- - - 第3章 血色のピアス2 |
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控えめなノックの音が部屋に響いた。イオがドアを開けるとそこにはメナスと、その背後に一人の青年が立っていた。
「こんにちは、レイルアース王子、イオ様」
「……これはメナス殿、いかがされました?」
「神官長様から案内するように言われたのです」
イオの問いかけにそう答えると、メナスは自分の背後に立っていた青年をレイン達の方へ促した。短い栗色の髪の青年は促されるままにレインたちの前に立つ。レインは青年の顔に見覚えがあった。13諸侯の一人だ。
「魔の侯爵家を預かるキール・イエル・ファティリーズです。玉座の間で一度顔はあわせていますが」
「……ファティリーズ侯、神官長殿はなんと?」
「王子達に魔導生物の説明をして差し上げろとのことです。……気は進みませんが」
「キール様!」
言われたから仕方なく来たのだという風なその青年に、レインは興味を持った。今まで王宮内で逢った諸侯とは態度が違っている。
「俺も暇ではないので、手短に説明致します。よろしいですか?」
「キール様、失礼ですってば」
「だと思うなら他の人間に説明させろ、俺は忙しい」
「アゼル様はキール様に、とおっしゃったでしょう?」
「人選が間違ってる、俺は面倒なことは嫌いなんだ」
フン、と顔を背けるキールは、どうやら乗り気ではないらしく仏頂面だ。かけている眼鏡の底から覗く、深い紫の瞳がいかにも嫌そうな雰囲気を漂わせている。
「申しわけない、手短で良いので説明をお願いできるだろうか?ファティリーズ侯」
「……。わかりました、ではおかけください」
レインの言葉にふっとため息をついて、キールは部屋にあるテーブルへ全員を促した。羽織っている黒と深い紫のマントが揺れる。年齢はレインよりも2つばかり年下だろうか?騎士というよりも、学者のような雰囲気が漂っている。
全員が席についたのを見届けると、キールはおもむろに説明をはじめた。
魔導というノイディエンスターク固有の力のこと。魔導生物を作るために必要な力のこと。その他のいろいろな事柄を、無愛想ながら丁寧に説明してくれている。既にそのことを知っているはずのメナスまで、真剣に聞き入ってしまうほどにそれはわかりやすいものだった。
小一時間に渡る説明が終わった後、キールは持っていた資料をパタン、と閉じてレインに向き直った。
「以上です。何か質問がありますか?」
「いや、充分わかった。礼を言います、ファティリーズ侯」
「そうですか、では俺はこれで」
すぐに席を立とうとしたキールをレインは視線で引き止めた。
「お聞きしたいことがあるのですが」
「なんです?」
「貴公に、お聞きしたい」
「……」
レインはその視線に力を込めた。寒々とした表情から凄みが伝わって、メナスが体を震わせる。
「今、私が見ているノイディエンスタークは真実の姿ですか?」
「……意味がわかりかねます」
「単刀直入に言います、貴方達は愛想が良過ぎる」
「……俺は、愛想を良くした覚えはありませんけど?見ての通り」
「だから、貴方にお聞きしたいのです」
キールは、あくまでその表情を崩さない。無表情な二人の間にしばしの沈黙が流れた。それに戸惑って、メナスは隣に座っているイオを見上げる。イオはその視線に気付いて、小さく横に首を振った。邪魔をしないで見守ろうという意味だ。
「貴方は、今のノイディエンスタークが偽りだというのですか」
「全てが偽りだとは思っていません」
「ならばなんです?神官長が、もしくは姫が貴方を謀っていると思っていると?」
「そうは言いません」
キールは、目の前の黒い容貌の彼から視線を逸らさない。普通の人間なら、目を逸らさずにはいられないであろう、レインの視線にも臆することはなかった。
「人の行動には意味があるものです、王子」
「……」
「全ての事柄にはそれをする理由がある。それを考えなければ前には進めない」
「……ファティリーズ侯」
「俺達は、今の平和を守りたいだけだ」
きっぱりと言ったその青年の瞳に、レインは暗い影を見た。おそらくこの国の誰もが、その影を背負っているのだ。内乱が終結し、国が復興して二年。長い内乱の傷がこの国の人々の中にまだ重い。
「否定はしません」
「……」
「確かにこの一週間、王子が見ていたノイディエンスタークは、真実の姿ではありません」
「……ファティリーズ侯」
「真実は、自分で探して掴むものです」
そう言うとキールは立ちあがり、振り返ることもなく部屋を後にした。レインはそれを引き止めなかった。キールが出ていくのを見守ったメナスが、レインに向かって小さく口を開く。
「疑問に思われますか?」
「……」
「今のノイディエンスタークを、疑問に思われますか?」
「……ええ」
「なら、王宮の中庭へ行って下さい、お一人で」
怪訝そうに眉を寄せるレインに、メナスは微笑んだ。
「一人でとはどういうことです、メナス殿。王子が行かれるのなら私も……」
「いいえ、レイルアース王子は、一人で行かなくてはいけません」
「なっ……」
「行って下さい、レイルアース王子。姫様が、待っていらっしゃいます」
「……姫君が……?」
メナスが頷くのを確認してから、レインは立ちあがりマントを羽織りなおした。
「レイン様!」
「イオ、お前はここで待っていろ」
「危険です、お一人でなど!」
「……きっと、一人でなければ意味がない。そうなのだろう?メナス殿」
メナスはそれには答えず、微笑だけを返した。それが全てを物語っている。
「行ってくる」
「レイン様!」
「大丈夫だ……俺は死神だからな」
レインはそう言い残すと、バルコニーに手をかけ下へ飛び降りた。一瞬で消えた主の姿に、イオは窓辺に駆け寄ったが、もう既にレインの姿は見えなくなっていた。
「どういうつもりだ!」
イオはメナスに向き直る。しかしメナスは凛とした瞳で彼を見返した。先ほどまでの戸惑った表情が、まるで嘘のように落ちついた態度だった。おそらくこちらが彼女の本当の顔なのだと気付いたが、そんなことはイオにとっては今はどうでもいいことだ。
「わたし達は、レイルアース王子に危害を加えるつもりはありません」
「信用できない!」
「それではどうするのです?わたしを人質に、王子の身柄を要求でもするのですか?」
「……ッ!」
「イオ様、信じてください。わたし達を……そして姫様を」
メナスはゆっくりとイオに近づいて、その手を取った。払いのけようとすればできるはずなのに、それをする気にならないのは何故なのだろう、とぼんやり思う。
「わたしは姫様が好きです……本当に、大好きです。貴方が、レイルアース王子を大事に思うのと同じように」
「……」
「……だから、信じてください」
そのままメナスはイオをじっと見つめた。その紫の瞳に偽りの影はない。
イオはしばらく迷った後、小さく頷くとそのまま椅子に座りこんだ。メナスは握った手を離さず、そんなイオを柔らかな視線で包んでいた。
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