いていたのを知り、小林が自然死だったことを知らないままの、彼女と私を利用することを思いついたこと。

 彼女との交換条件で、協力するかわりに真犯人である私(!?)、の罪は時効として流すこと。

 小林の手先の人間が10数年前の事件のストーリーをミヤケに信じ込ませたこと。

 まんまと引っかかったミヤケが計画通り、小林に協力している彼女を脅迫し、今回の事件となったこと。

 例の店の前に車は停まり、私たちをおろすと小林は逃げるように車を走らせ、消えていった。

 店には、準備中、のプレートがかかっていたが、彼女は構わずドアを押し開く。
 私がソファー席に子供を寝かせ、彼女の隣へと座る。

「お加減はどうですか?」
 また、ぼんやりした目つきに戻っているマスターが聞く。
「加減もどうも。なんか強い酒でお清めしたいような気分だ」
「あら?お酒も考えて飲むようになったんじゃなかったかしら?」
 彼女がゆったりと笑い、私にもたれた。彼女の重さが心地よい。

「お預かりしているものは如何致しましょう?」
 びくっ、と彼女が身を強ばらせ、ゆっくりと私の顔を見た。
「ちょっと。来て」

 彼女の後をついていくと、その前にマスターが立ち、案内した。キッチンへ入り、床下収納を開ける。キャベツや玉葱をかき出し、床下収納のユニット自体を床からはぎ取る。下にはぽっかりと空間があいていて、鈍く光る銀色の物体が、見える。

「ちょっとだけですよ」
 それは業務用の冷凍庫だったが、レバーを引き中を見せられたのだが、それはとても正視できないモノが入っていた。
「同じ店の女の子」
 後ろから冷たく響く声の彼女が言った。
「小林がね、本当に探しているのは、こっち」

 振り向くと、大切なカップを落として割ってしまい、しょげているような表情の彼女。

「わたし、またやっちゃったのよ。シンイチの時みたいにかばってくれる人、いないし。で、どうしようって考えたら、すっごいアイデアが浮かんで」

 ぎぎっ、と冷凍庫のドアが閉まり、マスターが床の上によじ登ってくる。

「あの店長がずっと別件でマークされていたのは知っていたから。で、ちょうどこの女の子の両親から捜索願が出されてね、小林が店に顔を出したの。じゃあ、いたいけなお店の女の子が、つまり私ね。あれ? 笑わないの? ここ笑うとこなのに。で、私がね、殺した、というよりも、ソープの女の子が行方不明になった、っていうほうが、都合がいいわけパクリたがっていた小林のおっさんには。

 その1年くらい前からわたしを指名してくれるお客さんの中にいたの、当時実習生であの検死に立ち会ってた人が。男って、ダメね、自慢したがりで、オレは知ってるんだ、なんてえらそな態度でぺらぺらしゃべっちゃって。わたしが薬物で殺したのに、脳内出血の跡で分かったつもりになってそれ以上調べなかったみたいね。そこでこの計画、ひらめいたの、シンイチの死因が自然死って事になっているんだったら、一挙両得、罠を仕込んで、全てを丸く収めましょう、ってこと」

 汗が額をつたっている。脇の下もだ。

「じゃあ、この女の子もシンイチも、やっぱりお前がやったのか」
「そう。シンイチは殺されても仕方のないことばかり、私たちにしてきたじゃない。だから。ま、この娘の場合は違うけど」

 私は横を向いてスーツの胸元を探る。

「探してるのは、これでしょう? 忘れ物の癖は、相変わらず、ねえ」
 彼女の手の中に私の携帯があった。背筋に冷たいものが走る。

「じゃあ、この携帯拾ったのも・・・」
「そう、一昨日、あなたが銀行のキャッシュディスペンサーに駆け寄ったときに、鍵のかかっていない車のドアを開けたら、これがあったの」
「じゃあ、全部、お前が?」
「そう。感謝してよね。今回のことで、過去の清算が洗いざらい出来て」
「そうじゃないだろ、今度はそんな場合じゃないだろ」

 彼女の指には見慣れない鍵束がある。
「この女のこと? それは。もちろんこれからのことよね。でも三人いればこれから彼女をあの事務所に運ぶのも、カンタン」

「カンタンって・・・」

「あっ、もう一つ。これ本当の話なんだけど。あなたがシンイチを自殺に見せかけたとき、わたしがシンイチの死体を下から持ち上げたでしょ? 憶えてる?」
「ああ」
「あの時、微かだけど内腿の血管に、脈があったの」
「なんだって?」
「つまり、呼吸停止状態でもまだ生きていたシンイチを自殺工作で、ほんとに殺してしまったのは、あなたなの」
 鳥肌が立って、何度も震えが身体を走る。彼女を見る目つきがぼんやりしているのが、自分でも分かる。

「あっ、そうそう。それから、あの子ホントにあなたの子よ」

 目眩がしてくる。

「それはどういう意味だ、オレには身に覚えがない」
「だと思ったわ。4年前、あなたべろべろに酔っぱらって、私をナンパしたの」
「ウソだろ、だって、」
「ほんとよ。*****ってお店、憶えてない?」
 心当たりがある。スナックだったが、2度ほど行った記憶がある。
「*****に1ヶ月だけ、わたしね、いたの。で、あなたは"昔の女に似てる"って。そりゃそうよ、本人だもん」

 立っていられなくなり膝を抱えて座りこみ、壁にもたれた。ちょうどこれと同じポーズを、冷凍庫の中の女もしていた。

「でも、いいわよ、今日の途中までを書いて、カムバックして、稼いでもらわなくちゃいけないんだし。昔、あの時はわたしをかばってくれたんだし。共犯ってことに、しといてあげるわ」

 彼女とマスターが私を抱き上げ、店内へと戻り、ソファー席に座らせた。
 隣には彼女の、いや彼女と私の?子供がすやすやと眠っている。言われてみれば、眉や口元など私によく似ている。

「ね? 共犯でしょう?」
 優しく穏やかな母の顔の彼女が、微笑んだ。

-了-

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