月影見えぬ町で
No Moon Shadows in This City Page 2

その二

 いつものことだが、おれの腹の減り具合といったら嵐のごとしだった。
 おれはとある買い物のために、朝から何軒もの店をまわっていた。
 晴れた日曜日で、本来なら気持ちよくまちを歩いているはずなのだが、今日は探しているものがなかなか見つからないのと腹が減り過ぎていたのとで、あまり気分は良くなかった。
 歩くうちに、結構人の入っている一軒のラーメン屋を見つけた。
 立ち食いっぽい作りだったが、中に入ってみると低めのカウンターの前ににちゃんとイスが並んでいる。疲れきっていたおれは天の助けとばかりに、食券を買うため券売機の前に立った。
 するとすぐに若い男女のカップルが店に入って来て、おれの後ろに並んだ。おれは少しあわてて「ラーメン」と「大盛り」の券を五千円札で買った。券売機は小銭のおつりとお札のおつりが別々に出るタイプのもので、疲れてぼうっとしていたおれは小銭のおつりだけを取って、カウンターの方へ行ってしまった。
 すぐに後ろのカップルのうちの男の方がおれを呼び止めた。
 おれが振り返ると、彼は手におれの取り忘れの千円札を4枚持っておれの方に差し出していた。おれはお礼を言ってそれを受け取り、自分のトロさにあきれながらカウンターの席についた。
 続いてそのカップルがおれのとなりの席についた。おれはなんだか気まずいなと思いながら注文した品の来るのをじっと待った。
 突然カップルの男の方がおれに、水はどうですかというジェスチャーをしてきた。おれが気まずそうにしているのを察知したのだろうか。おれは多少ぎこちなくも返事をした。
「あ、じゃあ、お願いします。」
 かくして男はおれに水をついでくれた。
 おれはその水を飲みながら、自分が泣いているのに気づいた。
 おかしいと思うかもしれないが、最近きたないものばかり見せられていたおれには、見知らぬこの男の親切が、心にしみ入ったのだった。
 おれは店に入ったときとは打って変わったスガスガしい気分でラーメン屋を出ることができた。
 今日はいい日になりそうだ。

 ラーメン屋の前には広めの公園があって、まん中で若者5〜6人のグループがギターを弾きながら歌っているのが見える。買い物をすませねばならなかったが、彼らの歌を少しばかり聴いて行って何の損があるだろうと思ったおれは、ベンチのひとつに腰かけて、今のスガスガしい気分と若者たちの歌声を楽しむことにした。
 しばらくすると、おれのとなりにひとりの男がすわった。
 おれよりも少し年上だろうか。スラっとした長身で優しそうな顔をしている。
「火持ってますか。」
 男はおれに言った。おれはタバコを吸わないので彼の要望には答えられなかったのだが、男はおれのとなりを去る気配はなかった。
「英語話せますか。」
 また男が聞いてきた。ここで、男の発音が日本人らしくないことに気づいた。おれは英語で、少しなら話せる旨を伝えた。とたんに男はしゃべり出した。
 自分がペルー人であることや今友だちがみんな帰ってしまってヒマであることなど・・・。
 おれはラーメン屋でいい気分になっていたので親切に話の相手をしてやった。
 ペルー人はおれが気に入ったらしかった。
「今晩泊まりに来てください。」
 そう言われたときはさすがにNOと答えた。いい人そうだが、初対面のペルー人の家に行くなんて冒険は普通の人はするまい。
「彼氏がいるんですか。」
 そうしゃべりかけてくるペルー人に、おれは「彼女」の間違いでしょうと教えた。
「今晩泊まりに来てください。」
 男はしつこかった。
 と、ここに来て初めて、おれは事態をのみこんだ。
 背筋がぞっとした。
「XXXXXXXX!」
 最初紳士だった男が、聞くにたえない下品なことばを発し始めた。
 おれは立ち上がった。そして丁重に否定の意味の返事を残して、その場をあとにした。
 後ろから男が日本語で、
「バカね〜。」
と言うのが聞こえた。
 おれの気分は再び最悪なものとなった。今日はいい日になりそうだと思っていた数十分前がいとおしかった。なぜにおれのしあわせは長続きしないのか。
 いつもそうだ。
 いや、雑踏の中を逃げまわるトカゲのような存在のおれが、この都会でそんなことを考えること自体がおかしいのだろう。
 すべてはうたかたの夢だ。

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