対の遺伝子
- - - 26. 桃と彼女と彼
[ 25. 一番近しい遺伝子 | 対の遺伝子Top ]

「桃!」
「そりゃ、桃狩りに来たんだから、桃がなくちゃ困るだろ?」
「すごーい!いっぱいなってる!」

……聞いてない。
いつものことながら、こういう時の笑には、俺の声は半分も聞こえちゃいないんだ。

都内から車を走らせること数時間、富士山と果物で有名な県に到着した俺達は、さっそく目当ての桃狩りへと向かった。桃園は何もしなくてもどこか、甘い香りに満ちていた。

「高いところにある桃の方が甘そうだよな?」
「そだね」

って……待て待て待て待て待て!

「笑!いきなり素手で登ろうとするな!」
「え?」
「みんな梯子や脚立を使ってるだろ!?」
「面倒だし、いいよ私は」
「ダメだ!」

お前はよくても園の管理人の目がダメだと言っている!
それに落ちたりしたら危ないだろうが!

「落ちるわけないじゃない。私の木登りの才能を彬が知らないわけないでしょ?」

確かに。
笑は昔から高いところが大好きで、そこらじゅうのありとあらゆるものに登っていた。
物置の屋根、家の屋根、電柱に、校庭にあったトーテムポール、更には体育館の天井にまで登った。
あの時は担任に散々怒られたんだったな……苦い思い出だ。

「笑、管理人の人がダメだって言っているからダメだ」
「えー」
「高い所の桃が取りたいなら、俺が取ってやるから」

親切心で言った俺の言葉に、笑の機嫌が直滑降していく。

「彬が取るんじゃ、桃狩りに来た意味がないでしょ!」
「……あ」
「自分で取る!」

まぁ笑の言うことも最もだ。
頬を膨らませて、仁王立ちをしている笑を見つめて、俺はふとあることを思いついた。

「わかった。じゃあ取れるようにしてやる」
「へ?」

笑は決して背が低い方ではない。標準だ。
それでも標準よりかなり高い身長の俺からすれば、小さくも見えて。

「ええっ!?」

俺は笑の脇に手を入れると、小さい子を抱き上げるように高く持ち上げてやった。
突然の出来事に、笑はわたわたと慌てている。

「取れるだろ?」
「取れるけど、この体制イヤ!」

脇の下に手があるという状態が落ち着かない様子の笑に少し笑って、俺は頭を下げると、笑を肩に担ぐ格好になった。いわゆる肩車、の体制だ。

「これならいいだろ?」
「……いいけど」
「なんだよ」
「最初から肩車してやるって言えばいいのに……」

ブツブツと文句を言っていたが、目の前にたわわに生っている桃を見て、笑は笑顔になった。
昔から笑は果物が大好きだ。俺も桃は果物の中でもかなり好きな方だから、二人の利害は一致していた。

「彬、おっきいのがいっぱいあるよ」
「赤いの、あるか?」
「ある!」

笑は手を伸ばし、桃を優しく掴んで、一定方向へひねる。すると桃は簡単に木から笑の手の中へと移動した。

「おいしそう」
「帰ったら、氷水で冷やして食べようか」
「うん」

決まった数の桃を、俺の肩車でもいだ笑を肩から下ろす。
箱いっぱいになった大きな桃を見る笑は満足そうに笑っていて、俺も自然に笑顔になった。

―――――しかしその日、笑の家族にお土産の桃を手渡す俺に、有がひどく不機嫌な顔を向けた理由は結局わからなかった。