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- - - 番外編2 渡辺くんとキャンパスライフ3
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「何よこれ」
「知らないんですか?頭につける装飾品ですよ」
「そんなの知ってるわよ!何でアンタがあたしにこれをくれるのかってことよ!」
「似合うかと思って」
「似合うわけないでしょ!小学生じゃないんだから、ボンボンなんてつけるわけないじゃんか!」

フフ……怒れ、わめけ、騒げ。
小学生の頃に、雛にプレゼントしようとした物が役立つ日が来ようとは、夢にも思わなかったぜ。
雛の髪はサラサラのストレートだったから、結ぶのが急にもったいなくなって、俺様の引き出しの中に眠っていたボンボン。
ああ、とっておいてよかった。

「渡辺!嫌がらせでしょ!」
「とんでもない。純粋な尊敬の念を形にしただけですよ」
「嘘つけー!!」

怒ってる怒ってる……楽しいぞ。
ぎゃあぎゃあとわめいているアンコに、爽やかに微笑んで、俺様は一也と一緒に歩き出した。
角を曲がり、アンコの姿が見えなくなると、俺様は近くの壁を叩いて、堪えていた笑いを解放する。

「ハァッハハハハハ……ああ、苦しい」
「皓、お前さぁ」
「見たか!?一也も見ただろ!?あの顔!膨れた赤い饅頭みたいなあの不細工な顔を!」
「いや、やることがあいかわらず、ねちっこいっていうか……」

げんなりした顔の一也を気にもせず、俺様は笑い続けた。
雛もいないし、退屈だと思っていた日常は、案外楽しいものになりつつある。

「次は何にするかなぁ」
「ほどほどにしとけよ、皓」
「ほどほど?そんな言葉が俺様の中にあるとでも思ってるのか?」
「ハイハイ」

多少同情はしているようだが、基本的に一也もドライな性格なので、敢えてアンコを助けようとはしない。
一度アンコに突っかかられた時も「俺には関係ありませんから」と冷たくあしらっていた。さすがは俺様の友達だ。

そんなかなり自己中心的な性格の俺様達なのだが、二人とも世渡りはうまい。
なのでキャンパス内では相変わらずのエセ爽やかな学生生活を満喫しているように見られている。
ま、当然だけどな。


* * * * *


緩やかな放物線を描いて、ボールがゴールにストン、と入るその瞬間が好きだった。
バスケットは体力以上に頭が必要なスポーツだと俺様は思っている。
マークに来た相手にフェイクを決めて、シュートを打つ瞬間は、心を高揚させた。

「渡辺は、キレイだよな」
「え?」
「いや、フォームがさ。スリーポイントの時とか、一瞬空中に止まってるみたいに見えるんだよ」

大川さんがそう言って笑うので、俺様も自然と笑顔になった。
しばらく付き合ってみてわかったことだが、この人はかなりの天然で、思ったことを恥ずかしげもなくストレートに言う。それが何だかおかしくて、俺様はこの人の前では、あまり猫をかぶることをしなかった。

軽くドリブルをして、彼と交替する。
もうほとんどの部員は帰ってしまい、体育館には俺様と彼しかいなかった。

シュッっと風を切るような音を立てて、大川さんがシュートをし始める。
スポーツドリンクを飲みながら座り込んで、それをぼんやりと見ていた俺様は、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「大川さんって、浦川先輩と付き合ってるんですか?」
「はぁ!?」

ガタン!ガタタタ!
手元が狂ったのか、シュートが隅の方にまとめて置いてあった卓球台に激突する。
慌ててボールを拾いに行った彼が戻ってくるのを、俺様はそのままの体制で待っていた。

「渡辺、いきなり何を言い出すんだ」
「いや、仲がいいなと思っていたので」
「オレと杏子は付き合ってなんていないぞ?オレには他に彼女がいる」
「あれ?そうなんですか?」

何だ、つまらん。
付き合ってるんだったらと、いろいろと作戦を練っていたというのに。

「杏子は、中学のクラスメートなんだ。腐れ縁みたいな友達だな」
「なるほど」
「まぁ最初はオレも、小学生低学年の子が教室にいるのかと思ったけどな」

絶対杏子には言うなよ?と大川さんは笑う。
そうだよな。やっぱりそう思うよな。
でも俺様は中学生って言ってやったのに、ビンタかよ。
小学生じゃなかっただけマシだと思いやがれ、アンコ。

すっかり元に戻った頬がまた痛んだような気分になり、俺は持っていたボールをゴールへと投げた。
すぅっと音も立てずゴールに吸い込まれていくのが、気持ちいい。

そんな一瞬静まり返った体育館に、ゴールに入ったボールが床に落ちる音とカシャ、というシャッターの音が響くのは同時だった。

「杏子」

振り返るといつの間にか入り口の前に、アンコがカメラを持って立っている。
しかしその顔はこれ以上ないくらいに不機嫌そうに歪められていた。

「くそぅ」
「?」
「思わず撮っちゃった」

何をだ?
頭に疑問符がポポポンと浮かんだ俺様に、大川さんが苦笑した。

「杏子はな、キレイなものが大好きなんだよ」
「は?」
「さっき言ったろ?お前のフォームはキレイだって。だから思わずシャッター押しちゃったんだろ?杏子」
「あくまでもキレイなのはフォームよ!フォーム!アンタじゃないからね!」

いや、それは俺様のフォームなんだから、結局俺様だろ?
そうか、アンコは俺様をキレイだって思うんだな。
いや、それは当たり前だし。なんてったってうちの高等部で歴代一位のバレンタインチョコ記録を持つ男だぞ、俺様は。

さあ気付け!
俺様のパーフェクトな容姿に跪け!

「大体さ、渡辺は胡散くさいから、普段は全然キレイじゃないよ」
「胡散くさいって杏子……」
「何かニコニコ笑ってるけど、本当に笑ってる感じしないもん。カメラ越しだとますますそういうの、わかるんだよ」

へえ。
何気に観察力は鋭いんだな、アンコのくせに。
だがそう思っていても、口にするなよ、失礼な女だな。

「ひどいな、俺はいつも素のまんまですよ」
「嘘付け!アンタ本気で人を好きになったことないでしょ!」
「そんなことありませんよ」

そう、生まれてからこれまで一番好きなのは、雛だ。
大切な可愛い雛。
兄妹だけど……いやいや、兄妹だからこそ、愛しいってのもあるんだ。
ひよりさんの勢いに押されて、しぶしぶ政宗との交際は認めたが、本当は今だって全然、ぜんっぜんっ、納得なんてしてないんだぞ。

「俺には、誰よりも愛してる子がいるんです。昔から、ずっとずっと誰より大切に思ってる子が」

可愛い顔して、わりとクールで傍若無人なところも。
こうと決めたら、絶対に譲らない頑固なところも。
一度寝たら、絶対に起きない、あの貪欲な睡眠欲も。
俺様はきっと、どんな雛でも可愛いと思うんだろう。

ああ、どうしてだろうなぁ。
今、無性に雛に逢いたくなってきた。
そして政宗を殴り飛ばしたくなってきたぞ。





―――――カシャ。





至近距離で響いた音に、想像の世界をたゆたっていた俺様の心は、急に現実に引き戻された。
音の元であろうアンコへ目をやると、何故か呆然とした顔で、カメラを持って固まっている。

「杏子?」
「え?あ……?」

何でシャッターを押してしまったのかわからない。
アンコは戸惑ったようにキョロキョロと辺りを見回していたが、やがてひどく顔を真っ赤にして叫んだ。

「もー!なんで渡辺なんか撮っちゃうのよ!フィルムがもったいないのにぃ!」
「そんなこと言われても」

勝手に撮っておいて何を言うか。
肖像権の侵害って言葉、お前は知ってるのか?

「渡辺が悪いんだ!」
「何でですか」
「アンタ!性格は最悪悪魔なくせに、時々すっごいキレイだからいけないんだ!」

―――――おや、いやにあっさり認めたな。
俺様がキレイなんて、当たり前じゃないか。なんてったって俺様は、あの可愛い可愛い雛のパーフェクトな兄貴だぞ。

しかし認めてはいるものの、納得はしていないのか、アンコは地団駄をふんでいる。
そういうことするから、小学生とか言われるんだと、何故気付かないのだろうか。

「浦川先輩」
「何よッ!」
「先輩が俺を褒めてくれたから、いいものあげます」
「いらんっ!アンタのくれるものなんて、ろくでもないものばっかりじゃん!」

アンコがなにやら騒いでいるが、まぁいい。
俺様は体育館の隅に置いてあった自分のカバンから、用意しておいたそれを取り出した。

「どうぞ」
「何これ、飴?」

俺様の手のひらには小さく、アンコの手には少し余るサイズのそのビンに入っている飴を、アンコは意外そうに見つめていた。

「疲れた時には、甘いものがいいそうですから」
「へぇ……渡辺にしちゃいい発想ね」

アンコは甘いものが好きなのか、受け取ったビンからその飴を取り出すとおそるおそる口に放り込む。
別に何も小細工はしていないので、甘いミルクの味が口には広がったようだ。

「あ、おいしい」
「それはよかった」
「でも、おかしい」
「何がです?」
「アンタが普通なものくれるなんて、ありえないもん」

猜疑心でいっぱいになっているのか、飴を頬張りながら、アンコは俺様をジトッと睨む。
―――――耐えろ、俺様。
腹の底から込み上げる笑いを必死で抑えながら、俺様は最上級の笑顔をアンコに向けて、こう言った。

「やだな、単なる飴ですよ」
「……」
「あなたにピッタリでしょう?千歳飴」





あんぐり。
そんな擬音が付きそうなほど、大きく口を開けて固まったアンコ。





―――――ああ。
その!その馬鹿げた顔が見たかったんだ!
ナイス!俺様!
やったぜ!俺様!
夜なべして、家に余ってた千歳飴を砕いたかいがあったというものだ!

まいったか、アンコ。
お前には、3歳、5歳、7歳児の祝いの為の飴がお似合いだ!





「わっ……わっ……わたなべーーーーー!!!!!」





怒鳴るアンコの声はそこそこ大きかったけれど。
そんな声は俺様と大川さんの大爆笑にかき消されて、ほとんど耳に入らなかった。