2004年ディベート甲子園高校論題について −議論のポイントー

 北海道支部副支部長 岡山洋一

北海道支部では、4月24日(土)、25日(日)の2日間にわたりディベート講座を行いました。24日は、ディベート未経験者を対象に「ディベート入門講座」を、25日には、ディベート経験者を中心に「ディベート初級講座」を行いました。

5月16日(日)には、毎月行っているディベートの勉強会Project: CATS(Concentrated Activities for Teaching and Studies)で、ディベート講座中級編として、「立論講座」と「質疑講座」を開催しました。

(Project: CATSについては以下をご覧下さい。http://www13.big.or.jp/~yokayama/debate/cats/index.htm

今年は論題研究会、論題解説の講座などは特に行いませんでしたが、CATS内で中学・高校論題について、それぞれ議論をする際の注意点などを解説しました。本稿では講座で説明したことを中心に、高校論題についての議論の考え方、注意点などを数点解説します。

1.実質的なメリット・デメリット

肯定側も否定側も、メリット・デメリットを少しでも大きく見せようと、大きなラベルを付けがちです。しかし単純にラベルに惑わされてはなりません。本当にラベルで言っているようなメリット・デメリットが発生するかきちんとチェックして行きましょう。そして実際のところ、何がメリットなのか、何がデメリットなのかをよく考えてみましょう。

例えば、火力発電による大気汚染のデメリットを考えてみます。否定側は、原子力発電を火力発電に切り替えることによって、大気汚染が発生すると言います。そして、大気汚染により、たくさんの死者が出ると言うかもしれません。

肯定側は発生過程をチェックし、本当に大気汚染は起こるのか、本当に大気汚染によって否定側が言うように、たくさんの死者が出るのかをチェックします。そしてその次に、何が本当のデメリットなのかをチェックしましょう。

デメリットは、火力発電による大気汚染ですが、では、今現在大気汚染はないのでしょうか。現在日本に火力発電所はないのでしょうか。もちろん日本にも火力発電はたくさんあります。

否定側は、現状の火力発電による大気汚染までも含めて、デメリットの深刻性を言っていないでしょうか。本当のデメリットは、原子力発電から切り替えられた火力発電から発生する大気汚染だけです。肯定側のプランを導入することによって起こるデメリットのみが、デメリットとして成立するのです。

ですからメリット・デメリットを考えるときには、「実質的な」メリット・デメリットは何かを良く考えてみましょう。

2.フィアット

肯定側は原子力発電を代替発電に切り替えるというプランを出します。具体的には、原子力発電を止めて石油、石炭、LNG火力や水力、太陽光、風力、廃棄物、燃料電池などに切り替えます。

否定側はそれらの代替発電に対して反論を加えます。本当に代替発電は実現可能なのか、本当に代替発電で原子力発電による発電量の補いをつけることができるのか、などです。

これらの反論に対して肯定側は、プランできちんと言っているので代替発電は実現可能、そして発電量を補うことも可能と言うかもしれません。しかしこれにだまされてはいけません。肯定側のプランに入っているものは全て実現可能なのかというと、そうではありません。

政策論題でディベートをするときは、その政策(プラン)を実行すべきかどうかを議論します。ですから、現実の世界でその政策が本当に実行されるかどうかという証明は必要ありません。今回の論題でいうと、原子力発電を代替発電に切り替えるべきかどうかをディベートするだけで、本当に日本が原子力発電を代替発電に切り替えるのかということを証明する必要はありません。このように、ディベートの試合のなかで、論題の実行主体(日本)がプランを実行すると仮定することを「フィアット」といいます。

フィアットを考えると、プランに入れておいたものは必ず実行され、うまく行くと思いがちです。しかしそれは誤りです。確かにフィアットにより、プランが実行されたと仮定はされます。だからといってプランがきちんと実行される、うまく行くというのは別のことです。プランの実行可能性、有効性は証明されなければなりません。

例えば肯定側がプランで、太陽光発電を推進するとしましょう。プランに「太陽光発電を推進する」と入れることによって、日本が原子力発電から太陽光発電にシフトすると仮定して議論はされます。しかし本当に肯定側の言うとおり太陽光発電がきちんと推進されるのか、原子力発電の補いをつけることができるのか、ということは証明されなければなりません。これはフィアットとは別の問題です。

プランの有効性、実行可能性はディベートできちんと話し合われなければなりません。

3.政策の是非

ディベート甲子園では、否定側は必ず現状維持の立場をとります。ではここで言う「現状維持」とはどういうことでしょうか。今現在の状態を維持する、つまり「現状」とは「今現在」のことと考えがちですが、これは誤りです。

現状とは肯定側のプランがない状態、つまり肯定側のプランが採択されない状態を言います。けっして今現在の状態や、今現在の政策だけを指すものではありません。現状とは肯定側のプランを取らない状態、未来永劫肯定側のプランが採択されなければ、それも「現状」なのです。

そこでディベートで議論する時には、プラン採択前とプラン採択後でどのような変化が起こるのか、何が変わるのかを明確にして議論しなければなりません。つまりプラン導入前の政策(現状維持)とプラン導入後の政策(肯定側のプラン)がどのように違うのかを議論するのです。

今年の高校の部論題は「日本はすべての原子力発電を代替発電に切り替えるべきである。是か非か。」です。そして「切り替えは2020 年までに実施することとする」という付帯文が付いています。つまりこの論題が要求していることは、原子力発電が安全なのか危険なのか、代替発電が可能なのか、不可能なのかという議論の応酬だけではありません。

原子力発電の可能性、安全性、安定性などを踏まえ、代替発電の可能性も踏まえ、これからの日本の電力供給は原子力に頼らざるをえないのか、それとも代替発電に切り替えて行った方が良いのかを議論することが大事なのです。日本が今後とるべき政策の是非を議論してください。

4.価値判断

今回の論題においては、特に第2反駁の役割が重要になってきます。

肯定側の言うように原子力発電で事故が起こると、その被害は甚大なものになります。しかし事故の起こる確率はどうでしょうか。無視しても良いほどの低い確率ならば問題はありません。原子力発電所の事故よりも、交通事故や航空機の事故の方がはるかに高い確率で起こるでしょう。

否定側は、代替発電では原子力による発電量を補うことができず、エネルギー供給が安定しないと議論をしてくるかもしれません。

そこで問題になるのは、「安全」をとるか、「安定」をとるかと言うことです。どちらが重要なのか、どちらの政策をとる方が日本の将来にとって良いのかをディベートで最終的に示さなければなりません。そのためには、それぞれの第2反駁が重要になってきます。

第2反駁の役割は、相手の議論に反論を加えつつ、議論に決着をつけることです。そして自分たちがなぜ勝っているのかを説明するのです。

時々第2反駁のスピーチを聞いて、唐突な印象を受けることがあります。突然「それでは価値の比較を行います」と言って、説明を始めるディベーターがいます。

第2反駁に至るまでの議論の中に、どこにもそのような価値判断など出てこなかったにもかかわらずいきなり「エネルギーは国の根幹をなす大きな問題です」というようなことを言われても、審判としてはとても困ります。第2反駁は単なる説得のためのスピーチではありません。それまでの議論を無視しては成り立たないものです。

ですから自分たちの議論で、何で勝つのかという作戦をよく練り、立論から第2反駁まできちんとつながっている議論を展開してください。それが勝ちに結びつく議論となります。

皆様の健闘をお祈りします。

本稿は「トライアングル No. 46 2004年7月号」に掲載されたものです。