Clover
- - - 第5章 竜騎士の恋2
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宿の部屋は3部屋取ってある。
さすがに気を使ってフィアルは一人で一部屋、レインとイオで一部屋、残りの3人で大部屋を一部屋だ。
食事を終えて部屋に戻るなり、キールはまるで倒れるように眠ってしまった。いくらキールがファティリーズ侯とはいえ、魔導変換の負担は大きい。しかし弱った姿を他人に見せることを、キールが何より嫌っていることを、フィアルは知っていた。

(「―――――眠らせてあげて」)

彼女はそうやって、さりげなく臣下である者達に気を配ることがうまかった。それが自分達にとっては、どれほどの幸運なのだろうとゲオハルトは思う。おそらく今のこの国の王ではそんなことを考えもしないだろう。

ゲオハルトはキールのベットに寄って、掛けたままの眼鏡を外してやった。それでも身じろぎもしない程にキールは深い眠りに落ちているようだった。着替えはこの際仕方がないので、近くにあった毛布をその身体に掛けてやる。

「……ゲオハルト」

押さえた声が聞こえ振り返ると、真顔のリーフがすぐ後ろに立っていた。昼の討伐が終わった直後から、リーフの様子がおかしいことには誰もが気付いている。だからこそ食事の際、フィアルはゲオハルトに、リーフを任せると目で言ったのだ。ゲオハルトは基本的に実直な騎士であり、主の意図を正確に把握していた。

「なんだよ、今日はイヤにおとなしかったな、坊や」
「坊やって言うな!」
「坊やだろ、少しは周りの空気ってもんを読め。お前は騎士だろ?」

ゲオハルトの言葉にリーフは俯き、口唇を噛んだ。そんなリーフの頭をポンと一つ叩いて、その横を通りぬけ、ゲオハルトは窓際に置いてある椅子にゆっくりと座る。そのままリーフに目の前のもう一つの椅子に座るように促した。しかしリーフは動こうとしない。

「……坊や、キールを寝かせてやれ」
「……!」
「わかるな?」
「……ああ」

さすがにそれには気付いたらしく、リーフはキールのベットから離れ、促された椅子に座った。そのまま真っ直ぐな視線をゲオハルトにぶつける。

「……怖いんだ……」

ゆっくりとリーフは話し出した。

「……怖い?」
「アイツだ、ラドリアの……レイルアース王子」

リーフの言葉にゲオハルトが目を見開く。そんなゲオハルトから視線を外して、リーフはテーブルの上で組んだ自分の手をじっと見つめた。

「何も感じなかったか……?今日のアイツを見て、本当に何も感じなかったのか?」
「リーフ……?」
「オレは怖い。アイツは……危い」
「危い……?レインが?」
「敵を倒す時、がむしゃらに剣を振っている場合もあるが、普通はどうやったら勝てるかとか次の敵の動きだとか考えるもんだろ?でもアイツは違う、見てればわかった。アイツは何も考えてなんていなかった。ただオベリスクが目の前にいたから、だから戦った、それだけだった!」

リーフは感受性が強い。それが弱さではなく感情の起伏になって現れることは13諸侯の中では通説だった。

―――――レインは確かに強かった。

死神という呼び名よりも、鬼神と呼ぶべきではないのかとゲオハルトは単純にそう思った。魔導を使わず剣技だけを見るのならば、ノイディエンスタークでも彼と並ぶのは自分の主しかいないのではないかとも思った。その剣だけを見つめていて、その時のレインの様子にまで意識が及ばなかったのだ。
―――――しかしリーフは違うものを見ていた。

「なんでアイツがラドリアで死神って呼ばれてるのか、オレは今日ようやくわかった。アイツには感情がない……心がない。だから本能で戦ってるだけなんだ……」
「……リーフ」
「ゲオハルト……オレは怖い……アイツは危険だ」

リーフの言い分を全部鵜呑みにするわけにはいかないと、ゲオハルトの理性の一部分が告げている。その一部分をフル稼動することで、彼は机に伏せてしまったリーフの肩を強く叩いた。
……けれど。
全てがリーフの気のせいだと言い切れるほど、ゲオハルトはレインを知らなかった。そう、誰も深くは彼を知らない。

(どうしてだ……?)

何故、姫君はレインをノイディエンスタークに留めたのだろう?
今になって浮かびあがった単純なそれは疑問だった。


* * * * *


フューゲル連合国。

シュバルツやルシリアとは違い、特殊な国家形態と独特の文化を持つ国である。
国土が山岳地帯だったこともあり、もともとは小国が数多く連立していた。しかしそれでは周りの大国に太刀打ちできない。そこで各国は連合して一つの国家となり、一人の王を選んだ。そのせいか地方の小国家の力が強いため、小競り合いが絶えなかったが、ここ10年近くは落ちついた状態になっている。

「山の国だな……」

レインの目に映る剥き出しのオレンジ色の山肌は、この国がそれほど豊かではないことを思わせた。しかし所々にある平地には畑の緑が見える。

「フューゲルはほとんどが山の国だから、移動手段としてどうしても竜が必要だったのよ。竜の鬣半島にある飛竜の生息地に立ち入らないことを条件に、飛竜王からその眷族を騎獣にしていいという許可をもらっているってわけ。だからあの国の男はほとんどが竜騎士よ……竜に乗れることが成人の証って位なんだから」
「じゃあおひーさん。ノイディエンスタークの竜の角半島と同じで、鬣半島は完全に竜の土地になってるってわけか?」
「そういうことね」

フィアルは眼下に見え始めたひときわ高い山をじっと見つめた。その視線を追ったキールはその山の頂上に大きな建物を認めた。

「あれがフューゲルの王都、ライーサですか」
「そう。ライーサは街自体が城砦になっているわ。その中心にあるのが聖玉宮……つまり王城ね」

聖玉宮、という名を口にしたフィアルの顔は何故か歪んだが、イオがその言葉を引き継いで続けた。

「現国王は、竜騎士王と呼ばれているらしいですね。小競り合いの絶えなかった国内を平定した勇ましい竜騎士だと聞いています」
「へえ……そうなんか?」
「飛竜王とも懇意だそうで、自身の騎竜に飛竜王の子を賜っているとか」
「お前詳しいな、イオ」
「え……いえ」
「……ラドリアは、フューゲルも狙っていたからな。調査はさせていたらしい」

言い澱んだイオにレインが代わって答えた。天馬に乗りながらも視線はライーサへ向けたままだ。

「ラドリアは今オデッサとスクライツに侵攻してるんだろ?そっちも片付いてないのにフューゲルにも手を出そうとしてたのか?果てがねーなぁ……人間の欲望ってヤツは」
「……フューゲル侵攻が保留されているのは、ラドリアとの間に山脈がある上に、山岳地帯だからです。やはり飛竜にでも乗っていないと移動すらできませんからね」
「ある意味、この荒れた国土がこの国を守ってるってことか……皮肉だな」

ゲオハルトの目に一瞬影が走った。ノイディエンスタークは穏やかな平野の土地だ、侵攻もし易かっただろう。

「ライーサの聖玉宮か……」

不意にフィアルが呟く。天馬は飛竜よりも飛ぶ高度が高いので、遥か下方に何頭かの飛竜が飛んでいるのが見えた。おそらく首都を守る警備の竜騎士達だろう。

「このまま降下すると、バレるんじゃねーの?」

散々言いたいことを言ってすっきりしたのか、リーフは朝にはいつもの調子に戻っていた。もちろん心の奥のレインに対する漠然とした恐怖が消えたわけではなかったが、それでも普通に話せるまでには気持ちが落ち着いたらしい。

「目くらまし、使うかな……」
「おいおい、別にオレ達は犯罪者じゃねーんだし……堂々と降りてって、オベリスクの居場所を聞けばいいんじゃねえのか?おひーさん」
「オベリスクの居場所を聞くって……誰に?」
「王宮の人間に聞けば知ってるだろ?」
「……それって聖玉宮に行くってこと?」
「……そうだが……どうしたんだよ」
「……ぜーったい!ダメ!」

いきなり声を荒げたフィアルに、全員が呆気に取られる。その間もダメだと何度も彼女は首を横にブンブンと振っていた。

「極力目立たず、知られず!穏便にこの国はやり過ごさなくちゃダメなの!」
「はあ!?」
「とっととオベリスク片付けて、飛竜王に挨拶して、リトワルトへ行くのよ!」
「……姫?何か聖玉宮に問題でもあるんですか?」

キールが珍しく取り乱した様子のフィアルに聞くと、彼女は憮然とした表情でこう告げた。

「……聖玉宮には、ヘンタイがいる」
「……は?」





「―――――ヘンタイがいるの」