細道のMini 奥の細道         


あの黒いものは何だ?  2003年7月20日

 毎年のことではあるが、わたしの5,6月は緊張と多忙の日々で、とても滝巡りの気分にはなれない。休日はなんとか尻を叩いて出かけるものの、心のブルーが晴れることはないし、第一、携帯電話は繋ぎっぱなしで、とてもリラックスできない。いつ「クシコスの郵便馬車」が、パパパッ、パパパッ、パッ、パパパッ、パ。パッパパパッパッパ、パ、パーッパ、パーッパ、パーッパ、パパパッと鳴り出すか分からないのである。まあ、滝ヤラレとしてはあるまじきことではあるが・・・ 7月に入るとその反動と開放感がドッと襲ってきて、居ても立ってもいられなくなり、バッと出かけるのが通例であるが、今年は休日になると決まって天候が悪く、と言うより梅雨がなかなか明けず、フラストレーションは溜まりに溜まっていた。7月20日、21日の天気予報も相も変わらず「雨」を告げていたが、もう矢も盾もたまらず、見切り出発をしてしまった。進路は北へ。  横浜を出るときから降り続いている雨は、足が強くなったり弱くなったり、一向に止む気配がなかったが、福島を過ぎる辺りから何となく空が明るくなってきたようであった。阿武隈高原を超えると、それまで立ち込めていた霧(雲)も高くなってきて、山の頂きを隠しているくらいになってきた。宇都宮辺りから、となりの連れ合いが、何か両手を摺り合わせて怪しげな仕草である。
「何だ?ナンだ?どうしたんだ?」
「『うちの主人は天気が良くなると機嫌も良くなりますので、どうか晴れますように』ってお願いしてたのよ。ホラ、良くなって来たじゃない」
「何か思わせ振りだなあ。黙ってこっそり願っとりゃあいいじゃないか」
「でも、ほんとに晴れてきてから言っても信用してくれないでしょう?『オレだって祈っとったわ』、でオシマイよ」
 う〜〜ん、晴れるとこの手柄は皆このオナゴに行ってしまうことになるが、悪くなると譴責されるリスクを彼女も負っているわけだから、まっ、いいか。どうせいつものことだ。
 東北道は古川ICを出て色麻町を目指せば分かりやすそうだが、ちょっとケチって一つ手前の大和ICから降りてしまって、難儀することとなった。大和IC――県道4号――R4――県道――R457といったのだが、色麻町に入ってから訳が分からなくなってしまってさ迷い、保野川を見つけることが出来て、やっと船形山方面(大滝方面)に向かうことができた。雨はすっかり止んで、青空すら見えてきた。連れ合いに自慢されるのも悔しいが、晴れたほうがもちろん数段いい。先方に待ち受けていることなんぞ、些かも知らないので、心も晴れやかに、色麻町は保野川を遡って行った。
 道は、最初はキチっとした二車線道路が続き、途中から狭くなってきたが擦れ違いが困難なほどではない。3〜4kmほど進んだ所に標識があって、<船形山登山口方面>と書いてある。この道は右斜め前方に入って行くようになっているが、離合困難で、草生した所に車の轍の跡が二本続いているような道であって、入って行くには確信が無くては躊躇してしまう。一方、前方はキチンとした舗装道路が続き、「こっちへいらっしゃいよ」と言っているようだ。過去の経験は「右だ!右だ!狭い方じゃ!」と告げていたが、例によって滝はマイナーで、表示などはなく、その道が取っ付きとして余りにも狭く草ボウボウだったので、仕方なく直進してしまった。直進道は全舗装なのだが余り車の通った気配が感じられない。間もなくY字路に至り左を行くと、砂防ダムとおぼしき巨きな堰堤の下で行き止まりとなった。先ほどのY字路に戻ってこの先に行くべきかどうか考えたが、右に良い道が続くので振っ切ることが出来ず、取り敢えず行けるとこまで行って見よう、と。
 下方には干上がったようなダムが見え、ウネウネと上って行く。最早、この道は砂防ダムに付帯して造ったものであり、良くても殆ど通行がないものであることが歴然としてきた。しかも、Uターンをするスペースもなくなってきて、Uターン場所を探す為のみ前進することになった。場所があれば即座に引き返したのだが、とうとう草ボウボウの広場に上り詰めてしまった。広場は草で埋まっているが、中央にはかすかに轍の跡が見え、轍は更にかすかに前方に続いている。ここから滝に行く遊歩道があるなら、さすがに標識があるに違いない。ダムのための道であり、ここではないと言う確信は湧いてきたが、仁和寺の法師になってもいけないので、車を降りてしばし探して見る事にした。暫く、歩き回っていると、背後の車のほうから連れ合いの叫び声が!
「ちょっと、ちょっと、あの黒いものは、何?ムク犬?」
 指差す方を見ると、広場の端の、ちょっと土手を上ったところに黒い塊が見えた。身体を上のほうに向け、首だけ回してこちらを見返している。真っ黒なムクムクした感じから、一瞬私は小熊か?と、思ったが、連れ合いは最初、黒猫か黒いムク犬と思ったらしく、あまり恐怖を感じなかったようである。しかし、ムクムク、ヨタトタと土手上の潅木の方に逃げ上って行くさまは、もうまさに小熊だ。
「熊だ!熊だ!」
 車に戻るには距離がある。母熊が傍にいるに違いないと思った途端ゾーッとした。慌てて車に戻り、回転させて、何時でも逃げられる体勢を取って、初めて少しホッとして、小熊の行き先を確認しようとしたが、潅木の木の下闇は暗くて何も見えない。
「後にいたらアブネー」 途端に、車が母熊と小熊の間に入り込んでいたらマズイと気が付いて逃げーッ!脱兎!
 逃げ下ってダムサイト近くまで来た時、地元の人らしき男性が、車から出てダム方向を見ながらタバコを吹かしている。小熊に遭ったことを話すと、「そいつは、ヤバイ」とのこと。いろいろ訊いてみると、確かにこの辺りは熊の出没が多く、あまり人や車が来ないからであると。色麻大滝のことを訊いて見ると、入口は矢張りあの<船形山登山口方面>と書いてあった道で、滝はそれを12kmほど行ったところにあり、そちらの方は車も多く人も多いので熊はあまり出没しないとのことであった。
 色麻大滝への林道は、過去の林道と比べて荒れたようなそうでもないような。どっちにしてもボデーの低い私の車芭蕉号にとってはキツイ道を10kmほど行くと、小さな東屋と大きな看板がある。右カーブのところだったので一瞬見落として、と、と、と、と通り過ぎてしまった。付近の地形は確認出来ていなかったけれど、後ろを見るとそれほど段差もあるようには見えなかったので、連れ合いに左側を見てもらう事にしてバックした。
「オーライ、オーライ・・・・・!?」
 ガ、ガ、ガ、ウイーン、ウイーン、ウイーン。突然音がして、車輪が空回りして、引きも戻すも出来なくなってしまった。飛び降りて見ると、車は相当傾いており、後輪は大きな石でガッチリ後を噛んでおり、車輪は浮き上がって空回りして当然の所に入り込んでいる。前方のボデーは接地していて、まさに脱輪状態。最早自力での脱出は不可能なようである。ニ、三、策を講じて見たが全く駄目。あの福井県の山中の忌まわしき脱輪のことがトラウマとなって甦ってきた。光景が再び頭をよぎった。う〜〜〜ん・・・
 その時一台のRV車が通りかかった。連れ合いが責任を感じたのか、走り寄って牽引してくれるように交渉している。船形山の方に行く若夫婦と見える。若いご主人と相談をして、先方は後進、私は前進で抜け出すのが最も可能性のある方法と思われたので、エーデルワイスのロープを取り出すと、「そんな良いロープは勿体無いですよ」「いや、私がお願いするのですから」「いや、古いヤツですけど、丈夫ですから」「いや、やっぱり申し訳ないですから」、と一頻りあった後、先方のロープでやってもらう事となった。
 一発で脱出した。
 嬉しかった。
 少ないけどお礼をし、船形山方面に去る若夫婦を見送って、つくづく連れ合いと語った。「オレ達って事故を起すけど、本当にいい人達に恵まれてるなー」
 色麻大滝は、しかし、これほど苦労をしても来る甲斐のある滝であったと思う。それに、天気予報にも関わらず、色麻大滝の空は晴れあがって、写真に青空が入った。連れ合いの功罪相半ばす、というところか。
 帰りは古川ICから東北道に乗り、岩手県北上JCから秋田道の湯田ICを降りて、湯田町下前川にある白糸の滝降る滝などに向かう。この滝々は誠に行きやすい。下前川沿いに遡る道の左折する場所さえ間違えなければ、道は段々細くなるものの、一本道で滝の駐車場に着く。宮城県を出て北上JC辺りまでは再び空はドンヨリ雲って、さすがに今度ばかりは駄目だろうと思われた。
「私がお願いしたからズエーッタイ大丈夫よ。今に見てて御覧なさい」
 連れ合いが先ほどの罪滅ぼしもあってか、懸命に断言する。ほんとに晴れりゃあなあ、と思っているうちに、いくつかトンネルを潜り、湯田ICに近付くにしたがって、ほんとに晴れてきたではないか。恐るべし、オナゴの一念。
 雨もよい、と言うか降り続いた雨の間をぬってきて、最高によかったことは、日頃枯れ滝としか見えない滝が様相を一変して、水流の多い、滅多に見られない滝が見られたことである。特に白糸の滝は、岩盤3分の1ほどを流れている白糸が、この日は前面に流れ落ちていた。降る滝も日頃より水量が多かったらしく、豪瀑となっていた。姥滝は爺滝の下流にあるが、規模は4〜5倍ほどであろうか、何故大きい方が爺滝にならなかったのか、その辺の経緯は分からないが、興味深い。
 本日の泊まりは磐梯の沼尻温泉であるが、福島県に帰って来た途端雨が降り出した。道路の濡れ具合からして、一日中天気が悪かったものと思われた。明日が心配である。

(2)長靴作戦 2003年7月21日

 早朝、ポクポクと木魚のような音で目覚めた。何だ、何だ、な、何の音だ?慌てて部屋の中を見回すと・・・・・何事もない。音はどうやら窓の外から聞こえてくるようだ。 カーテンを開けて見ると、外の薄明の中に、軒下から雨がボトンボトンと落ち、庭の木々も濡れた葉を重たげに垂れている。その一隅から、ポク、ポク、ポクという音が響いて来る。そういえば昨夜の泊まりは一階の部屋だった。家の周囲の排水口か何かに大粒の雨垂れが落ち込んで、規則的で陰気な反響をしているのだろう。それだけ雨が激しいということ。
 雨がそれほどでもなかったら楽翁渓の雄滝・雌滝でも行こう、と企てていたが、外の有様を見てすっかり諦め、また布団に潜り込んでしまった。時刻はすでに6時を回っていた。昨夜は11時前に床に付いたので、かれこれ7時間は寝たことになり、もう目パッチリの時間のはずであるが、雨のトレモロならぬ木魚の音を枕に不貞寝を決め込んだのである。
 ふたたびトロトロと眠りに入ろうとした時、突然カーテンや襖がパタパタと開いて、「いつまで寝てるの?早く出掛けましょ」だと。許せますか?許せませんね。
「ルセーナー。今日はもうダメだっぺ。諦めたで、もっと寝かしといてくれや」
「こんなとこで愚図愚図しててもしょうがないじゃない。早く出かけて、早く帰りましょ」
「愚図愚図って、オマエ・・・・・」ブツクサ言いながら粘ったけれど、布団はがれて押し切られて、8時には出発する羽目に。
 雨はまだ激しく、路肩に寄るとラッセル車のように、水を跳ね上げる始末。到底滝見どころではないと思われる。正気の沙汰ではない。まともではない・・・・・。
 にもかかわらず、何とかかんとか言いながら、芭蕉号は、小野川不動滝へ、小野川不動滝へ。滝ヤラレの性か、はたまた例の<行くだけ行って見て>というヤツであろうか。しかし私は、<行くだけ行って見て>そのまま帰って来た例を知らない。自宅から5分や10分のとこなら別だが。
 あるゴルフコンペが予定されていた日、台風の直撃を受けた。かの有名な狩野川台風である。朝から風雨が激しく、到底無理と思ってくつろいでいたところ、5時半頃幹事から電話が入った。
「コースまで、行くだけ行って見ましょう」
 げっ、この風雨の中を?行くだけ行く?嫌〜〜な予感がした。それでも、全員風雨を衝いて定刻どおり集まった。ゴルフ場はクローズしないでプレーヤーに任せるという。ヤメヨ、ヤメヨ。カエロ、カエロ、の合唱の中で幹事がおもむろに口を開いた。
「折角来たのだから、スタートするだけスタートして見ましょう」
 羊飼いに追われる羊よろしく、我々は、スタートするだけスタートして見た。ご存知のようにゴルフはスタートしてしまったら、四人一組ずつの単位でバラバラとなってしまい、お互いに意思を交わす手段が無くなってしまう。止める踏ん切りなど付かない。かくて、ティーショットでテイクバックすると後ろに吹き飛ばされそうになる、フェアウェーはドブ川状態、パットしようと構えると背中にバケツの水を注ぎ込まれたよう、玉は打つ前に動く、力任せに打っても水車のように水を跳ね上げストトンと止る、斯様な目も当てられないラウンドとなり、気息奄奄としてハーフの9ホールを終えたのである。消防の放水に直撃されながらゴルフをやったと思って頂けば当たらずと言えども遠からず。流石に「続けよう」というヤツはいなかった。幹事も俯いてしまった。
 つまり<行くだけ行って>は最初から<折角来たのだから>を包含する言葉で、換言すれば、ヤラレにとって<行くだけ行って見る>は<何が何でも見る>と同義語なのである。
 しかし、しかし、小野川不動滝の駐車場に着いて驚いた。バカは私たちだけかと思ったら、すでに3台も先に駐車しておるではないか!世の中どうなっておるんだ!マイナーだと思っておった滝ヤラレが想像以上にチマタに溢れておるのであろうか?しかも、私たちより後から駐車場に入って来た車の夫婦が、身支度をしている私たちを尻目に、サッサとかねて用意の雨装備で上って行ってしまった。こ、こんな人たちもいるんだ。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
 ポカンとして連れ合いとただ黙って顔を見合わせるばかり・・・。雨が降ったから寝とる、なんぞと言っていた自分が恥ずかしくなってしまった。
 そこで私たちも急いでカメラの覆いをして、ヤッケを着込んで、長靴を履いて、あッ、あッ、先ほどの人たちは単なるトレッキングシューズだった。シメタ!――何がシメタか知らないが――ここは長靴でないと絶対駄目だろう。遊歩道も苔や岩や川となった道で滑り易いに相違ない。滝前に着いたら尚更であろう。
 私たちの想定はここにまんまと的中。小野川不動滝への遊歩道は、いたるところ川となっており、石段や石畳のところはツルツルと滑り、煩わしいこと限りなく、歩いて行くには長靴は当たった。当方何の支障も無く滝に辿り着いたのに、他の人たちは難儀しているようだった。
 一人の若き女性に至っては、滝壷近くへ着いた途端、石にツルリと滑ってザンブと水の中へ、したたか膝頭を打ち付けてしまったようだ。頭を打たないで良かったが、痛さより恥ずかしさの方が先に立ったようで、見ていて気の毒であった。
 こういうときは渓流シューズか長靴に限るが、長靴の場合、調子に乗っていると結構滑りやすいところもあるので要注意。
 他のサイトを見ても、小野川不動滝は普段から結構水量は多いが、このときは増水して猛瀑と化していた。カメラは保護していたのでよいが、服の方はジッポリと濡れてしまった。飛沫は滝の落差の2倍以上飛んでいたのではなかろうか。滝といっても、水量が多いばかりが良いわけではないが、この滝に限っては、水量が多いほど見栄えがするだろう。
 満足して、雨天の悔しさもどっかに吹っ飛んで、機嫌が良くなってきたのが自覚された。で、こうなると滝ヤラレに巣食う<悪い虫>がムクムクと頭をもたげてきて、もしやもしや次の滝も・・・結果を言ってしまうと、世の中やはりそう甘くはなかったのだが。
 この北塩原村あたりで次の滝というと、大滝。全く県道沿いであるから、豪雨でも大楽勝、との思い込みが間違いのもと。桧原湖の周囲も五色沼近辺も誠に道がよく――当たり前か――油断をしながら大滝のある県道(旧国道)を左折して愕然とした。古い大きな看板が道脇を塞いでいて、<通行止><熊の出没に注意>だって。熊は昨日遭遇したばかりでヤナ気分である。しかし元国道の県道だよ!普通だと<通行止>の表示なんぞあっても、「オイ、ありゃあ何だい? 何? 通行止?はっ、はっ、はっ、ふざけんじゃネーよ!」(石原裕次郎<嵐を呼ぶ男>を気取って)と、「自己責任、自己責任」と呟きながら、それこそ行けるところまで行こう、と行ってしまう。しかし、この雨の中、通行止に熊に注意では気が滅入ってしまうというものだ。西の方火の国にはそれでもドンドン行ってしまう人もあるようだが、状況によっては写真が撮れるかどうか分からないのである。
 さすがのヤラレでも諦めて帰ろうとUターンしたとき、右側をさっと黒い影がとおり過ぎた。一台の黒いRV車が何の躊躇する事もなく、スーっと通行止の標識の横をとおり後方のカーブに消えて行った。「ありり、行けるのかな?んだばいくべい」などと掲示板用語を呟きながら、再度行って見る気になってしまった。
 確かに常時通行止もやむを得ないような極細の道だ。霧が回りに立ち込めて来て、木の下闇も濃くなって、余りの薄気味悪さに二人とも不安になって口を利かなくなった。昔見た「フォッグ」という映画が思い出された。暗い霧の中からおどろおどろしい物が現れるラブクラフト流のホラー映画である。それにしても先に行った黒いRV車はどうしたのだろう?
 「今度Uターン出来るとこがあったら引き返すっぺ」
 つとめて明るく言ったが、隣からは安堵のタメイキが聞こえてきたようである。と、途端に霧の中から黒い影が浮かびあがった。な、なんだ、なんだ。スピードを緩めると、それは先に行った黒いRV車が路肩に止まっていたのである。別に脱輪したようにも見えないけれど、辺りはシンとして車の中に人影もない。この霧の薄暗がりの中で、車を離れて行く所もないような雑木林の中である。気味が悪くなって、そそくさと先に進んでUターン場所を探すことにしたが、いずれにしてもここに戻って来なくちゃならないのだ。嫌だな−、来るの止めときゃよかった。
 嬉やのUターン場所が見つかり、こんなとこで脱輪したらアウトなので慎重に転回して引き返した。もしもあそこに車が無かったら、もっと不気味だな、などと思いつつ戻ってきたら、先ほどと同じように車があり、傍らで黒い服の男性が、カメラをセットして構えていた。カメラは木の上の方をむいていたと思う。この霧の中で、この薄暗がりの中で、どうしようというのだろう。私たちの車が近づいたのを気づいたはずなのに、こちらを見ようともしない。何をやっているのか、大滝は行けるのか、尋ねる気力も失せて、先ほどの<通行止>の標識のところまで戻って来て、ホッとしたのであった。
 この滝へのリベンジはいずれ果たすとして、今日は気力も失せたので、磐梯ゴールドライン沿いに遠望できる、トビ滝、滑滝、もし可能なら蛇追の滝などを見て帰ろうと決めていた。ところが県道64号からR459の交差点に来た時、私は真っ直ぐゴールドラインの方へ直進しようとしているのに、芭蕉号は右へ曲がろうとする。懸命に抑えてもハンドルは喜多方方面、右に切れていくのだ。ど、どうしたことだ?
 R459を喜多方方面に5kmほど行くと、先ほどの大滝のあった県道の反対側の出口に至る。そちらから入れば、反対側から大滝に行ける可能性があるようなないような・・・・・
 思うに芭蕉号が滝ヤラレの心を先取りして、行ってみたらどうか、と勧めてくれたとしか思われない。反対側からも行けなかったら、芭蕉号をドツイてやればいいや・・・・・。

          [了]