- - - 番外編2 渡辺くんとキャンパスライフ1[ | ] |
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渡辺くんと言ってもそれは、『渡辺政宗』一人のことじゃない。
ヤツとは違う、やっぱり俺様はパーフェクトだ。
「渡辺くん、おはよう」
「渡辺くん、ここ、わからないんだけどぉ」
「渡辺!これから合コンなんだけど、行かねえ?」
当たり前のことではあるが、大学に入っても俺様の人気は衰えることはない。
外部受験でこの日本で一番難しいと言われる国立大学に入ったものの、本当に日本一頭のいい学生ばっかりなのか?と疑いたくなるほど低レベルな誘いばっかりだ。
「渡辺くん、ランチ一緒に食べましょうよ」
そう言って、馴れ馴れしく腕を絡めてくる、真っ赤な口紅がけばけばしいこの女にも、俺様は笑顔を忘れない。
「ごめん、先約があるんだ」
「ええ〜!誰ぇ?」
「高校の時からの友達なんだ、ごめん」
いい加減離しやがれ、俺様の服にその毒々しい香水臭さが染み付くだろうが。
なかなか離れようとしない女に、さてどうしたものかと思っていると、俺様を背後から呼ぶヤツがいた。
「皓」
「……!イチヤ!」
無愛想なメガネ面で立っている長身のその男は、俺様のまぁ数少ない本性を知る一人だったりする。
「悪いね、また!」
俺様はやんわりとその女の腕を振り解くと、一也へと走り寄り、食堂へと向かった。
「悪ぃな、助かった」
「お前、いい加減その八方美人なところ何とかなんないのか」
「なんねえな、俺様はパーフェクトでなくちゃいけないからな」
「……性格悪ぃ」
「何とでも言え」
一也はどちらかというと、あの政宗によく似ている。
無愛想だし、無口だし、でかい。
まぁ顔は政宗の方が整っている気がするが、どっちにしても雛の好みにものすごく近い気がしたので、俺様は今まで一也を雛に逢わせまいと努力してきた。
いいヤツではある。気を使わなくて良いから一緒にいて楽だし。
「もう妹とも同じ学校じゃないんだし、そんなに完璧である必要もないだろ?」
「俺様はいつどんな時も、雛のパーフェクト兄貴じゃなきゃいけねえの」
「もう彼氏もできたんだろ?お前はお役御免だろ?」
「彼氏言うな!」
可愛い、可愛い、可愛い、俺様の雛。
どうしてあんなに可愛いんだ。
この間、政宗が雛が自販機を壊したとか言ってたが、それもまた可愛い。雛を泣かせる自販機なんて壊れてしまえ!
「……このヘンタイ」
「俺様はヘンタイじゃねえよ」
「いや、充分ヘンタイだ。自覚ないのが問題だ」
「イチヤく〜ん?10歳も年上の女と付き合ってるお前にだけは言われたくないぞ」
「年上と、実の妹だったら、確実にお前の方が異常だ」
すました顔をしているが、俺様達の中学の時の保険医とコイツは未だに付き合っている。中学生で女と二人、保健室で何をやってたんだ、何を。
表面上はにこやかに話しながら、かなり物騒な会話を交わすのもいつものことで、そのまま俺様達は食堂に脚を踏み入れた。
パーフェクトな俺様は、ここでかけそばなんて頼んではいけない。最低でもC定食以上のものを食すのがポリシーだ。
「本当はカレーうどんが好物のくせに」
「ほっとけ」
そう、実は俺様はひよりさんの作るカレーうどんが大好きだ。
何を隠そう、卵ぶっかけ飯とか、納豆なんかも大好物だったりする。庶民的和食党と一也は言う。
だけどそれは微妙にイメージってものを損なうだろ?なぁ?
我ながら涙ぐましい努力だと思う。
でも全ては雛、可愛い雛のためだ。
見ててくれ、雛。お兄ちゃんは絶対に、お前の最高の兄貴でい続けるからな。
時々一也の山菜そばを突っつきつつ、俺様は食事を続けた。
山菜そば、うまいな……俺様は根っからの麺好きだからな。
この間見つけた校舎裏のラーメン屋にも本当は行ってみたいんだけどなぁ。ああいう通っぽい店に、俺様はとんでもなく惹かれるんだよ。
(「皓兄って、嗜好はちょっと低レベルな庶民だよな」)
命知らずにもしんしんがそう言ってたっけな。
別にいいだろ、庶民でも、ほっとけよ。
そう思ってにっこり笑ってやると、おどおどしながら後ずさっていた。全く……昔から小心者すぎるぞ、しんしん。
「皓、お前午後って何限までだ?」
「4限まで入ってるけど?」
一般教養をやってる間は、どうしても拘束されるのは仕方がない。
本当は早めに終わった日は、雛のところに行きたいんだが……行ったら行ったで政宗のヤツ、最近露骨に嫌な顔をするようになってきた。
俺様の監視が行き届かないところで、雛に手出しなんてしてみろ、闇討ちにしてやる。
「お前さ、妹のところにばっかり行ってないで、彼女の一人や二人作ったらどうだ?」
「彼女、ねえ……雛以上に可愛くて賢かったら考えるけどな」
「……可愛いはともかく、賢いってのを選択肢に入れるなよ」
お前の妹以上に頭のいい娘なんて、そうそういるわけないだろ、と一也はガックリ肩を落とした。
日本で一番難しいはずのこの大学でさえ、雛が受験したら主席間違い無しだろう。そういう意味で雛はとんでもなく賢い。
だが、あの日常生活上のおバカさ加減がまたいいんだ、これが。
何て言うか、胸がキュンキュンするんだってばよ!
力説する俺様を、一也はちょっと冷めた瞳で見つめていた。
「お前……ほんとにヤバい方向に行ってるぞ」
「どこがだ?」
「ま、いいけどさ」
半分諦めたように肩を落とした一也に、俺様は首を傾げることしかできなかった。
* * * * *
大学に入ってもしばらくは未成年にも関わらず、実際は大学に入ってしまえば酒は解禁だ。
それは俺様の大学でも例外ではない。やたらと飲み会の誘いが多くなったのもまた事実だ。
しかし、ちゃらちゃらしたサークルに全く興味のなかった俺様は、体育会系のバスケ部に入ったこともあり、普通よりは真面目な大学生活を送っていた。元々合コンなるものに積極的に参加する方でもない。
だが今日に限っては、一也と一緒に俺様はその飲み会に参加している。
クラスの親睦会、と言われると、参加しないわけにもいかなかったからだ。
「渡辺が来ると、女子の出席率がいいんだよなぁ」
「そんなことないだろ」
「いや!ある!なのにお前、オレ達が誘う合コンにも全然参加しねえしさぁ」
今日の幹事を務めているクラスメイトの小川が苦笑しながら肩を抱いてきた。
馴れ馴れしいヤツ……と内心は思っていても、顔は笑ってしまう。
そんな俺様を全て見透かしているのか、一也が小さく忍び笑いを漏らしていた。
「合コンとかには、あんまり興味がないんだ」
「渡辺って、彼女いるんか?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
彼女……ああ!いるさ!可愛い可愛い妹が一人!
興味がないのは、合コンに来るような女の中に、雛以上に可愛い女なんているはずがないとわかっているからだ!
心の底ではそう叫んでいるが、俺様は世渡り上手なので、曖昧に言葉を濁す。
「じゃあ渡辺くんって、どんな女の子がタイプなの?」
興味津々といった風に、俺様達の前に座っていたクラスメイトの女子達が騒ぎ始める。
奥側に座って大正解だ。隣は一也なので、少なくとも身体を密着されることはない。
「タイプ……か」
そりゃ全国トップの成績を誇りつつ、一般常識がなくて、いつも眠そうで、でも言うことはわりと辛口だったりもして、でも時々見せるあのほわほわっとした笑顔に俺様のハートはズッキュンドッキュンで。
―――――なんて、言ってもな。
「好きになった人が、タイプなんじゃないのかな」
仕方ないので、また俺様は優等生な答えを返してみる。
ええ〜!と彼女達は不満気だが、安心してくれ、俺様のタイプは少なくともお前らではない。身の程を知れ、身の程を!
俺様の心が通じたのか、一也は複雑な顔をしていた。
お前はいいだろうが、適当に話をかわすのも、流すのも結構疲れるんだぞ?
大体、お前が話さないから俺様にもっととばっちりが来るんだろうが!
しばらく彼女達の話に付き合った後、俺様はトイレと称して席を立った。
いい加減げんなりしてきた……絶対に一次会で帰ろう。
家にはそう、可愛い可愛い雛が待っているんだ。お土産に帰りに駅前のジェラートを買って帰ろう。きっと嬉しそうにほわほわと笑ってくれるだろうし。
そう決心してスタスタとトイレへ向かった俺様は、少し浮かれていたのか、足元にいたその物体に気付かなかった。
「―――――いたっ!!」
その声にぎょっとして下を見ると、ちまっこい女が顔を覆っていた。いや、女……というか、女の子、かもしれない。
ただ視界に入らなかっただけで不可抗力だったのだが……どうやら思いっきりぶつかってしまったようだ。
(んだよ……こんなガキんちょを誰が飲み会になんて連れてきたんだ?)
そう思ったものの、ぶつかったのは事実なので、とりあえず俺様はその女に声をかけた。
「すみません、大丈夫ですか?」
できうる限り優しく言ったつもりの俺様の言葉に、女は鼻を手で覆ったまま顔を上げる。
―――――でっかい目。
可愛いとか、ぶつかったからなのか鼻が真っ赤だ、とかそういうことより何より、その大きな瞳に俺様はちょっと驚いた。
雛も大きな目をしているが、印象がだいぶ違う。
「鼻、うったんですか?」
「え?ああ、大丈夫です。あたしもよそ見してたし」
赤い鼻を押さえながら、女の子はブンブンと首を振った。
その仕草はとても子供っぽくて、昔の雛を見ているような気になってしまい、俺様は思わずその子の頭を撫でてやった。
「君、どうしたんだ?」
「……へ?」
「ダメだよ?ここはお酒を飲むところで、中学生の来るところじゃないんだよ」
昔は雛もこんなだったなぁ。
この子より髪は長かったけど、こうして二つに結んでたりして……可愛かった。
そんなことを思い出して、少し感慨にふけっていた俺様は、目の前の彼女の変化に気付かなかった。
俯いて、ふるふると震えているその姿ではなく、俺様の視界には在りし日の雛の姿しか映っていなかったのかもしれない。
「誰が中学生だー!!」
「!?」
いきなり叫ばれて、俺様は一瞬反応が遅れた。
そのせいで、いつもの俺様なら余裕でかわせたはずのその平手は、見事に俺様の左頬にクリーンヒットした。
バッチーーーーーン!という大音量が店内に響き渡る。
「あたしは!21よ!」
高らかな彼女のその宣言を―――――俺様はジンジンと痛む頬を押さえながら呆然とした顔で聞いていた。
それを一部始終目撃した一也曰く。
その顔はヤツが今まで見た俺様の顔の中で、一番面白かったらしい。
そしてこれこそが、俺様の完璧なキャンパスライフをぶち壊す、ちまっこい障害物との出逢いだった。
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