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- - - 第4章 闇魔導2
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「またか……」

執務室に届けられた書類の中に見知った物を見つけて、フィアルはげんなりとした顔を見せた。その手紙は毎月フィアルに届く物で、それを見る度にこの姫君が多少なりとも不機嫌になるのを知っていたアゼルは、執務の手を止めて尋ねる。

「なんですか?それは」
「請求書」
「……請求書?何か買ってるんですか?」
「私が買ったならこんな顔してるわけないでしょ。それに国外からの請求書が、どうして私に届くの」
「……愚問でした、すみません。でもだったら何の請求書です?毎月届いていると思いましたが」
「……」

黙り込んで少し考えている風なフィアルを、アゼルは何も言わずに待った。

「……やっぱりいい加減話つけようかな」
「?」
「よし!そうしよう!」
「は?」

勝手に何かを自己完結させたらしい姫君の言葉に、アゼルは戸惑った。何故かまたやっかいなことを思いついたような気がする。そして彼女に対するアゼルの勘は、悪い予感に限って外れることはない。

「オベリスク討伐隊のメンツ、誰だっけ?」
「メンツ……ですか?この間決めたじゃないですか」
「ヴィー、イシュー、アーク、ゲオ、シード、キール、リーフ、メナス。この8人よね?」
「そうですが?」
「……ん〜……そうだなぁ、メナスを外すわ」

確かにみなを集めてそれを伝えるのは、今日の午後と決まっていた。だから今ならまだ修正はきく。

「メナスを外して、誰を行かせるんです?」
「私が行く」
「……」
「私が行くってば。そうだ、レイン達も連れていこうかな、ってことはシュバルツルートね」
「……冗談……」
「じゃなくて、本気なんだけど。まぁ私が行った方がとっとと片付くと思わない?」

能天気な顔で何か言う度に、確実に部屋の温度が1度ずつ上がっていることに、フィアルは気付いていない。最近怒ってばかりだ、今日は怒らないようにしよう、我慢をしよう。毎朝館を出る時に、この真紅の神官長が自分に言い聞かせていることも、全く知らないのだろう。そしてその朝の誓いは、これまで1度も守られたことがない。

「本気……?」
「うん、本気」
「本当に……?」
「うん、ほんと」

本人に自覚はないのだろうが、その答え方も彼の怒りに油を注いでいた。確かにその受け継いだ魔導の質のせいか、普通より短気な面はあった。しかし昔はどちらかというと静かな怒りで、こんなに表に出す方ではなかったのだ。13諸侯の中で密かに自分がスパルタ神官長、と呼ばれていることも知っている。かなり不本意なその呼び名の原因、は間違いなく目の前のこの少女なのだ。

「……ダメです」
「は?」
「許可できません」
「……何言ってんの?行くって言ったら行くのよ」

―――――ブチ。
アゼルの中で何かが切れた音がした直後、その日最大級の雷が姫君に落ちた。


* * * * *


「遅い」
「たいしたことないだろ?そんなに目くじら立てるなよ、アゼル」
「お前が時間通りに来たのを俺は見たことがないんだが、気のせいか?ゲオハルト」
「……へーへー、すいまっせん」

いい加減なゲオハルトの謝罪に、アゼルの眉間の皺が一段と深くなる。その変化に、周りの誰もがやめてくれ、それ以上刺激しないでくれ、と懇願の眼差しを向けた。実際執務室に入った時には、既にアゼルは不機嫌な雰囲気を隠そうともしていなかった。それはつまり、彼の上司である姫君と一戦やり合った後だということだ。部屋の気温が何だか異様に高い気がするのは、炎の騎士であるアゼルの怒りに火の聖霊が敏感に反応したからだ。
しかし、そのやり合ったはずの本人はのんきに自分の執務机に座り、隣のイシュタルとにこやかに話などをしている。

「……では、始める」

アゼルの凛とした一言で、部屋中が静まりかえった。

「みなを集めたのは、他でもないオベリスク退治のことだ。ノイディエンスタークをカラにするわけにはいかないので、この中の半数に行ってもらうことにし、それを二つに分ける。その上で各国を回ってオベリスクを退治してもらうことになる」
「全員じゃないのかよ?誰が行くんだ?」
「行くのは……」
「わ・た・し♪」

ゲオハルトの問いに答えようとしたアゼルの言葉を、途中で遮ったその声に、アゼルが顔を伏せて肩を震わせた。もちろんその能天気な声が誰なのかは、言うまでもない。

「……俺は今でも反対ですからね!姫!」
「一番強い人間が行って、とっととカタをつける方が効率いいでしょうが。何度も言わせんなっちゅの」
「あなたはこのノイディエンスタークの、仮にも国家元首なんですよ!?自覚あるんですか!」
「……ん〜……ないかも」
「……ッ!」

アゼルが必死でその怒りを押さえこもうとしている姿は、なんとも涙ぐましかった。言葉を失ったアゼルの変わりなのか、フィアルが挑戦的な光を宿したその瞳を全員に巡らせる。

「行くのは私、ヴィー、イシュー、アーク、ゲオ、シード、キール、リーフの8人。それと、レイン、イオにも一緒に来て」
「私達もですか?」
「そう、とりあえず戦力外だけど一回くらい見ておくといいわ、魔導を使って戦うってことを」
「戦力外……」
「先に言っておくけど、オベリスクに剣や魔法は役に立たないの。倒せるのは魔導だけ。そういう意味では二人は戦力外でしょ?」
「……」

確かに魔導力を使えないレイン達では、オベリスクと戦うことはできない。剣が通じないのでは、最初から勝負は見えたようなものだ。

「私の隊にキール、ゲオ、リーフとレイン達二人、残りはヴィーを隊長に、大陸の西側から回ってもらうことになるわ」
「俺達は西からですか?」
「そう、アイザネーゼからラドリア、オデッサ、スクライツまで。私達はシュバルツからルシリア、フューゲル、リトワルトまで。とりあえずそこまで行ったら、一度落ち合いましょ?いい?」
「わかりました」

いつもの任務を聞く時の様に、シルヴィラは姫君の話を忠実に聞いていた。こういうところがこの青年は律儀なのだ。そしてもう一度その内容を聞き返すようなことは決してない。
全てが丸くおさまるかと思えたその時、低い声がそれを制した。

「許してませんよ」
「……まだ言うかなぁ」

アゼルの言葉に困ったように、フィアルは顔を歪めた。

「さっきの請求書のせいでしょう、いきなり行くなんて言い出したのは。アレはなんですか」
「……。……ちょっと不名誉だから、言いたくない」
「不名誉も何も関係ありません、出しなさい」
「いいわよ、はい」

フィアルはアゼルに向かって、フンッと胸をはる。その行動にアゼルの眉が寄せられた。

「……ふざけてないでとっとと出しなさい」
「取れば?胸の間にはさんだから」
「!?」
「ほら、取れば?ねえ、取れば?とっとと取れば?」

アゼルは真っ赤な顔で固まっている。それが照れから来るものなのか、怒りからくるものなのかは判別しにくい。

「鬼だ……」

ゲオハルトが呆れたように呟く。

「……俺なら全然平気で取るけどな」
「お前には騎士道精神ってものが存在しないのか、キール」
「そんなものにこだわって何か得があるのか?」
「……へーへー、お前に聞いたオレが馬鹿だったよ」

会話を聞く限り、やっぱり相容れない対照的な二人だが、仲は悪くはないのかもしれないとレインは思う。

―――――そしてアゼルは結局それを取ることができず、今回もまた姫君の勝利で全ては終わるのは明白だった。

「……なるほど、確かに姫君は最強ですね」

というイオの苦笑いめいた言葉を、その場にいた13諸侯の誰もが否定できなかった。