高等学校論題の背景と予想される議論の解説

特定非営利活動法人 全国教室ディベート連盟 論題検討委員会 岡山洋一 

●論題の背景

<京都議定書発効>

「温暖化防止へ京都議定書発効 CO2、90年比で6%削減 日本、国際公約に

地球温暖化防止のための京都議定書が十六日、発効した。これにより、先進国に課された二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの削減目標は国際公約となり、法的拘束力が生じた。」

『読売新聞』(2005年2月17日)

近代文明は私たちの生活を飛躍的に向上させましたが、地球環境や生態系には逆に甚大な被害をもたらしました。中でも典型的なものは、二酸化炭素(CO2)の排出による地球温暖化問題です。

<地球温暖化>

ライススタイルの変化により、大量のエネルギーを使うようになった私たちは、CO2などの温室効果ガスを排出してきました。この温室効果ガスは、過去50年間の平均気温上昇など、数々の気候変動を引き起こしているといわれています。しかし地球温暖化による気候変動の予想は難しく、CO2の影響ではないという研究もあります。

現在の豪雨や高温を直ちに地球温暖化に結びつけることはできませんが、気温上昇が影響しているとされる事例、北極圏や南極、氷河での氷の著しい減少などが報告されています。このままCO2等の温室効果ガスの排出増加傾向が続けば、2100年に気温が2度、海面が50センチ上昇し、居住地が水没し異常気象が日常化することに加えて、生態系が変化し、湿地や種の喪失など復元不可能な絶対的損失を招くと予想されています。日本でも砂浜の7割が消失したり、マラリア等の増加などが予測されています。

<京都議定書>

京都議定書とは、「地球温暖化を防止するための国際条約」です。1997年12月に京都で開かれた「気候変動枠組条約第3回締結国会議(COP3)」では、先進国などに対して2008年〜2012年の間に温室効果ガスを1990年比で一定数値を削減することを義務づけました。

日本は2008年から2012年の温室効果ガスの平均排出量を、1990年の基準年比で6%削減する義務を負いました。その後も排出量は増え続け、2003年度は基準年比で8%上回り、6%と合わせ14%もの削減が必要なのです。

2005年2月現在、京都議定書を批准している国は141です。議定書の発効により、削減目標には国際法上の拘束力が生じます。目標をクリアできない場合には、2013年以降の新たな削減枠組みの中でペナルティーが科される見通しです。

しかし京都議定書には課題も多く、最大の排出国の米国は離脱したままで、復帰の見通しはありません。排出量を急増させる中国、インドなど開発途上国には排出削減の義務がないのも問題視されています。

<政府の取り組み>

日本政府は、CO2など温室効果ガスを減らすために、以下の取り組みを示しています(環境省「新たな地球温暖化大綱(2002年改定)」)。http://www.env.go.jp/earth/ondanka/taiko/all.pdf

・新エネルギーの導入や原子力推進などで産業、運輸、家庭からのCO2を増加ゼロに抑制

・国内の森林によるCO2吸収で3.9%削減

・革新的な技術開発によって2%削減

・エネルギー関連以外に排出する分を0.5%削減

・温室効果のある代替フロンなどの2%増加

・差し引き1.6%を、海外との排出権取引などに依存することで6%削減の達成

しかし本当に政府案で京都議定書の目標値を達成できるのか疑問が残ります。そこで登場するのが炭素税なのです。

<炭素税>

炭素税とは、石炭・石油・天然ガスなどの化石燃料に、炭素の含有量に応じて税金をかけるものです。化石燃料やそれを利用した製品の製造・使用の価格を引き上げることで需要を抑制し、結果としてCO2排出量を抑えるという経済的な政策です。CO2排出削減に努力した企業や個人が得をし、努力を怠った企業や個人はそれなりの負担をすることになるという(汚染者負担の原則)、環境保全への努力が報われる公平な仕組みだといえます。炭素税はフィンランドなどで導入されており、高いインセンティブ効果が見込まれる税制です。

 提唱されている炭素税の税額には、数万円から数千円まで幅があります。炭素1トンあたり6,000円の炭素税を導入した場合、直接の削減効果として、2010年には700万炭素トンのCO2削減が期待できます。これは京都議定書の基準年である1990年の日本の温室効果ガス排出量の少なくとも2%に匹敵します。

6,000円の炭素税を導入した場合、ガソリン価格は4円/リットルのアップとなります(「環境・持続社会」研究センター(JACSES)による試算)。http://www.jacses.org/paco/carbon/whatis_carbontax.html

●予想される議論

<メリット>

・地球温暖化の抑制

炭素税により、京都議定書の目標数値が守られ、地球温暖化が抑制されます。しかし米国が離脱し開発途上国がCO2排出を増加させている中で、日本だけが目標値を守っても温暖化の抑制にどれほどの効果があるのか疑問視する声もあります。

・省エネ

効率のよい家電や燃費のよい車、電化製品のムダな利用を控え、ガソリンや電気代を抑えようとすることにより、家庭での省エネが促進されます。

また、化石燃料を使わない素材への転換を図ったり、エネルギーの利用にかかるコストを抑えることで、企業の省エネも促進されます。

・技術革新

消費者が効率のよい家電や燃費のよい車などを選択するようになり、より省エネ型の製品が開発されるようになります。

・環境型社会の構築

日本の企業は生産するときには省エネ・省資源に務め、汚染物質を出さないように最大限の努力を払います。しかし環境活動による外部経済効果を市場に取り入れる仕組みがないために、環境型社会を構築するために必要な企業活動、製品開発を阻害しています。外部不経済をコントロールするためには、環境を悪化させる行為に課税する炭素税が有効です。

<デメリット>

・景気の悪化、倒産、失業

 新たに炭素税をかけることにより、景気が更に悪化し、特に中小企業を中心とする倒産、失業が増えることが予想されます。景気の悪化には、価格の高騰、商品の国際競争力の低下、産業空洞化など複数のシナリオが考えられます。

・海外移転

炭素税により、鉄鋼業や自動車産業などは壊滅的な打撃を被り、国内での事業存立が危うくなり、海外に移転せざるを得なくなってしまいます。

企業の海外移転により、炭素排出量の多い先進国の企業が、そのまま途上国に移転すること(「炭素リーケージ)によって、途上国での炭素排出量が5〜20%増加してしまうという予測もあります。

 京都議定書は発効されたばかりです。政府の対策も今後変わっていくでしょう。状況は刻一刻と変わっていきます。雑誌論文、週刊誌、毎日の新聞、ネット上のニュースによく注意を払い、常に最新の情報を掴むことを心がけてください。

●参考文献

「環境・持続社会」研究センター(JACSES) http://www.jacses.org/index.html

環境省 http:/www.env.go.jp/

石弘光『環境税とは何か』(岩波書店、1999年)

佐和隆光『地球温暖化を防ぐ』(岩波書店、2000年)

本稿は『トライアングル』第50号(2005年3月号)に掲載されたものです。