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- - - 番外編2 渡辺くんとキャンパスライフ2
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「皓ちゃん、ほっぺどうしたの?」
「ちょっと転んでぶつけただけだ」

くりくりとした瞳で俺様を見上げてくる雛に、本当のことはどうしても言えなかった。
―――――居酒屋で。
見知らぬちまっこい中学生みたいな、でも実は年上だった女にビンタされたなんて、そんな格好悪いことは死んでも言えない。
それをサラッと言えるほど、俺様のプライドは低くないんだ。

「腫れてるよ?」
「大丈夫だ、冷やすから」

俺様はいつものように雛の頭を優しく撫でてやる。
すると雛は安心したように、微笑んだ。

―――――可愛い。

こんなに、こんなに、こんなに可愛い雛にまで心配をかけさせやがって、あの女。
大体よく見てみれば、雛の方が全然背が高いぞ?っていうか雛の身長は元々標準なんだ。ただ俺様や政宗がでかいから、ちっこく感じるだけで。
しかしあの女は明らかにどう見ても標準以下だろう!?
しかもまったく化粧もしてなかったし、髪型は二つ結びだ。中学生に間違えた俺様が全面的に悪いのか!?ああ!?

「皓ちゃん?」
「ん?」
「ううん、なんか今……邪悪な顔、してたから」

別にいいけど、と雛はクールに言い捨てて、リビングへ向かってしまった。
さすがは雛、俺様の妹だ、良くぞ気付いた。
そう―――――俺様は決心していたのだ。

「あの女……絶対にぎゃふんと言わせてやる」

俺様の顔を腫らしたことを後悔させてやるぞ、首を洗って待ってろ!!
しんしんや政宗に言わせると、俺様はとてつもなくねちっこい性格なのだそうだが、悲しいことに俺様自身にはその自覚は皆無である。
ふはははは!と不敵に笑う俺様を綺麗に無視して、リビングでは雛と両親がお茶を楽しんでいた。
しかし、それにさえ気付かないほどに俺様は、あのチビ女への復讐に燃えていたのだった。


* * * * *


「―――――浦川杏子」
「は?」
「写真部所属の4年生、21歳。うちの高等部出身だ」
「ああ!?あの女が高校でも先輩だったってのか!?」
「皓……聞こえるぞ」

はっ!
いかんいかん……ここは教室内だった。つい、素に戻ってしまった。
目の前の一也の口元が歪む。いつも完璧を演じている俺様がこんな状態にあるのが面白いのだろう。

「まぁ4年ってことは、俺達が高校1年の時は既に大学に入ってたわけだから、接点はなかったに決まってるけどな」
「信じられねえ……あんなちびっこい女が俺様より3つも年上だなんて」
「ちびっこいは関係ないだろ」
「何言ってんだ、あれでどこをどうしたら21なんだよ、信じらんねえ」

口を尖らせる俺様に、一也はついにククク……と忍び笑いを漏らした。
―――――なんとなく、むかつく。

「大体、何でそんな情報をお前が知ってんだよ」
「そりゃ、面白そうだからだろ?」
「一也、お前さぁ」
「完全無欠の優等生を演じてきたお前が味わう最初の障害だろ?」

何て友達がいのないヤツだ。
大体演じてきたんじゃなくて、元々が優等生なんだよ俺様は。ただあまりにも頭脳的に高い目標が近くにいたもんだから、そうなっただけのことだ。

「あの女のせいで、俺様の可愛い可愛い雛にまで心配をかけたんだぞ?許さん!」
「お前の怒りの方向は微妙に間違ってるんだよな」
「何がだよ」
「いや、何でもない」

大体お前だって妹がいるんだから、俺様の気持ちがわかったっていいもんじゃないか?
不機嫌にそう言うと、一也は呆れた顔で腕を組んだ。

「俺はお前みたいにシスコンじゃない」
「俺様だってシスコンじゃねえよ」
「どこがだよ」
「俺様はシスコンじゃなくて、ただただ雛を愛してるだけだ」
「それをシスコンって言うんだろ?」
「ちがうっ!」
「……」

何だその付き合ってられないみたいな顔は。
俺様はただただこんなに雛を愛してるだけなのに。
でも自分で言ってると、どうしようもなく政宗のことが憎たらしくなってくるんだよな。

「で?」
「何だよ」
「どうするんだ?お前。この浦川杏子さんに何かするつもりか?」
「当たり前だろ?」

この俺様にあんなに激しくビンタをした人間を、許すと思うのか?そんなに俺様は聖人君子に見えるのか?
そう言うと、一也はどっと疲れた顔になった。
そうだろ、お前は知ってるだろ?昔から俺様が雛に近付く男達にどれだけの制裁を与えてきたか。政宗に対する嫌がらせなんて、それに比べたらそれはそれは可愛いものだったこともな。

「お気の毒に……」
「何だよそれは、可哀相なのは俺様だろ?」
「それはお前が失言を」
「じゃあお前、あの女が21に見えんのか?」
「……」

ただでさえ年上と付き合っている一也だ。絶対見えないに決まっている。

―――――杏子。
うらかわ、きょうこ。

ふん、あんな女は「きょうこ」じゃなくて「アンコ」で充分だ。
そうだ、これからあの女は俺様の中では「アンコ」だ、そうしよう。
待っていろ、アンコ。
お前なんぞ、薄皮で包んで一口で飲み込んでやる!
この頬に残る手形の恨みは深いぞ、思い知れ!

「……ほんと、お気の毒に」

一也のため息にも気付かず、俺様はアンコ退治プランを、ひたすらに練り始めていた。
そして、その日の授業は全くと言ってもいい程、頭に入らなかったのだった。


* * * * *


「あ!」
「……?」

授業中ずっと『アンコ食ってやる大作戦(仮)』を考えていた俺様は、ヒョイヒョイとゴールに向かってボールを投げている間もそれを止められなかった。
それでも一本も外さずにシュートが決まっているのが、俺様の凄いところだ。
しかしぼーっとしていたからか、かなり直近で聞こえたその声にも、ぼんやりとしか反応を返すことができなかった。

「昨日の生意気な子だ!」
「……」

なんてことだ、探す手間が省けてしまったぞ。
目線を下げた先に、身体に不釣合いな大きなカメラを持ったアンコがいるではないか。

「杏子、渡辺を知ってるのか?」

このバスケ部のキャプテンでもある4年の大川さんが、ちまいアンコに話しかける。

「知ってるも何も、昨日この子、あたしのこと中学生とか言ったんだよ!?大川、何とか言ってよ!」
「そう、なのか?渡辺」
「ええ……まぁ」
「仕方ないけどな」

大川さんの答えが大いに不満だったのだろう、アンコはブブゥと頬を膨らませた。
ダメだ。
どう見ても、どんなに贔屓目で見ても、やっぱり中学生以上に見えない。

「何が仕方ないのよ、大川!この子、こともあろうに居酒屋であたしに、「中学生はこんなところに来ちゃダメだ」とか言ったんだからね!ビンタ一発で済んだこと、感謝して欲しいくらいよ!」
「……クッ」
「何笑ってんの!」
「アハ!アハハハハ!よかったじゃないか、小学生じゃなくて……ッ」
「ほめてないよ!」

そのまま腹を抱えてしまった大川さんと、アンコはどうやら仲がいいらしい。
いやしかし、この二人付き合ってたら怖いな。2メートル越えの大男の大川さんとアンコじゃ、身長差一体何センチだよ。

「ま、まぁ渡辺。一応コイツ先輩だからさ、敬ってやってくれよ」
「はぁ」
「気のない返事ね」
「って言うか、俺、貴方が誰か知らないんで」

いや、本当は一也のおかげで知っているけど。
影でこっそりアンコとか呼び捨ててるけどな。
そう言えば一也が、アンコは写真部だって言っていたっけ。あのカメラの理由はそれか。

「あたしだって、アンタが誰かなんて知らないわよ」
「1年の、渡辺です」
「杏子、渡辺は今年の主席だぞ?」
「主席って……そう言えば今年の1年にはすごい子がいるって聞いたけど。主席で、顔も抜群で、スポーツも万能って」
「渡辺のことだよな?」
「へえ……でも常識には欠けてるみたいね」

……アンコ。
お前、今の一言で完全に俺様を敵に回したぞ。
薄皮饅頭くらいで勘弁してやろうとか、仏心を出した俺様が愚かだったよ。
お前なんぞたい焼きにしてくれる!鉄板で熱して灼熱地獄を味わらせた後に、頭から食ってやる!

そんなに物騒な俺様の考えを知るはずもなく、アンコはフン、と俺様を鼻でせせら笑った。
後にも先にも、俺様の今までの人生の中で、鼻で笑われたのはこの時が初めてだった。
プチン、と頭の中で何かが切れた音がしたのは気のせいじゃない。

「ま、一年坊主だもん、許してやるわよ」
「……どうも」

外見小学生のくせに、偉そうに笑ってんじゃねえよ!
アンコ〜!!てめ、マジでぶちのめすぞ、オラッ!

一見するとフェミニストで通っている俺様だが、基本的に雛以外の女には興味など微塵もない。
だから本当はどっちかというと女嫌いの気があると、一也には指摘された。

そんな俺様の心の中を、野生の勘で感じ取ったのだろうか。
アンコが胡散臭そうな目で俺様を見る。





そう―――――この時、瞬間的に感じ取るものがお互いにあったのだ。





「これからよろしくお願いしますね、浦川先輩」
「すっごい、よろしくしたくない」

にっこり笑う俺様と、心底嫌そうな顔のアンコと。
そんな二人を大川さんがおろおろしながら見つめていたことに気付きもしないほど、俺様の頭の中は『アンコ食ってやる大作戦パート2(仮)』のためにフル回転中だった。