- - - 第5章 竜騎士の恋3 |
|
絶対に聖玉宮に近寄りたくないと言い張るフィアルを説得することができず、結局目くらましの魔導を使って、6人はライーサの街に降り立った。幸いにも街の宿に数日は部屋を取ることができた。
フューゲルの民は皆黒髪に茶色の瞳をしている。そんななか、同じ黒髪のゲオハルト、レイン、そして茶色の髪のイオはともかくとして、金髪のフィアルとリーフ、栗色の髪のキールは嫌でも目立った。目くらましの意味などなかったのではないかと思ったが、フィアルに言わせると最初に聖玉宮に行くよりはよっぽどマシなのだそうだ。
宿のおかみにそれとなく自分達は怪しいものではなく、オベリスクを退治しにきたノイディエンスタークの者だと告げると、彼女は目を輝かせてまるで機関銃のように話し出した。
「あれまあ、それならどうして聖玉宮に行かないんだね?」
「いや、いきなり行っても信用してもらえねえと思ってさ」
ゲオハルトが苦し紛れの言い訳をする。まさか自分達の主が、あそこにはヘンタイがいるから絶対イヤだなどと、わけのわけらないことを言ったとは言えない。
「竜騎士王様は気さくな方だよ?大歓迎して協力してくださるさ!」
「へえ、そうなのか?」
「あの方は竜騎士の中の竜騎士、飛竜に愛された方だからねえ……あたし達フューゲルの民の誇りだよ」
おかみが嬉しそうに話す様子から見ても、竜騎士王は人望も厚い人物なのだろうと思われた。そうするとやはり聖玉宮に行くのが一番早いのではないだろうか。ルシリアだけは一番最初のシルヴィラの調査で場所がわかっていたが、他の国ではオベリスクがまずどこに出るのかを調べなくてはならないのだ。
「あの化物はね、聖玉宮の裏にある青山(せいざん)に出るって噂だよ」
「げっ!」
それにフィアルが過敏な反応をする。青山は聖玉宮の裏手にあり、許可がなければ立ち入れない。……つまりは嫌でも聖玉宮に行かなくてはならないと言うことだ。
「どっちにしろ聖玉宮には行かなくちゃいけないだろうねえ。青山に入るには竜騎士王か、その宰相のリーレン様の許可が必要だって聞いてるよ?」
「……リーレン……よりにもよってリーレン……」
「……フィール、知り合いか?」
ガックリと肩を落としたフィアルにレインが問いかけた。フィアルはそれに答える気力もないらしい。
「ありがとよ、おかみ。今日の夕飯期待してるぜ!」
「はいよ、まかしときな!」
それだけ言うと、おかみは笑って部屋を出ていった。宿を探している時も思ったが、全体的にライーサの街の民は気さくで明るい人柄のようだ。
―――――それにしても。
「おひーさん、こういう展開みてーだぞ」
「……最悪。もうこの際時空魔導でここにいる全員を青山に移動しちゃえば済むような気がしてきた」
「やだっ!オレ絶対イヤだ!それくらいならオレは天馬で行くぞ!」
「ちょっと何言ってんのよ、リーフ!天馬で行ったらバレるじゃない!」
「……って言うより、入るのに許可がいる場所のオベリスクを倒したら、後々問題になりませんか?」
キールはあくまで頭脳派で冷静だった。これにはフィアルも反論の余地がない。
しかし彼女はしばらくゴネるのをやめなかった。
「ううぅ〜……でも……やだぁ〜……」
「何がそんなにイヤなんだよ、姫。大体ヘンタイって誰のことだ?」
「アンタみたいなお気楽で喧嘩っ早い人間にわかるもんかー」
「姫……ケンカ売ってんのか!?」
そうとうイヤらしく、その苛立ちを一番やっかいな人間であるリーフにぶつけるフィアルにキールがため息をついて、その顔を覗きこんだ。
「……俺、思うんですけど」
「……何?いい打開策でもあるの?」
「あのですね……さっきのおかみの様子から推測するに、いかにも口が軽そうですよね」
「……」
「聖玉宮から迎えが来るのも、時間の問題だと思いますが」
「……ッ!」
その言葉にフィアルが立ちあがった途端、部屋のドアが無遠慮に開いて、先ほどのおかみが顔を出した。
「お客さん達、お迎えだよ!よかったねえ〜」
いかにも自分は正しいことをしたと満面の笑みを浮かべる恰幅のいいおかみに、フィアルがガックリと床に崩れ落ちたのは言うまでもなかった。
* * * * *
聖玉宮はその名の通り、玉という翡翠のような石で作られた美しい王宮だった。
迎えにきた数名の竜騎士達に何故直接来なかったのかと聞かれ、ゲオハルトは苦し紛れに、宿のおかみにしたのと同じ言い訳を繰り返した。向こうはそれを奥ゆかしいと思ったようで、疑われなかったのは幸いだった。
到着してそのまま広い部屋に通された6人は、そこでしばらく待つことになった。その間もフィアルは俯いたまま、じっと押し黙っている。彼女がヘンタイと呼ぶ人間がこの宮殿内にいるのはわかったが、誰かわからない以上、レイン達としても対処のしようがない。
「リーレン」
リーフが口にしたその名前に、フィアルはビクッと反応した。
「ヘンタイって、そいつ?」
「……黙秘」
「だって反応しただろ?」
「うるさいな、黙秘!」
フィアルは憮然としている。リーフはいつもはからかわれる立場だけに、この状況を面白がっている節があった。
「大体ここで私を姫って呼ぶのよしてよ」
「それもそうだよな、どうする?」
「おひーさん、もまずいよな……」
「レインと同じ様に呼べばいいんじゃないんですか?」
フィール。
フィアルはもともと姫と呼ばれることを好まない。昔からの習慣で姫になってしまっているものは仕方がないとさすがに諦めているが、大抵の場合こう呼べと言う。
「フィールか……なんっかこう妙な感じだよな……おひーさんはおひーさんだからなぁ」
「あのね、私をおひーさんなんて呼ぶのはゲオだけだって知ってる?」
「……そうだっけか?」
「自覚ないし……」
やれやれとフィアルは肩を竦めた。しかし思い出したかのように、全員を怒ったような目で見つめ返す。
「一つ言っとくけど、私はこれから逢う人間とは面識ないってことにしといてね」
「……リーレン?」
「具体名を言うな!とにかく無関係、初対面!いい!?」
「あのなおひーさん、理由を話したらどうなんだ、理由を。オレ達だって対処のしようってのがねえだろ?」
ゲオハルトの言い分はひどくもっともだったが、フィアルの答えはそれに反してやっぱり訳がわからないものだった。
「……だってヘンタイなんだもん!」
「……あのな」
「何よゲオ、あんた私がヘンタイの毒牙にかかって、ヘンタイの子供を身篭って、その子がノイディエンスタークの王になってもいいっていうの!?」
「飛躍すんな!なんだその未来の予言は!」
「……そういう発言をするってことは、やっぱり姫の言うヘンタイっていうのは男なんですね?」
キールの鋭い指摘にフィアルはウッとつまると、それ以上話すのをやめた。
よほどイヤなのだろう、この姫君がここまであからさまに態度に出すことは珍しい。それはそれで興味深いとキールはしみじみと思う。
その時、部屋の扉をノックする音が全員に聞こえた。
瞬間、フィアルの全身は傍目にもわかるほどに、ビクリと緊張した。
|
|
|
|
|