おぼろ -Oboro-

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その三 学校

半月  涼しい朝の風にまだ夏の残り香があるような気がした。
 学校が始まる前に校庭の花壇に水をやるのが日課の明代は、今日も人より早く家を出て小学校に向かって歩いていた。すがすがしい天気だったので、足取りもいつもより軽い気がした。
 明代はやがて、前方をふたりの少年が歩いているのに気づいた。彼らがそれぞれ誰であるかはすぐにわかったが、次に彼らが何をしているのかがわかると、ぎょっとした。
 同じクラスのおぼろとタロが死んだ犬を抱えて歩いている!
 おぼろが変わったことをするのは見慣れていたつもりの明代もさすがに驚いて足を止めた。おぼろとタロは犬をかついだまま、おぼろの家の方角に曲がって行った。
 しばらく明代はそこに立ちつくしていた。一体何が起こっているのだろう。
 正義感の固まりのようなおぼろのことだから、何か悪いことをしているのではないというのは直感としてわかった。ふたりを追いかけて行ってどうしたのか尋ねたい衝動にかられはしたものの、死んだ犬のグロテスクな姿が目に焼きついてしまい、ちょっとしたショック状態で動けなかった。その上、学校でも女子を寄せつけぬ雰囲気のおぼろにこんな状況で声をかけることはできそうになかった・・・。
 結局何もできずに学校への道を再び歩き始めた明代は、涼しい風が少し自分をなぐさめてくれているのを感じながら、ため息をついた。

 午前中の授業を終え、給食のあと片づけが終わると、子どもたちは校庭にくり出して昼休みの遊びに熱中し始める。今日は天気もいいので校庭には児童たちがひしめいていた。
 校庭のすみでは、明代がいつものように親友の雅子と並んでブランコに腰かけている。雅子はあれこれと機関銃のようにしゃべっていたが、明代は珍しくその話を半分も聞かず、今朝の出来事を思い出しながら心奪われるように一方向を見つめていた。明代の視線の先には、ほかの男子とドッジボールをしているおぼろの姿があった。
「明代、今日元気なくない?」
 雅子の一言に、明代ははっとわれにかえった。
「ん、別に普通だよ。」
 そう言った明代の声は気が抜けているようだった。雅子はにやにやしながらさらに追求した。
「今日は朝からおぼろの方ばっかり見てるでしょう?」
 その発言の意味するところを考えて、明代は自分の顔がみるみる赤くなっていくのを感じた。明代がことばを返す前に雅子が次のことばを続けた。
「おぼろは頭いいよね。変人じゃなきゃ私もお嫁さんになりたいところだわ。」
 明代はあきれかえった。本気で言ってるようだった。
「なんてことを言うの、雅子は・・・。」
 いつものことながら、大胆な発言をする雅子に明代は当惑した。この場をしのぐために今朝学校に来る途中に見たことを話したかったが、なぜか話してはいけないという気が強くしていたので、明代はのどまで出かかったことばをすんでのところでのみ込むのだった。
 しかしその努力はその日の帰り際になって無駄となってしまった。

 午後の授業と清掃の時間が終わり、全員が帰る準備をして教室の中に座っていた。
 子どもたちで一日の反省を行う「帰りの学活」の時間である。
 担任教諭は教室のわきで椅子に腰かけ、級長の明代が前に立って司会を行っていた。
「・・・それでは次に、今日よいおこないをした人か悪いおこないをした人がいたら報告してください。」
 進行表の通りに明代が読み上げると、ひとりの女の子が手をあげた。明代がその子の名前を呼ぶと、女の子は立ち上がり、おぼろの方をにらみながら発言した。
「今朝、おぼろとタロが死んだ犬を運んでいるのを見ました!」
 教室中がざわめいた。
 明代があわてておぼろの方を見ると、おぼろは無表情のままほんの少し首をかしげているだけだった。一方タロはそのななめ前の席で露骨にあわてた顔をしている。
 担任教諭は何も言う気配がなかった。明代は何かフォローをしなければと思い、あたふたと何を言えばいいのか考えていたが、突然おぼろが席から立ち上がるのが見えた。
 教室中がおぼろに注目した。おぼろは大股に教壇の方に歩き始めた。明代は向かって来るおぼろの迫力にたじたじとなり、蛇ににらまれたカエルのように動けなくなってしまった。
 教壇までやって来たおぼろは、そこで棒立ちになっている明代に無感動な声を出した。
「ちょっとごめん。」
 明代はあわててその場を飛びのいた。
 おぼろは教壇の真ん中に立ち、教室のみんなにくるりと背を向けるとおもむろに白いチョークをつかみ、黒板に何やら手際よく描き始めた。
 真横にいる明代を含め教室中の全員がわけもわからずおぼろを見ていると、みるみるうちに絵はできあがった。
「ジャマ吉だ!」
 完成した絵を見た教室の誰かが大声をあげた。
 それはあまりにそっくりなジャマ吉の絵であった。
 この野良犬をジャマ吉と呼んでいるのは一部の男子だけだったが、その名前を知らずとも、よく町をうろついている人なつっこい野良犬のことは全員が知っており、おぼろが描いたのはその犬であると全員が把握できた。
 ややお調子者の雅子は、
「キャー、うますぎるう!」
と、悲鳴のような声を上げた。
 おぼろはチョークを置くと、教室のみんなの方に向かって普段からは考えられぬようなはっきりした声でしゃべった。
「この犬が誰かに殺されて北の防火水槽に投げ込まれていました。」
 教室中が静まりかえった。おぼろは続けた。
「うちまで運んで庭に埋めたのでお墓参りしたい人はいつでもうちの庭に来てください。」
 言い終わるとおぼろはまた明代に「ちょっとごめん」と言って道をあけてもらい、自分の席に歩いて行った。
 司会の明代はあっけにとられてしばらくことばも出なかったが、やっとのことで次のセリフを発した。
「それでは行ける人はお墓参りしてください。今日の学活を終わります。」
 担任教諭は教壇にやって来ると、いつものことのように黒板の絵を消して帰りの挨拶をした。
 子どもたちは全員立ち上がり、元気よく挨拶するとドタドタと教室から出て行き始めた。
 明代は、タロといっしょに教室を出て行くおぼろを見つめながら、今日はあの野良犬のお墓参りに行こうと決心した。


[つづく]

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