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- - - 第4章 闇魔導6
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―――――採光の岬。

大陸の一番北方にあるシュバルツの最北端に位置するその岬の向こうには、どこまでも続く凍った海が続いていた。生物の存在することができない極寒の地である。
その岬を囲うように、海上の氷の上や岬より手前の凍った大地に設置された小さな塚を見て、キールの眉間に皺が寄せられた。そこに残る確かな魔の魔導の気配に、やはりオベリスクを創ったのが実の兄であることを確信する。

(……バカなことを)

兄とは言えシオンとキールは異母兄弟である。キールの母親はシオンを産んで早くに亡くなったファティリーズ侯爵の後添えだった。キールの上にもう一人兄がいるが、この兄は内乱の際父親と共に散った。
シオンは幼い頃から天才的な魔導の才能を発揮していた。父侯爵にも気に入られており、そのせいだろうか、かなり高慢なところが目立つ性格だった。内乱が起こる前からアゼルやゲオハルトとは仲が良くなかったらしい。

(―――――何故、権力を望んだんだ)

大神官なくして成り立たないノイディエンスタークの大地。長い時間の中で神官達は、そのことをまるで迷信であるかのように考えていたのだろう。大神官の祈りは儀礼的なもので、実際は大神官などいなくても良いのだと勝手に思いこんだ。大神官が王を兼ねるノイディエンスタークにあって、神官は侯爵に次ぐ大臣のようなもので、一番権力に近しい存在でもあった。

「……やっぱりシオンね」
「ええ……間違いありません」

シュバルツ王城でカインから渡された毛皮を纏ったフィアルは、キールと同じように目の前の塚からシオンの気配を感じ取っていた。同種の魔導を受け継いでいるわけでもないのに、簡単にそれを感じることができるフィアルは、キールにとっては驚くべき存在なのだが、今はそんなことを考えている場合ではない。

「どうしてシオンがこんな僻地にオベリスクを創ったのかわかる?」
「……採光の岬は……魂の還る地ですから」
「シュバルツの民がそう信じてる場所には、それだけの念が集まる……考えたものよね」

人の想いの力は時に強い力になる。あの兄はそれを知っているはずだった。

「とりあえずこれで確認はできたわ、戻りましょう?」
「……そうですね。あんまり待たせると4人とも凍え死んでいるかもしれませんし」

二人が5つの塚の確認をしている間、レイン達は採光の岬の手前で待たされている。吹雪がひどく、天馬では耐えられないとフィアルが判断し、翼を持たない騎獣に乗っている二人がその役目を請け負ったのだ。

「……ねえ、キール」
「はい?」
「討てるの?シオンを」

急いで4人の元に戻りながらフィアルは不意にキールに話しかけた。いくらキールの魔導力が強くても、彼女が召喚する聖獣に勝る精獣を呼び出すことはできない。決定的な差があるのだ。だからいつもキールはこうしてフィアルの背中を追いかけている。

「情けないことを言ってもいいですか」
「……」
「わからないんです、自分でも。きっとその時になってみなければ、俺は答えを出せないと思います」
「……それで、いいと思うな。即答で討てますなんていう人間を信用することなんて、私はできないから」

フィアルは振り返らないのでどんな表情でそれを言っているのか、キールにはわからなかった。もしこの質問をされたのが、あの直情的なリーフだったならきっと自分とは違う答えを出したのだろう。

「キールは、それでいいわ」

―――――フィアルの言葉は、降る雪のように優しかった。


* * * * *


「おっせえなぁ」
「じたばたすんなよ、リーフ」
「ちゅーか、いちいち確認なんてしないで、とっととやっちまえばいいじゃんか」
「おひーさんにもいろいろ考えがあんだろ。だからキールを連れていったんだ」
「はあ?」
「……いいな、お前。平和な頭の構造してて……」
「おめーに言われたくねえ!!」

漫才のような二人を尻目に、レインはフィアルとキールが飛んでいった空を見上げていた。どこまでも暗い空から降り積もる白い雪は、ラドリアでは決して見ることのなかったものだ。あの国は温暖で冬に雪が降ることなどめったにない。

(―――――雪を、レイン様には見せたくなかった)

数年前、ラドリアでは珍しく降った春先の雪が、いまだレインの心を凍らせたままだとイオは知っていた。昨夜遅くから降り始めた雪を見つめるレインは、いつもより更に言葉が少なくなって、どこか哀しげな瞳をしている。白い雪の中に立つその黒衣の凛とした姿は、イオにとってはたまらないものだった。
ノイディエンスタークに来てから、レインはラドリアにいた時よりもどこか楽し気に見えた。表情にそれが如実に現れていたわけではないが、子供の頃からずっと側にいるイオにはそれがわかっていた。ノイディエンスタークにいることは、レインにとってはいいことだとイオはそう思った。
けれど、心の深い部分までは変わらない。それにはやはり、長い長い時間が必要なのだ。

「レイン様、冷えますよ」

雪原に立ったままのレインの外套が白く染まり始めているのを見て、イオは主を呼んだ。その声にもレインは動こうとはしない。空から舞い落ちる雪を、ただただ見上げたままだ。

「おいレイン、こっちに入れ。身体壊したりしたら、ここからノイディエンスタークに強制送還されるぞ」
「……?」
「おひーさんはやるぞ、足手まといはバッサリ切り捨てるからな」
「……」
「そういうところシビアなんだぞ、あのおひーさんは。だから敵に回したくないタイプなんだ」

ゲオハルトの大きな声とその内容にレインは少し考えるそぶりを見せて、おとなしく3人のいる岩肌のくぼみへ戻った。その視線はまだ雪に向けられたままだったが、とりあえず服についた雪を軽く払う。

「オベリスク退治か……オレ、初めてだ」

どこかワクワクしたような顔で言うリーフにゲオハルトは呆れた顔をした。手を伸ばして軽くリーフの額にゲンコツをくれてやる。

「あのな、普通は初めてなんだよ。魔導生物なんて普通作られるもんじゃねえだろ?」
「内乱の時に戦った魔物とは根本的に違うんだってキールは言ってたな……どう違うんだ?」
「……そんなの頭脳専門のキールか、おひーさんに聞け。オレに聞くな」
「……もしかして実際のところ、どう戦うか姫君からは聞いてないんですか?」

イオの鋭い質問にゲオハルトとリーフの二人は動きを止めた。

「……まぁな」
「……大丈夫なんですか?お二人とも」
「……魔導に弱いってことは知ってるけどな、常識として。ただオレやリーフみたいに宿系の魔導がどこまで通じるかがイマイチ把握できねえんだよな……」
「宿系?」

首を傾げるイオに、ああ、とゲオハルトは手を叩いた。

「そっか、説明してなかったな」
「はあ」
「アゼル達みたいに元素系の魔導と、オレ達の魔導は質が違うんだ。オレは剛、リーフは裂。こういった種類の魔導はそれ単体で使うんじゃなくて、使う武器に宿して使うわけだ。まぁ単体でも使えないこともねえし、その力で武器を作ることも可能なんだけどよ」
「武器に宿す……」
「魔導を宿した武器の威力は半端じゃねえぞ。オレの剛剣なんかだと、大地を割ったり山を真っ二つなんてこともやろうと思えばできるわけだ。逆に元素系はまぁ魔法と似たような使い方をするんだけどな」

ただ自分以外の人間の使う武器にそれは宿せないのだとゲオハルトは続けた。大きすぎる力は制御を失い、暴走して飲まれてあの世行きだと首を切るジェスチャーをしてみせる。その時強い風が吹いて、ゲオハルトはその大きな体躯を竦ませた。

「……しかしそれで戦うって言ってもこの寒さじゃな……身体が思うように動くまでに時間がかかりそうだ」
「……だったら少しは身体を動かすとかしておいたらどう?」
「そう言うなよ、オレは昔っから寒さにはよわ……」
「……へえ」

そこまで言ってゲオハルトは、その声が前方にいる3人から発せられたものではないことに気付いた。身体をさすっていた腕がぴたりと止まる。

「でかい図体なのに寒さに弱かったのね」
「ほんとですね、やっぱり無駄な筋肉でしたね」

機械のような動きでギギィと後ろを降りかえると、外套が真っ白に染まったフィアルとキールが和やかにゲオハルトを貶める会話をしていた。

「……な、なんだよ、戻ったらすぐに声をかけてくれたらいいだろ?」
「ねえキール、ここあったかいと思わない?」
「そうですね、この極寒の中、極海の上にまで調査に行ってた俺達からすると、とてつもなく暖かいですね」
「……えーと」
「この真っ白けになった私達を見ても、何も感じないのかしら、この筋肉バカは」
「上空に上がれば上がるほど気温下がりますしね」
「……だから」
「筋肉って熱を発するからあったかいはずよねえ?キール」
「全くもってその通りですね」
「あー!!もう!悪かった!オレが悪かったよ!二人してそういうねちっこい責め方すんな!」

ゲオハルトの叫びに、フィアルとキールは顔を見合わせて、小さくため息をついた。そのまま一応炎の魔導で保持してある火の側に寄ると、軽く体中に付いた雪を払う。纏わりついた雪は既に凍りかけているものもあり、二人がどれだけ吹雪の中に長時間いたのかを如実に表していた。
パンパンと体を叩くフィアルの背中をレインも腕を伸ばして叩いてやる。ふと視線が合うと、フィアルは小さく微笑んだ。

「さて、ゲオがここでぬくぬくしてた間に調べたんだけど」
「……おひーさん……しつこいぞ」
「この先の魔物は間違いなくオベリスク、しかもシオン自らのお手製だと判明したわ」

そのままフィアルはキールを振り返る。キールは小さく頷くと拭いていた眼鏡をかけ直した。

「魔の魔導によって創られたオベリスクを倒すには、まずその身体に宿った魔導力を削ぐ必要がある。つまり俺達の魔導力で攻撃をしかけ、徐々にその力を奪うわけだ。オベリスクの魔導力が約1/3まで落ちたらそこでトドメをさす」
「トドメってどうやるんだ?」
「強力な魔導を叩きつけるんだ。俺達が継承している最強魔導に匹敵する力が必要だ」
「……ッ!最強魔導かよ……使ったらしばらく動けないじゃんか」
「その点は心配いらないわ」

息を飲んだリーフにフィアルがニッと笑ってみせた。いきなり火に近づいたせいで赤く火照った頬に、いつもの不敵な笑みが浮かんでいるのを見て全員がその意図を理解する。

「何のために私が来たと思ってんの?もう綺麗サッパリ、強力魔導をぶちこんでやるから安心していいって」

やっぱりな、と明後日の方向を見るリーフと、わかっていたように驚きもしないキール、そしてアゼルへの言い訳を考えて頭を抱えるゲオハルトと所在なさげなイオにまだ雪を見つめているレイン。その5人全員に向かって、姫君は大げさにブイサインをしてみせた。