北海道大会を終えて、地区代表となった生徒達へ。        


立命館慶祥高校
鈴木 雅惠

   
 ディベートは二項対立を前提とするゲームです。それを、「差別を生む」とか「表面的な技術でしかない」と批判するのは、言説の基本的な性質を理解してない誤解であると言えます。我々は、言葉を道具として用いるけれど、道具の持つ性質を無視して、かえって道具に振り回されてはならないのです。

    ある事柄をくっきりはっきり「異化」する為には、ある判断において対照させられる比較対象を想定することは、大変有効です。それが、ディベートにおける「肯定」と「否定」なのです。真理、あるいは善を追究したいという要求が、仮に「肯定」と「否定」という軸を設定する姿勢において表われるのです。

つまり、何を論題とするかというところから、ディベート、真理あるいは善の探求は始まっているのです。

    例えば、赤をはっきり他の色と区別するには、青という色を隣に置きますね。そこで、何故、赤に対して「青」なのかというところから、考える契機となります。また、「青」を対照させる対象だと設定した場合、どちらが現在の世界観であるかという洞察と共に、その世界観の中で生きている自分の「考え」を試される場が、ディベートによって得られるのです。

    ディベートが、試合の直前に「肯・否」の決定をするのは、単に意見の対立を生みたい訳でも、相手を説得する技術を磨く為でもないという意志の表明だということが分かるでしょう。「肯・否」の勝負は問題ではないのです。

    一つの論題について、いくつもの対比軸を設定できます。それは人間の可能性と想像力の豊かさくらいに、考える軸が無限だということですが、その一つの軸を用いてディベートするというのは、ある事柄について洞察を深める過程を、目に見える形で共有する方法論だということなのです。

    「勝ちたい」と思った当初、理論武装することを奨励しましたね。しかし、そんな頭でっかちで融通の利かない岩のような理論は、かえってもろいということが、全国大会での生きた試合の中で明らかになりましたね。ジャッジを恨むこともありました。返しの上手い相手を、生意気だと思うこともありました。

    しかし、論議が生き物のようにその姿をくるくる変化させるものだと気づいた時、相手チームへの対抗心もジャッジへの不信も、くだらない「名誉欲」を増幅させただけだということに気づけましたね。我々は、「ことば」によって世界を描写しているのであり、その事実を批判しても仕方ないということを、そして、レトリックだけの「ことば」には、やはり「力」がないということを、全国大会で知りました。

    教室ディベートが、「技術」でなく真理を追うという前提で、「言説への挑戦」をしているというところにこそ、「真理」があるのではないかと思うのです。「ことば」あるゆえに、我々は存在していますから。

    相手チームに勝つことを目標にしないでください。試合は、「自己との対話」です。いい試合は、両チームに感動があります。それは、肯否という対照を用いて、自分の意見を検証できたという満足感と、それが世界の幸福に寄与できるという見通しによる幸福感とによります。奇抜なレトリックには、このような幸福感は伴いません。

    そして、「異化」する試みな訳ですから、ディベートは「ことば」(言説)の芸術でもあります。今回の私達のテーマは、「華麗な反駁」でしたね。二年前に初めて参加した時は、「完璧な立論」というテーマで、相手を封じ込めることばかり考えていたのに比べると、ずいぶん成長した視点を持てるようになったと、その成長ぶりを誇らしく思います。ディベートの面白さ、美しさは、反駁のやり取りの中に生まれると思うからです。

    しかし、決してレトリックで相手を言い負かしてなりません。そうすれば、何故ディベートに参加しているのかという意義さえあやしくなってしまいますし、そういう人間になって欲しくありません。「強さ」は「美しさ」です。美しくなければ、幸せもありえません。私は、勝って欲しいと思う前に、幸せであって欲しいと思います。

    去る六月二十五日、北海道大会で熱い戦いが行われました。あなた達の実践、一つひとつの試合の軌跡が、着実に北海道のディベート人口を増やしているということを誇ってください。クラブでもなく、同好会でもなく、対戦相手にも、私を含めて指導者にもなかなか出会えず、それでもディベートに魅せられてしまったあなた達が、北海道から全国へ、我々の「ディベート哲学」を伝えようとするところに、広大な北海道の底力を感じます。

    ディベートに勝ったって、何の得にもならないのです。それを重々承知の上で、「ことば」と「議論」のとりこになってしまったあなた達に、私は近親感と尊敬を覚えます。そして、同じ思いの若者達と全国で会える夏を、羨ましく思ったりもするのです。全国大会まで、あと一ヶ月。全北海道の思いを代表させる試合をして下さいね。

本稿は『トライアングル』第23号に掲載されたものです。