Clover
- - - 第4章 闇魔導4
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請求書に添えられた言葉はいつも一言。
―――――だからこそ、ムカつく。


* * * * *


「……なぁにが、よろしく、よ。あの馬鹿オヤジ」
「……?」
「おかげでものすっごくメイワク」
「……何のことだ?」
「へ?」

ふと我に返ると、レインが怪訝そうな顔をしていた。先頭を行くフィアルの横にいつの間にか来ていたらしい。
渋るアゼルをなんとか説き伏せて(もちろんめちゃくちゃな論理で)、早朝に討伐隊はノイディエンスタークを発った。シルヴィラ達は隣のアイザネーゼ首長国へ、そしてフィアル達は今、オシュバイム山脈を隔てた北方のシュバルツ王国へ向かっている。

「姫、シュバルツ王城には寄るんですか?」

器用に精獣を駆って、キールはフィアルの、レインとは逆側に並ぶ。さすがに魔の魔導を受け継ぐだけあって、キールの精獣は天馬ではなく、薄い紫の一角獣だ。

「他の国はいかないけど、とりあえずシュバルツの王城には顔を出すつもりよ。あそこにはもう私の顔も売れてるし」
「そうなのですか?」
「……お前等と一緒にするな!」

イオの言葉にその背後から厳しい声音が響いた。

「シュバルツだけだったんだ。内乱の時、飢えているノイディエンスタークの民に、あの険しいオシュバイム山脈を越えてまで、食料を運んでくれたのは」
「リーフ、やめろって」
「それをいいことに攻めこんできたお前達とは違う!」

宥めるゲオハルトを無視して、蜂蜜色の短い髪を風で乱しながら、リーフはレイン達を睨みつけた。
13諸侯の中でも、裂の魔導を受け継ぐステラハイム侯リーフは、特にレイン達には風当たりが強かった。元々激昂しやすい性格なのだが、今日は朝から機嫌が悪いらしい。

「リーフ、いい加減にしてよ」

フィアルは見かねて、同い年の裂の騎士にため息をつきながら声をかける。

「姫は甘すぎる!なんでこんな奴等を連れてきたんだ!」
「そんなにラドリアルートに行きたかったの?」
「……っ!」
「わからないと思ってたなら、私も案外見くびられたもんねえ」

黒馬を駆っていた手綱を放して、フィアルは肩を竦める。その様子に憎々しげにリーフは口唇を噛んだ。

「わかってるならどうしてオレをこっちに連れてきたんだよ」
「……わかってるから連れてきたの」
「ラドリア側にあの内乱の残党が潜んでるなら、オレはそっちに行きたかった。この手でケリをつけたかった!」

ファティリーズと同じでステラハイムは、内乱の折に神官勢力側についた侯家だ。おそらく今回のオベリスク出現にも関わっているはずだった。風隊の調査で、内乱の残党はラドリアを中心に潜んでいることはわかっている。そしてノイディエンスターク国内に残ったステラハイムの血を引く人間は、リーフただ一人しかいない。
―――――内乱後、国外に追放になった者だけではなく、一族のほとんどが死に絶えたからだ。
夜の神殿を含む、ラドリアとアイザネーゼに国境を接する土地がステラハイムの領地だった。神官勢力に組みさず、反乱軍に協力した者もほとんどがラドリアやアイザネーゼと戦って命を散らした。

「神官側についた一族の人間を裁くのは、侯爵であるオレだ!違うか!?」
「違うわね」
「何が違うんだよ!」
「それをしたら、リーフは奴等と同じよ」
「オレが奴等と同じ……だって?どこが同じだって言うんだ!」
「同じよ。自分の欲望のために人を殺すことの、どこが同じじゃないって言うの?大義名分があってもやってることは同じだわ」

フィアルの言葉は静かだった。静かだが、重みがあった。リーフはそれ以上言葉を続けることができない。

「少し頭を冷やしてよ。いきなりあっちに行ったりしたら、殺人マシン化しそうだったから、わざわざこっちに連れてきたんだから。この私の優しさを存分に味わいなさい」
「……どこが優しいんだよ、めちゃめちゃ厳しいくせに」
「何か言った!?」
「言ってねーよ!!」

ヤケになってリーフは叫んでそっぽを向いた。雰囲気が一気に和んだのを感じとって、ゲオハルトがリーフの頭をガシガシと掻き回す。「やめろっ!」と振り払おうとするのを押さえつけてゲオハルトは勝ち誇ったように豪快に笑った。
それを見て、ふっとフィアルは体をまた進行方向へ向ける。

「……生きる為に殺したことも無いガキんちょが、偉そうに吠えるなっての」

おそらく両隣にいたレインとキールにしか聞こえなかっただろう言葉。
レインとキールは顔を見合わせて、その言葉を互いの胸にしまうことにした。

そうしなければいけないような、そんな気がしたのだ。


* * * * *


普通にオシュバイム山脈を越えようとするならば、少なくとも2ヵ月はかかる。精獣を使うことでそれを1日に短縮できるのはありがたいことだった。

(「私が時空魔導で運んであげてもいいわよ、一瞬だし」)

という姫君の言葉を、常識人の神官長は大きな怒鳴り声で一喝した。禁断の魔導をそう堂々と使おうとすることについて、その後小1時間近くフィアルは説教されていたらしい。
オシュバイム山脈を越えると、空気がすっと変わってくる。シュバルツ王国は極北の国で1年中山間部には雪が残るような気候だ。平地も少なく生活は厳しいが、この国の民は平和を愛する民として知られている。

「国王陛下の容態ってどうなんだ?おひーさん」
「……一進一退みたい、でも政務は全部カインがやってるから差し障りはないらしいけど」
「オレはあの王様、好きだなあ。穏やかで優しい国民みんなのとーちゃんって感じで」
「そうね、クロードは前に言ってた。国民はみんな自分の子供だって」

ゲオハルトの言葉にフィアルは小さく微笑んだ。シュバルツの国王であるクロードは、長く病を患ってはいるが、とても穏やかな賢王として知られていた。政務自体は、皇太子であるカイン王子が執り行っていて問題はない。

「王城に連絡なしで行っても大丈夫なんですか?」

少し心配そうにイオが顔を歪める。その様子にゲオハルトが困ったように頭を掻いた。

「シュバルツは平気さ、もうこっちの顔もわれてるしな。……しかしラドリアだと、これってそんなにヤバイことなんか?」
「見つけられた時点で矢を放たれると思いますが」
「……かー!やだなあ殺伐としてて。ラドリア王宮ってどこもかしこもそうなのか?」
「……王宮内で人の死なない日はありませんから」
「お前等、そんなところで生活してんのか!?」

ゲオハルトが驚いたように目を丸くするのを見て、イオは小さく苦笑した。

「レイン様と私は離宮で暮らしていますので、王宮にはめったに近寄りませんし」
「そうなの?」
「……ああ。王宮にいるといつ寝首をかかれるかわからないからな」

レインはぴくりとも動かない鉄面皮のままフィアルの問いかけに答える。フィアルは速度を落として、セラフィスという名の自分の聖獣をレインの天馬の横につけた。

「……レイン、それ精神衛生上ものすごーく悪いことだとか思わない?」
「仕方がない。隙あらば自分が王に、と狙う異母兄弟が数えきれないほどいるからな」
「クロード王と違って、お前のオヤジ、国の女全員愛人なんじゃないのか?」
「……そうかもな」

リーフのきわどい指摘を否定できるほど、父王の素行がよろしくないことを、レインは自覚していた。もう一体何人の愛人がいるのかもわからないが、少なくとも王宮に仕える女官の半数以上は、父か義兄の手付きに間違いない。赤子も自分の兄弟なのか、それとも甥か姪なのかもわからないのだ。

「乱れてるなあ、オイ。大丈夫かよ……あっちのメンツに、嬢ちゃんを入れたのは間違いだったんじゃないか?おひーさん」
「イシューを心配してるの?大丈夫よ、イシューだもん。メナスだったらヤバかったかもしれないけど」
「あのな、おひーさん……」
「それにヴィーがいるし。イシューに何かしようもんなら、ニッコリ笑って瞬殺するでしょ」

その言葉にゲオハルトの顔が、微妙に引きつる。いつも穏やかな風の騎士には、裏の顔があることを実直な彼は痛いほど知っているのだ。

「あのなレイン……教えておいてやるぞ」
「なんだ?」
「13諸侯の中でな、ヤバイのはシルヴィラとアークだ。あの二人だけは怒らせるなよ?」
「……?」
「二人ともすっげー穏やかそうに見えて、根が悪人なんだ。すっげー性格ワルなんだぞ、あの二人は。シルヴィラはこうねちっこい攻撃してくるし、アークに至ってはそれこそニッコリ笑いながら切り殺すタイプだ。怒ってばっかりいるアゼルやリーフなんて、ほんとに可愛い存在なんだぞ?」
「本人目の前にして何言ってんだよ!おめーは!!」

どかっ!と後ろからリーフがゲオハルトの脇に蹴りを入れる。ぎょえ!と大げさに声をあげてゲオハルトは天馬から落ちそうになった。その様子を呆れたように遠巻きにみるキールの横で、姫君は声を殺して笑っている。
そんな寄り道三昧の6人の眼下に、頑強なシュバルツ王城が見えたのは、もう太陽が山陰に隠れ始めた頃だった。天上には、二つの月が白く浮かびあがり始めていた。