Clover
- - - 第5章 竜騎士の恋1
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(「……これは?」)
(「―――――雷神、よ」)


* * * * *


「すげえ……」

傷を受けてもすぐに再生するオベリスク。それなのに目の前で繰り広げられる光景に、リーフの口から思わず言葉が漏れた。ゲオハルトやイオもそれをただ見つめるしかできない。さすがに魔導変換を行っているキールにその余裕はあまりなかったが、少し離れた場所でフィアルもまた、満足気な笑みを浮かべながら静かにその光景を見守っていた。

―――――雷神。

シュバルツでの討伐を追え、クロードやカインに挨拶を済ませると、フィアルはレインとイオにそれぞれ一振りの剣を手渡した。普通の剣ではないことはすぐにわかった。レインに渡されたその刀身は、淡い紫の光を放って、ほのかに暖かい。剣の名は雷神、風神といって、その刀身自体に魔導力が込められているのだと、フィアルは説明した。

(「魔導力がなくても、この剣ならオベリスクにも通じる」)
(「ただ、扱いが難しいから、慣れるまでは使いづらいはずよ?まぁレインなら大丈夫だと思うけど」)

その言葉の通り、振る度にその重量以外の力によって引っ張られるような感がある剣だった。自分の意思以外のものが宿る剣など、今まで使ったことがない。しかししばらくすると、雷神はレインを主と認めたかのように、すんなりとその手に馴染むようになった。イオも何とかして青碧の光を放つ風神という名の大剣を自分のものとしたようだ。

ルシリアのオベリスクは、シルヴィラが調査した通りイサの森の奥にいて、その形状がシュバルツのものとは少し違っていた。黒い大きな蛇、言葉にするならそれが一番しっくりとくるだろう。
しかし今その魔導生物は、威嚇ではなく悲鳴を上げている。

―――――ラドリア一の剣の使い手と言われた彼の攻撃は、オベリスクに傷の再生の余地を与えなかった。

傷は塞がる前に新たに切り裂かれる。周辺は、オベリスクから噴出し続けている緑の血によって染まっていた。レインはそれでも全く攻撃の手を緩めない。まるで本能のようにただただ攻撃し続けるその顔には、何の感情も浮かんではいなかった。疲労すら微塵も感じられない。
ここまで何も考えず戦いだけに没頭できる人間だからこそ、レインは強いのかもしれない。

「―――――レイン」

その声に彼は反応した。返り血を全身に浴びたまま振り返ったレインの視線の先には、彼に雷神を手渡した本人が微笑んでいる。

「もう、いいわ」
「……そうか」

レインの攻撃のおかげでオベリスクの魔導力は一気に放出された。フィアルのその声と同時に、キールがガックリと大地に膝を付く。膨大な魔の魔導を驚異的な早さで変換したキールの能力もまた、ノイディエンスタークでは突出したものと言える。しかしその身体にかかる負担は半端ではない。

傷が再生し始めたオベリスクを一瞥して、レインは雷神を数回振り、刀身についた血を払った。達成感も何もない、ただやるべきことをやっただけというようなその様子に、リーフは思わず持っていた剣を強く握り締めた。

(「こいつ……怖い」)

本能的なものだったかもしれない。リーフはその時初めて、レインという人間を恐ろしいと思った。
フィアルがルーンを唱える声が聞こえたが、それを無表情に見ているレインの横顔を、リーフはずっと見つめていた。


* * * * *


オベリスクを討伐したことで、フィアル達は、イサの森に一番近いティトの村に好意的に迎えられた。素性が知れていたシュバルツとは勝手が違うので、ルシリアに入国する前にフィアルは、額の祝福の印を化粧粉で隠し、白金の髪と淡い蒼の瞳をリーフと同じ濃い金と青に変えた。その上でステラハイム侯家に縁の者だと言えばごまかしはきく。そこまでしなくてはいけない理由は一つ、今フィアルと同じ色を持つ存在は、この大陸には存在しないからだ。

「王城には行かない」

宿に付属した酒場で食事を取りながら、フィアルははっきりと言った。

「あんな爺さんに逢っても意味がないから行かない」
「爺さんって……この国の王だろ?」
「ゲオ、アンタだって知ってるでしょ?あの爺さんの信条は終わり良ければ全て良し、何もなければもっと良し、なんだから」
「ま、まぁ……確かにそういう主義で有名だけどよ」

ルシリアの現国王ルシリス10世は凡庸な王で知られている。平和な時においてはそういう王も必要なのだろう。しかし仮にも一国の王をそこまでこき下ろす自分達の主もどうだろうとゲオハルトは思った。

「大体私自ら来てるなんてバレたら面倒だし……シュバルツ以外には元々行く気ないから」
「それもそうですね……一応シュバルツ以外には、姫は麗しき光の巫女姫ってことで通ってますし」
「……なんか今、微妙に言葉に刺を感じたのは私だけ?」
「……気のせいですよ」

そう言うキールの横顔を少し睨みながら、フィアルは黙々と食べているリーフへと視線を動かした。いつもは不必要なほどうるさい彼が一言も話さないことに誰もが気が付いていたが、何も言えずにいる。フィアルはそれを一瞥するとゲオハルトと視線を合わせる。ゲオハルトは何も言わずに1度だけ小さく頷いた。

「とりあえずルシリア王城には行かない、この村の村長にでも報告は頼んでおけばいいわ。明日にはもう次に行くわよ、次に」
「次というと……フューゲルですね?」

イオの言葉にフィアルが一瞬固まる。レインはそれをみて怪訝そうに眉間に皺を寄せた。

「フィール……?」
「……そっか……そうよね……こっちのルートってフューゲルがあるんだった。……忘れてた」
「……?」
「でも別に近づかないし、あっちも覚えてなさそうだし、もう昔の話だし……」
「……何のことだ?」
「……へ?」

隣でじっと自分を見つめる黒い瞳に、一瞬呆けた顔をしたフィアルは、直後なんでもないという風に首を横に振った。彼女はいつもこうだ、とレインは思う。何かを考えて自分で結論を出して終わらせる。これでは側にいるアゼルは心配性にもなるだろう。そこまで考えて、レインは自分も同じタイプであることをふと思い出した。

(だからか……)

思わずイオの顔を思わずじっと見つめてしまう。酒を口にしていたイオは、何か?と言うように首を傾げた。確かにイオも極度の心配性だった。
ふとそのまま視線を動かすと、どこか疲れた顔をしているキールが見える。オベリスクの討伐で一番負担が大きいのはキールだと、フィアルは言っていた。実際、食事もあまり進んではいない。
その様子に気付いているだろうに、彼女はキールに休めとは言わなかった。彼女のことだ、何も考えずにそうしているわけではないく、その理由はおそらくキールも納得の上なのだろうとレインはぼんやりと思った。

「フューゲルは、アレだよな。飛竜がいっぱいいる国だよな?」
「竜の鬣(たてがみ)半島は飛竜の生育地だしね。ノイディエンスタークの竜の角半島みたいに高位の竜はいないけど、飛竜王は知能も位も高い竜よ?」
「飛竜かあ……乗ってみてえ」
「……アンタいくつ?ゲオ」
「オレはいつまでも少年の心を忘れない男だ!」

少し酒が回ってきたようで、ゲオハルトは気分良さそうにフィアルに胸を張った。それに呆れた視線を送りつつ、フィアルはちょっと考えた表情になって、全員を意味ありげに見る。

「ちょっとだけ、寄り道、しようか?」
「……寄り道ぃ?」
「ゲオ……酔っ払いは黙っててくれる?うるさいから」

そんなゲオハルトを尻目に、フィアルはレイン達を見た。

「寄り道って……何をするんですか?姫」
「逢いたいの」
「フューゲルに知り合いでも?」
「まぁ知り合いって言ったらそうかもね」

キールの言葉に悪戯に笑って、フィアルは答えた。





「飛竜王に、逢いに行こう」