Clover
- - - 第4章 闇魔導1
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―――――この国の人間は、元から根が善人なのかもしれない。

ノイディエンスタークに来て1ヶ月半、王宮の回廊を歩きながらレインはつくづくそう思った。

あれから夜の神殿へ戻り、しばらくノイディエンスタークに滞在する旨をラドリアへ伝えると、大臣が慌ててやってきてどういうつもりなのかを詰問していった。レインが適当に偵察だの、姫君と近しくなって内情を探るだの言ってやったら、安心したように帰っていったのは幸いだった。レインの無表情がそれなりに真実味を持たせるのに役立ったらしい。今もラドリアからは何も言ってくる気配はなかった。
あの狡猾な父王が何を考えているかまではレインにはわからなかったが、とりあえず不都合はなさそうだ。

(「何気に演技派なんじゃないの?」)

と笑いながらフィアルは言ったが、あながち間違いではないのかもしれない。ただレインの場合、演技というより普通に話すだけで済むだけの話なのだが。

「レイン!」

呼ばれてレインが回廊の外に視線を移すと、王宮の中庭に大きな人影が二つ見えた。イオと13諸侯の一人、剛の騎士のゲオハルトだ。二人とも上半身は裸でその体には汗が光っている。

「……剣の稽古か?」
「おう!イオは相手に不足なしだぜ?」
「ゲオハルト様はお強いですよ、レイン様」

そう言って笑いあう二人か少し離れた木の下には、仏頂面をしたキールが分厚い本のページをめくっている。

「……暑苦しい奴ら」
「あ?何言ってんだキール、男ならこれくらい当然だろう!」
「俺の頭が筋肉になったら、国家的損失だから謹んで辞退する」
「お前、オレの脳味噌が筋肉でできてるって暗に言ってないか?」

ゲオハルトは顔を歪めて、キールを見た。
固めの短い黒髪に精悍な青の瞳のゲオハルトは13諸侯の中では一番立派な体格の持ち主だ。
逆にキールは一番の頭脳派らしく、二人の考えは合い入れない。

「大体俺は貧弱なわけじゃない。アンタみたいに無駄な筋肉がついてないだけだ」
「いいじゃねえか、筋肉バンザイ!こういう男の肉体に女は惹かれるもんだ」
「それだけが強さの象徴じゃない。レインだって俺と同じで無駄な筋肉なんて一切ついてないだろ」

その言葉にゲオハルトはレインに視線を移し、上から下までじっとその体を見つめる。なんだか視線に含みを感じたが、レインは無表情でその場に立っていた。

「確かになぁ……レインには無駄な筋肉はねーよな」
「……」
「でも鬼のように強いよな、お前」
「……」
「ふむ」
「……考えるな筋肉バカ。それにその舐めるような視線やめろ、見てる俺の方が気味が悪い」

キールが的確なツッコミを入れてくれたおかげで、レインはその視線から解放される。
その場で言い合いをしているゲオハルトを見る度に、先程までの考えが間違ってはいないようにレインは思った。ノイディエンスタークの人間、13諸侯の全てがそうというわけではないが、国中から恐れられている自分をこんなに好意的に受け入れてくれる彼等は善人だ。

「でもな、レイン!いくらお前が鬼のように強くても、絶対におひーさんにはかなわねえぞ!」
「……おひーさん?」
「そう!お前が鬼ならありゃ神がかった強さだ、シャレになんねえよ」

親しくなった13諸侯はみな口を揃えて彼女の強さを口にするのだが、レインはまだ彼女と剣を合わせたことが一度もなかった。というか、偏見かもしれないがあの華奢な体つきから考えても、どうも強そうには見えないというのが正直なところではある。

「姫は強い」

レインの心を見透かしたように、キールが小さく呟いた。

「ノイディエンスタークで強いというのは、知力、体力、魔導力、全てに秀でるということだ。そのどれを取っても姫はこの国で一番強い」
「魔導力……」

竜瞳湖で彼女が使ったノイディエンスターク固有の力、それが魔導力だ。ラドリアや他の国では魔法が使われているが、魔導力はその威力が半端ではなく大きい。だからこそ制御するのも大変で、ノイディエンスタークに普通に暮らす人々は、ちょっと火を使ったり、傷を治す程度の魔導しか扱えない。

「オベリスク退治に行くのは明日だろ?いやでも見ることになるさ、おひーさんの強さをな」

ゲオハルトがニッと笑う。軍人にしては明るく気さくな彼をレインは少なからず気に入っていた。イオとも一番馬が合うらしく良く一緒にいるのを見かける。
ノイディエンスタークではラドリアにいた頃のように、異母兄弟からの暗殺の心配などをしなくてもよいので、イオも四六時中レインの側で神経を尖らせる必要がなくなった。穏やかな顔をしているイオを見るのはレインにとっても嬉しいことだ。

「……取りこみ中悪いんだけど」

突然上から声がして、その木の下にいたキール以外の人間が上を見上げると、枝に足をかけてイシュタルが全員を見下ろしていた。長い髪を高い位置でまとめたいつもの格好だ。

「アゼル様が呼んでるわ、明日のことで話があるらしいからすぐに来いって」
「どこにだ?イシュタル」
「フィールの執務室。レインとイオも一緒に来て。アゼル様、なんだか機嫌が悪かったから早めに行くのが正解だと思うけど?」

淡々と語る水の女騎士は、ひらりとスローモーションのようにその木から地面に降り立った。13諸侯の中にはゲオハルトのようなタイプもいれば、キールのように無愛想な者もいる。その受け継いだ魔導力にも関係はあるのだろうが、生まれ持った性格はどうしようもない。

「結局誰が行くんだ?そんでどこから行くんだ?嬢ちゃん」
「その説明のためにアゼル様が呼んでるのよ、サッサと行って」
「へいへい、ごくろーさまです」
「上、着ていきなさいよ、ゲオハルト」

イオとゲオハルトを交互に見て、イシュタルは軽く肩を竦めた。13諸侯の中に、女性はメナスとこのイシュタルの二人だけだ。元々侯爵令嬢のはずなのに、主がああだとこうも羞恥心がなくなるものだろうか?上半身裸の男二人を見ても何の反応も示さないのはどうかとイオは服を着ながら思った。

「姫もいるのか?イシュタル」
「アンタにしちゃ当たり前のこと聞くわね、キール」
「アゼル様の機嫌が悪いってことは、また二人で何か揉めたんだろ?」
「日常茶飯事」
「……ま、確かにな」

フィアルとアゼルはケンカするほど仲がいい、の典型のような関係だと言うことは13諸侯はもちろん、ここに来て日が浅いレイン達にもすぐにわかったことだった。大抵は突拍子もないフィアルの行動にアゼルが怒って説教をして、フィアルが不機嫌になり逃げ出し、アゼルがますます怒るというパターンである。

「なんか前大神官様と前神官長様とは対極をいってるよな、あの二人」
「……前?」
「ああ、レイン達は知らねえよな。前大神官様と前神官長様、つまりおひーさんの父上とアゼルの父上はこれがまたキョーレツに仲が良かったんだ。親友、ってやつだな」

ゲオハルトは少しだけ遠い目をして空を見上げた。内乱の起こる前、まだ人々が穏やかに暮らしていた頃を懐かしく思い出しているのだろう。

「あの内乱の時、家族を連れて逃げるように言った大神官様に、自分はずっと一緒にいると約束したからと言って、神官長様も炎に包まれた大神殿に残ったってのは有名な話さ。それくらい強い友情が二人の間にはあったんだ」

その子供達なのになぁ、とゲオハルトは苦笑いする。この気さくで明るいゲオハルトにさえ、時々影が見え隠れするのにレインは気付いていた。

「……昔話はそのくらいにして、いい加減に行った方が自分のためだと思うが」

キールの言葉に全員が我に帰る。機嫌の悪い時のアゼルはかなり厄介な相手だ。アレを丸め込めるのはメナスのお茶とシルヴィラくらいなものだ。
5人は少し小走りになりながら執務室へ向かった。もちろんその先に、アゼルの不機嫌な顔があるのはお約束であった。