議論の王道をめざして

北嶺中・高等学校 教諭 石山 昌周

T はじめに

 私の勤務する北嶺中・高等学校は、札幌市郊外(山奥)に位置する中高一貫の男子校です。本校では00年度からディベート甲子園に参加しています。初出場以降四年連続の全国大会出場、01年度以来地区大会で三連覇(いずれも高校の部)と駆け出しの部活動としては順調に活動を続けています。

 この背景に生徒達の熱意・努力があることはもちろんですが、安藤NADE北海道支部長、岡山副支部長はじめ北大サークルの方々、ディベート甲子園OBといった多くの方々のご厚意がなければ、ここまで活動を続けることはできませんでした。この場をお借りしてお礼申し上げます。

 私の指導歴も4年目に入りましたが、それ以前の競技ディベート経験は皆無です。ゼロからのスタートであり、生徒と共に学んでいくというスタンスでの指導を続けています。経験不足のため参考になることは少ないかもしれませんし、不十分な点も多々あると思いますが、以下に本校ディベート部の沿革、1年の活動の流れ、指導に当たって心がけていることなどを述べさせていただきたいと思います。

U ディベート部の沿革

 2000年に安藤支部長からお誘いを受け、担任している生徒達に声をかけたのが発足のきっかけです。初心者の私たちにディベートの手ほどきをして下さった岡山副支部長、また練習相手を快く引き受けて下さった立命館慶祥高のご厚意もあり、何とか試合ができるまでになりました。この初出場の地区大会で幸運にも準優勝を勝ち取り、全国大会に駒を進めることができたのです。

 初参加のディベート甲子園(以下、甲子園)では、全国の水準の高さと議論の面白さをまざまざと見せつけられて帰ってきました。この大会以降、生徒共々ディベートの魅力に取り憑かれることになります。

 「母校に新しい伝統を根付かせたい」という藤田初代部長の熱心な取り組みもあり、その秋には同好会が発足し活動を開始しました(この間の事情についてはhttp://www.sapporotimes.co.jp/kaigo/0626.html【札幌タイムスの特集記事】を参照して下さい)。2002年には部活動に昇格し、活動に際して生徒会から予算も下りるようになりました。

 大会出場ギリギリの4名からスタートしましたが、現在では中学・高校を合わせて15名程度の組織に成長しています。

 藤田初代部長、司馬第二代部長と続いた草創期の部員達もこの春に卒業し、現在は青山第三代部長、吉村副部長(この二人は先日のJDA秋季大会でトップ10入り!)の第二世代の選手達が中心となり現在に至っています。

V 1年を通しての流れ

 同好会発足時から、1年の活動を大きく前半・後半の二つに区切っています。連盟の論題発表から甲子園までの半年を前期、大会後の9月からの半年を後期としています。以下に活動の概要を示します。

○前半(3〜8月)

 この時期は、甲子園に向けての活動が中心です。論題についての理解に始まり、リサーチ、部内での紅白戦、参加校同士の練習試合を経て地区大会、勝ち抜けば全国大会という流れは他の地区とあまり変わらないものと思われます。

 とにかく、全国大会を目指してひたすらリサーチ・練習の日々が続きます。リサーチでは、図書館や本屋通いはもちろんですが、インターネットも大きな武器です。

 今となっては一般的な手法ですが、活動を開始した当初からメーリングリストを開設しています。これは部内での情報共有や伝達に有効なツールとなっています。今季は青山部長の発案で、インスタントメッセージソフトを導入。こちらも大いに活用しています。常時接続が普及する中では、ちょっとした打ち合わせやファイルのやりとりに便利です。部内の電脳化が進む中で、大会直前まで粘り強くリサーチを続けます。

 この時期の甲子園に向けて以外の取り組みとしては、学校祭での公開ディベートがあります。7月下旬に校内・外へのアピールとして実施しています。例年全国大会の準備と重なり大変多忙になりますが、部内で何とか人員をやりくりして取り組んでいます。

 01年度には「道州制」・「環境税」論題での公開試合。甲子園フォーマットでは時間的にも聴衆の負担も大きいという反省から、02年度には「北嶺中高は隣に吉野家を誘致すべきである」(寮の生徒にとっては魅力的…)、今年度は「北嶺中高は週休2日制を導入すべきである」(本校は未導入…)、「日本は結婚年齢を引き下げるべきである」(高校生も結婚できる?)と比較的身近な路線で、一般の方にもディベートに興味を持っていただけるよう取り組みを続けています。

●後半(9〜2月)

 この期間は、論題を2〜3程度選定し、週1度のペースで紅白戦を実施しています。これまでに男女共学化・私服化といった身近なものから、外国人労働者受け入れ、陪審制導入、積極的安楽死、サマータイム制等の定番論題を扱いました。今年度はJDA後期論題の炭素税導入、12月に開催が予定されているD−1グランプリ(ディベート・アゴラ主催)の論題ゴミ収集有料化を扱っています。

 4月からの新入部員は7月の大会出場には間に合わないため、新入部員の実力養成はこの時期が中心になります。前期は論題の違いから中学の部・高校の部分かれての活動ですが、後期は中学生・高校生の混成チームを編成し、紅白戦を実施していきます。先輩と共に活動を続ける中で、リサーチの基本や議論の組み立て、スピーチのスタイルを学んでいきます。

 全部員対象の練習は毎週1回ですが、それ以外の日の放課後は、参加人数に応じてビデオ観戦(主に全国大会での試合)・ミニディベート等の取り組みをしています。

W ディベートという窓から

 次に、指導に携わる中で心がけていることを述べたいと思います。

 この4年の間に、原子力発電・道州制・環境税・遺伝子組み換え食品・携帯電話・住民投票・安楽死と多くの論題に取り組んできました。振り返ってみると、単に議論のための材料というよりも、現実の生活に深く関わっている問題ばかりです。そして、立てられたメリット・デメリットが未来像として正鵠を射ている場合も多いのです。

 以下に具体例を示していきます。

 00年度の原発論題ではメリット「原発の事故回避」が主ですが、発生過程に「…年以内に浜岡原発が事故を起こす」という議論を提出した相手と対戦しました。当時は認識不足ということもあり、生徒共々「???」という印象でしたが、翌年11月に浜岡原発の事故が報道された時には本当に驚かされました。肯定側の議論は予言だったのです。

 01年度の環境税論題、これは今季後期のJDAの推奨論題にもなっていますが、ご承知のように今年7・8月にかけて炭素税導入の検討がクローズアップされています。

 02年度のGM食品論題では、販売禁止に伴う米国のWTO提訴と経済制裁というデメリットがありました。今年5月にはEUの輸入制限に対して米・加両国のWTO提訴が報じられました。日本が関わっていないものの、これも予言と言えるでしょう。

 また、我が北海道に関わりのあるものもあります。まず01年度の道州制論題、今年8月に小泉首相が北海道を道州制特区の検討を知事に要請したと報じられました(首相「三位一体改革の考えの中でも、道州制は北海道が一番適している」)。また、今年度の住民投票論題、奈井江町ではこの10月に小学5年生以上を対象とした住民投票(子ども投票、参考意見としてのものですが、全国初!)を実施とのこと。

 以上のように、論題に取り組む生徒達は、時代を一歩先取りする形で政策導入後の世界像をイメージしていると言えるでしょう(この意味で連盟の論題選考には、感心することしきりです)。現実に導入された政策が自分たちの描いた未来像とどう重なり、どう違っているのかを捉えることも、ディベートの醍醐味の一つです。

 私たちは甲子園ディベートを通して、単に議論の技術だけを扱っているわけではありません。現実をどのように捉え、どう未来を切り開いていくべきか。これを考えるきっかけを手にしている。つまり、リアルタイムで移り変わっていく社会をディベート(甲子園論題)という窓からのぞいているということなのです。

 大会は確かに勝負の世界ですが、勝ち負けのみならず、それを含めて論題と関わることが、現代の社会、自分たちの生きる世界そのものを扱っているのだという認識を生徒達に持ってほしいと願っています。

X 誠実さと「議論の王道」

 前節で述べたことを実践と結びつけていくには、どの局面においても論者の誠実さが不可欠だと考えます。ギリギリまで徹底して追究するリサーチ、合理的な論理構成、断章取義に陥らない資料の提示、意を尽くしたスピーチ…。

 誠実であればあるほど、議論のための議論から抜け出し、現実を見つめ直す意識が芽生える。探求は深まっていき、地に足のついた、現実を踏まえた議論を展開できる。そして、より現実的な未来像に近づく。短い経験ではありますが、そのように実感しています。

 では、その誠実さを心がける中で、自分たちが目指すものは何なのだろう。漠然としたイメージはあるものの、うまく像を結ぶことができずに模索を続けていましたが、今季の全国大会において、その手がかりに出会うことができました。

 「品位あるディベート、議論の王道を追求するディベートを」(開会式映像から)という近畿地区、梅本先生からの選手へ寄せられた激励の言葉。これを目にして、自分たちの理想は「議論の王道」だったのだと気付かされたのです。

 社会の抱える問題を掘り下げ、どう対処すべきかを提示した、誰にとってもわかりやすい試合。誠心誠意を尽くした説得力のある議論。

 一試合一試合の積み重ねていく中で、勝つためのディベートでも、議論のための議論でもなく、このような「議論の王道」を目指したいと考えています。

 部員達は今、先輩達から伝統を受け継ぎつつ、自分たちの新たな道を模索している最中です。部長・副部長コンビのJDA武者修行はその一環と言えるでしょう。目標は遠いかもしれませんが、「議論の王道」に近づけるよう、部員共々日々研鑽を重ねています。

 最後になりましたが、各地区の指導者の声を掲載して下さるという機会を与えて下さった連盟の方々に感謝したいと思います。この企画をきっかけとして、全国の指導者間の輪が広がっていくことを期待しています。

 拙い文章になりましたが、お読みいただいてありがとうございます。本稿の内容及び私たちの活動について、ご質問・ご助言等あれば、下記までメールをいただけると幸いです。

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石山 昌周(まさちか)

e-mail: mas_ish@js2.so-net.ne.jp

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本稿は『トライアングル』第42号に掲載されたものです。