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- - - 番外編2 渡辺くんとキャンパスライフ4
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「皓が?」
「うん、最近すっごく機嫌がいいんだ。怖いくらい」
「いいことじゃないか?」
「でも何か、顔が邪悪なんだよ」
「皓はいっつも邪悪だと思うんだが」
「気になるんだよねぇ」

雛と政宗がそんな会話を交わしていたことなど、もちろん俺様は知るはずもなく。


* * * * *


大川さん曰く、どうやらアンコは俺様のことを天敵だと言っているらしい。
だが、俺様の認識はそうではない。
あれはそう、言うなれば俺様の―――――『おもちゃ』だ。

「女をおもちゃにするって、普通もっと違った意味じゃないか?」
「言っておくが、アンコは俺様にとって、そういう意味でのおもちゃには死んでもならないぞ」

当たり前だ。
見るからに凹凸がなさそうなお子様っぽいアンコに欲情するほど、俺様は女に飢えてない。
そういう欲は後腐れなく、他で処理するからお前は心配するな。
そう言うと、一也は呆れ返った顔をした。

「お前ってさ、妹以外の女に対しては、本当に鬼のような仕打ちするよな」
「問題起こして痴情沙汰になるのはイヤだから、ちゃんと相手は選んでるぞ?」
「だから、そういうところがだよ」

何言ってんだお前、俺様だって健康な男なんだから、仕方ないだろう。
お堅い天然記念物みたいな政宗とは違うんだよ。
って……政宗のヤツ、雛に手を出しやがったら、生きておてんとうさまの光を浴びることはないと思え!

「一也だって昔保健室でやってたことだろ?」
「人聞きの悪い……俺は別に不特定多数を求めてないぞ」
「でも結局のところは、健康な男だったからだろ?」
「……」

沈黙は肯定だぞ、一也。
でも、俺様達が男だってことは、とりあえず今はどうでもいい。
むしろアンコだ。アンコのことを話してたんだろ?

大川さん情報によれば、アンコは過去21年間、彼氏がいたことはないらしい。
まぁアンコに手を出す男は、間違いなくロリコンだろうけどな。
しかし本人が子供扱いされると烈火の如く怒るので、ロリコン男でも近づけないだろう。

「普通の男が彼女に手を出すと、犯罪者になった気分になりそうだな」
「一也……もう一度言っておくが、俺様に幼児趣味はねえぞ」
「お前の場合、ある意味近親相姦の方が心配だけどな」

そんなことはしない!
いや、しないと思う。
……しないんじゃないか?

少々語尾が小さくなった俺様に、一也が容赦なく「いつからお前さだまさしのファンになったんだ」というツッコミを入れた。
関白宣言は名曲だ。


* * * * *


「また来てるんですか、浦川先輩」
「何よ、渡辺にとやかく言われる覚えはないわよ」

ここのところ毎日毎日、アンコは沢山のカメラを抱えてやってくる。
別に来るだけならいいが、フラッシュでシュートを邪魔されるのだけはかなわない。

「渡辺は今日も残っていくのか?」
「いえ、今日は用事があるので帰りますけど」
「彼女とデートか?」
「まぁ、そんなものです」

大川さんの言葉に、俺様は律儀に答えた。
間違っちゃいない。
今日は雛と待ち合わせて、ひよりさんの誕生日プレゼントを買いに行くことになっているのだ。
久々の二人っきり、邪魔な政宗も今日はいない。
何だかシュートの成功率が下がったのは、浮かれ気分のせいかもしれない。

「渡辺を好きになる子って、かわいそう」
「何でですか」
「だってアンタ、性格が悪いんだもん。顔に騙されてるのよね、みんな」

いや、そんなことはないぞ。
なんと言っても生まれた時から一緒なんだから、雛は俺様を知り尽くしている。
知らないことなど何もあるわけがない。
昔は風呂にだって一緒に入っていた仲なのだから。

「彼女は俺のこと、よく知ってますよ」
「裏の顔も?」
「裏の顔なんてありません」

いや、ほんとはあるけど。
めちゃめちゃあるけど、絶対に口にしてはならない。
それが、俺様が今後、爽やかなるキャンパスライフを送っていくための絶対条件なんだ。
いわば、アンコとのこういうかけ引きは、そのガス抜きみたいなもんだな。

「今ものすごい邪悪な顔したわよ、渡辺」

そう言えば、昨日、雛にも同じこと言われたな。
だが雛に言われるならかまわんが、お前に言われる筋合いはないぞ、アンコよ。

「浦川先輩も、相変わらず、『若々しい』お顔ですよね」
「何でそこだけ括弧付きで強調するのよ!」
「イヤだなぁ、俺は別に『童顔』とか『幼児顔』とか思ってるわけじゃありませんよ」
「口に出すなー!!」

勢いをつけて向かってくるアンコキックにも慣れた俺様は、さらりと避けられる。
そのまま体育館の壁に激突して、赤くなった鼻を押さえるアンコがまた、ぶさいくでぶさいくで……面白おかしくてたまらんのだ。

「渡辺、お前ってさ」

大川さんが苦笑しながら、俺様の肩を叩く。

「気に入ったものをいじめるタイプだろ?ジャイアンだな?」
「いえ、そんなことありませんけど?」
「本当か?彼女にも杏子と同じようなことしてるんじゃないのか?」
「そんなことしませんよ。俺は好きになった子にはゲロ甘ですから」

と言うか、雛はこんな単純なイジメには付き合ってくれないだろう。
最悪、それ以上の言葉が返ってくるかもしれない。
昔一度だけ雛を怒らせ、一ヶ月間ラテン語でしか話してくれなかったことがあったことを思い出して、俺様は身体を震わせた。

俺様は、雛の自慢のお兄ちゃん。
俺様は、雛の最高のお兄ちゃん。

それを信条として頑なに守っている俺様が、雛をいじめたりするわけがない。

「お前、ほんとに好きなんだな、その子のこと」

大川さんが優しく微笑む。
細められた瞳がまるで線のようになるこの顔は、天然の癒し系だ。

「ええ、大好きなんです」

生まれたての雛を、この手に抱いた時から。
―――――ずっと、ずっと、大好きで。

「一生彼女以上に好きになれる子なんて、いないと信じているんです」

その時の俺様がどんな顔をしていたのかはわからない。
でもアンコがまた、意図せずにシャッターを切っていたから、キレイな顔をしていたんだろうな、とぼんやり思った。


* * * * *


「……で?何でついて来るんですか」
「だって見てみたいもん、渡辺の彼女」

バカ言うな。
俺様と雛の『すうぃーと』で『むーでぃ』な夜を、なんでお前なんぞに邪魔されなくちゃいかんのだ。
ダダダダダと俺様の後ろを、カメラを持ったままついて来るアンコに、俺様は眉根を寄せる。

「大川さんまで……」
「いや、なんとなくな」

前言撤回。
癒し系なフリをして、アンタも好奇心のカタマリだな!?

「そして何故お前まで」
「一回くらい見てみたいから」

一也。
真面目そうで全然真面目じゃないお前と、何で俺様は友達なんてやってるんだったかな。

駅前の広場の噴水の前、何故か4人で待ち人を待つ羽目になった俺様は不機嫌この上なかった。

今日は平日だ。
そして、生徒会の会合がある日だ。政宗は絶対について来ない。
それを見越してわざわざ今日にしたというのに、何故こんなことに。

雛……ああ、雛。
どうしてお前は携帯を持ってないんだ?
携帯さえ持っていてくれたら、お兄ちゃんは待ち合わせ場所と時間を変更して、二人きりになれるよう小細工もしたのに。
密かに今度の雛の誕生日には、絶対に携帯を贈ることを心に誓った俺様だった。

「懐かしいなぁ。あの制服、あたしも着てたのよね」
「特注ですか」
「うるさいわよ!渡辺!」

だってお前、標準サイズじゃ無理だろう?
図星だったのか、アンコが真っ赤な顔で怒っている。

「杏子は制服を着てるっていうよりは、制服に着られてたよな」
「だまれだまれ!!」
「ああ、何か想像つきますね」
「アンタ達に関係ないでしょ!」

大川さんと一也の鋭い突っ込みにますますアンコは怒りを露にした。
そうだよな。普段着てる服も、きっとキッズサイズだろ?

よし、次なる嫌がらせのために、ヨーカドーでプリキュアTシャツを買うことにしよう!!!





「……邪悪」





すっかり頭がプリキュアで一色だった俺様の耳に、急にその声は響いた。
間違えるはずがない、聞き逃すはずもない、少し高めの甘い声。

「雛……!」
「皓ちゃん、顔が邪悪」

邪悪って、雛。
くりくりとした目で、制服姿のまま俺様を見上げてくる雛は、もう殺人的に可愛くて、俺様は思わず微笑んだ。

―――――カシャ。

その瞬間、シャッターの音が響いて。

「……浦川先輩」
「あ、撮っちゃった」

何か絵になったから、つい、とアンコが笑う。
つい、じゃないだろ、つい、じゃ!

文句を言おうとした俺様を止めるように、雛がくいくいと袖を引く。

「皓ちゃん」
「ん?」
「この子、どこの子?」

説明しようと口を開いた俺様が言葉を発する前に、雛は手を伸ばしてアンコの頭をナデナデしている。

「ねぇ、小学生をナンパしたの?」

首を傾げる雛はとってもとってもラブリィなのだが、アンコにとってそれは地雷だったらしい。
後ろへ後ずさって、アンコキックの体制になる。

「雛!」
「え?」

思わず声を上げた俺様だったが。
まぁ、よく考えてみれば無用の心配だったんだよな。

アンコが渾身の力を込めて放ったアンコキックを、雛は涼しい顔でさらりとかわした。

―――――さすがは雛。
ぼ〜っとしているようで、体育の成績は5だ。

結果、アンコはそのまま噴水へとダイブすることになった。
ザッパン!と派手な音と水しぶきがあがる。

「杏子!」

雛の素晴らしき反射神経に感動していた俺様に、危うく溺れかけていたアンコの存在を思い出させたのは、大川さんの切羽詰った声だった。
っていうか一也。お前も腹を抱えて笑ってるだけなのか?

そんな中、ただ一人雛だけが、きょとんと首を傾げて、状況を把握できていなかった。