おぼろ -Oboro-

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その六 狩猟

半月  太陽が高い位置で輝いていた。
 午前中の授業だけで放課後をむかえた小学生たちは、ランドセルを背負って、ここぞとばかりの元気よさで教室をあとにする。
 大瀧はぞろぞろと校門を出ていく教え子たちの姿を職員室の窓から見守っていた。
 見れば、校門を出てすぐのところに見知らぬ若い男が立っている。
「弟」か「妹」を迎えに来たというふうだ。児童たちの親にしては若すぎる。
 大瀧はその若い男になぜか不審な気持ちを抱いたが、ちょうどその時同僚の教師に声をかけられた。
「お昼はどうしますか、大瀧先生。」
 大瀧は振り返り、校門にいる男のことを切り出そうかと一瞬迷ったが、声はこうしゃべっていた。
「今日は麺類の気分ですね。」

 おぼろとタロは下駄箱でくつを履きかえると、校舎を出て校門の方へと歩き始めた。
 校門の手前数十メートルのところで、突然おぼろが立ち止まった。
 タロが何ごとかと思いおぼろを振り返ると、おぼろは校門の方をじっと見つめている。
「どうしたんだ、おぼろ。」
 タロの問いかけに、おぼろはぼそりとつぶやいた。
「忘れものした。先に帰ってて。」
 タロは驚いた。
「おぼろが忘れもの?雪でも降るんじゃないのか。それとも忘れものってのは言い訳で、実はまた何か奇妙なことをたくらんでるのか?」
 にやけたタロの顔に、おぼろは無感動な声を浴びせかけた。
「昨日の図工の時間に使ったカッターを、この週末に使う用事がある。」
 おぼろはそう言うとくるりと向きを変えて、校舎の方に戻り始めた。
 タロは何かを感じとった。
 おぼろが忘れものを取りに戻るなどという場面には初めて出くわした。
 しょっちゅうちり紙やハンカチを忘れて「忘れものチェック表」に連日しるしをつけられているタロとは対照的に、おぼろは忘れものには無縁の人間だ。
 何かある。
 タロはおぼろのあとを追った。
「僕もつきあうよ。」
 おぼろは一瞬立ち止まりタロの方を振り返ったが、別にいやな顔をするでもなく、タロが追いつくといっしょに歩き始めた。
 ふたりは、まわりの児童たちの流れとは逆方向に下駄箱の方へ向かって行くのだった。

 次々と子どもたちが出てくる小学校の校門の前で、男はじっと立っていた。
 相手が小学生なのか中学生なのかはわからない。
 ただ昨日の夜暗闇の中で自分からハイヒールを奪っていった子どもを捜さねばならない。
 暗くて顔はよく見えなかったが、もう一度同じ子どもに会えばそれとわかる気がした。
 男はこのあと中学校にも行って、同じように校門から出てくる子どもたちを観察するつもりだった。
 この町にいる子どもの数が何人であろうと、必ずあいつを捜し出さねばならない。
 男は、この仕事には自分の今後の人生がかかっていると思った。
 幸いこの町には小学校も中学校もひとつずつしかない。
 学校から最後のひとりが出てくるまで、男は待ち続けるつもりだった。
 なんとしてもあのハイヒールを持つ少年をつかまえなければならない。
 あの女の赤いハイヒール・・・。

 二日前の早朝、男はある女を自分の車に乗せて山道をドライブしていた。女は男よりふたつ年下で、高校時代からのつきあいだった。女は今年の春に高校を卒業したあとは特に仕事につくこともなく、男に小遣いをもらって生活していた。
 男にとっては派手好きでお金のかかる女だったが、男は女に愛情を感じていた。そして、高校を出てすぐに就職した男には、彼女を満足させるだけのお金を与える余裕があった。
 ただ、男は短気だった。
 先月、自分の怠惰を上司に注意されたことに腹を立て、会社をやめてしまったのである。
 二日前の早朝、男の車の助手席に乗っていた女は、そのことを理由に別れ話を持ち出してきた。
 男は必死に説得しようとした。
「今まで欲しいものは何でも買ってやっただろう?考え直してくれよ。」
 しかし女の意志がひるがえることはなかった。
「あんなに簡単に仕事をやめるあんたはバカだわ。あんたといっしょじゃ将来が不安だわ。」
 女はセリフを吐き捨てると、ドアを開けて車を降りた。
「あんたとはこれまでだからね。」
 男の脳裏に、今までの記憶が一度に押し寄せてきた。
 高校時代に同じ部活だったのがきっかけでつきあい始めたこと。ふたりで行った映画や遊園地のこと。自分が高校を卒業してからは、毎日彼女を学校に迎えに行ったこと。新婚旅行は絶対海外に行こうと誓っていたこと。彼女が欲しいと言ったものは多少無理してでもすべて買ってやったこと・・・。
 その時、それらの思いがすべて憎しみへと変わっていくのを男は感じた。
 男を残して山道を歩いて行く彼女の背中を見つめ、男はハンドルを強く握りしめた。
 そして、足早に去って行く愛する女に向かって、思いきりアクセルを踏んだのだった。

 教室に戻ったおぼろは、自分の机の中からカッターナイフを取り出してズボンのポケットに入れた。
 そして背負っていたランドセルをおろし、ハイヒールの入った紙袋といっしょに机の上において、自分の席にすわった。
 帰ろうとする気配はない。
 タロもランドセルをおろして、おぼろのななめ前にある自分の席にすわった。
「やっぱりカッターは言い訳だろう。何をたくらんでるのか教えてよ。」
 タロのことばにおぼろはしばらく考え込んでいるようだったが、やがて口を開いた。
「ジャマ吉を殺したヤツはたぶん殺人犯だ。今校門に立ってる。」
 タロの顔からいつものうすら笑いがあとかたもなく消え去った。


[つづく]

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