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- - - 第5章 竜騎士の恋4
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「宰相のリーレン・ワイヴルトです」

そう名乗った男はアゼル達より少し年上に見えた。30代であろうか。長身で細身、長い黒髪を後ろで一本に束ね、神経質そうにかけている眼鏡を手で少しあげている。
誰の目から見ても彼以上に宰相、と言う呼称が似合う人間もいないのではないかと思われた。

「わざわざのノイディエンスタークからのお越し、感謝いたします」
「いえ、もともとは我が国の不始末です。こちらこそご迷惑をおかけしました」

この面子で今この宰相に対応できるのはゲオハルトしかいなかった。レインとイオは論外だし、キールは知識はあるが、無愛想すぎて交渉事には向いておらず、リーフにそんなことができるわけもない。フィアルが一番適任なのだが、ことフューゲルにいたっては全くその気がないらしく、そっぽを向いている。

「ライーサの街におられたとか。直接聖玉宮にいらしてくださってもよろしかったのですが」
「いえ、いきなり事前に連絡もせずに訪問するのもどうかと思いまして」
「そうですか……お気を使わせてしまったようですね……申し訳ありません」

口調は穏やかだが何を考えているのかわかったものじゃない、とフィアルは思う。だからこそ視線を合わせるようなことをしてはいけない。極力フィアルは俯いて、リーレンの方を見ないようにしていた。

「竜騎士王ももうすぐ参られます。皆さんにお会いしたいとおっしゃりまして」
「竜騎士王が?」
「我が王は気さくな人でして、みなさんの戦いぶりを見てみたいようです。あの方も元々は勇猛な竜騎士ですから」
「宰相殿も竜騎士なのですか?」
「この国の男はみな竜騎士です。もっとも私はどちらかといえば頭脳労働専門なので、もう騎士とは言えないかもしれませんが」

リーレンが全員に視線を巡らせる。その瞳には探るような光が見え隠れしていた。こういう狡猾な面も一国を預かる宰相には必要なのかもしれないとキールは考える。他国との接点を持っていない、ノイディエンスタークという国が特殊ななだけなのだ。

「申し訳ないのですが、皆様の御名を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ああ……申し遅れました。私は剛のヴォルマイオス候家を預かります、ゲオハルトと申します」
「……ヴォルマイオス候?候爵自らがいらっしゃっているのですか?」
「我が姫は今回のオベリスク討伐は、各国と交わした大切な約束と考えておられますから」
「……そうですか、痛み入ります」
「そちらは裂のステラハイム候リーフ、隣が魔のファティリーズ候キール、フィール、レイン、イオは候家に縁の者です」
「女性の方もいらっしゃるのですか」
「彼女はこう見えてその……魔導の才能に秀でておりまして」
「そうですか、魔導の……」

じっとリーレンが自分を見つめている気配を感じたが、フィアルは顔を上げなかった。この青年の観察眼の鋭さはよく知っている。バレることはなくても興味を持たれでもしたらまずい。
リーレンの注意がまたゲオハルトとの会話に戻ると、フィアルは安心したようにふっとため息をつき、気づかれないようにリーレンを見つめた。

(……12年、か)

リーレンはあの時はまだ20歳を少し過ぎたくらいの若者だった。頭脳派ではあったけれど今のように宰相然とした雰囲気は持っていなかったし、眼鏡もかけてはいなかった。
10年以上もの歳月は人を変える。フィアルが昔のままではあり得ないように。全く変わらないものなど存在し得ない。

そんな風にぼんやりと考えを巡らせていた時、不意にリーレンがフィアルへ視線を動かした。





バチ!





効果音を付けるならこんな音だっただろう。バレるわけがないのに、リーレンは何故か驚いたように目を見開いたまま、固まっている。

「……宰相殿?」
「……」
「リーレン殿?」
「え……?あ、ああ、すみません」

ゲオハルトの声で我に返ったリーレンは、それでもフィアルから視線を外さなかった。

「フィールがどうかしましたか?」
「……いえ、その……見知った姿にあまりにも似ていたものですから……」
「見知った姿?」
「ええ、毎日嫌というほど見て……いえ、なんでもありません」

……毎日見ている。
どうやらバレたわけではないらしいが、あまりにも歯切れの悪いリーレンの様子にフィアル本人も眉根を寄せた。

「フィール様とおっしゃいましたか……どちらの候家に縁の方ですか?」
「オレの家です」

答えようとしたゲオハルトの言葉を遮って、リーフが答えた。今のフィアルはリーフと同じ色を纏っているのだから確かにリーフが答えた方が説得力がある。そう悟ってゲオハルトは言葉を噤んだ。

「フィールはステラハイムの娘です。何か問題が?」

リーフの強い言葉にリーレンが押し黙った。リーフは問題も多い性格だが騎士だ。主君であるフィアルを守ろうという心は、奥深くに刻み込まれている。

「……そうですか、ステラハイム候家の……当たり前ですね」
「……何だよ、わかんねえな」
「リーフ!黙ってろ!……申し訳ありません、侯爵とは言え何分若輩ものですので」
「いえ、失礼なことをしたのはこちらです、お気になさらないでください」

リーレンは目元に手をやって少しずれた眼鏡を軽く押し上げた。そのままペコリとフィアルとリーフに向かって頭を下げる。リーフはその様子に居心地が悪そうだったが、フィアルはリーレンの瞳がまだ何かを模索していることに気づいていた。

「絵姿が、あるのです」
「絵姿……?」
「フィール様によく似た女性の絵姿が、何枚かこの聖玉宮にはあるのです。その中の一枚がフィール様と同じ色で描かれているものですから、本当によく似ていて……驚いてしまいまして」
「それは興味深いですね……どこに飾られているのですか?」

この色の組み合わせは少なくともこの大陸ではステラハイムに縁の者でなければ現れない。その絵姿はステラハイムの娘の誰かを描いたものなのだろうかという疑問がキールの興味を引いた。

「王の間です」
「王の?」
「ええ……王がその絵姿を非常に……気に入っておられまして、私室に飾られているのです」

(……げ)

内心フィアルはそう思ってしまったが、顔には出さない。一瞬ピクリと反応したのを、後ろのレインには気づかれたかもしれないが、レインも感情を表に出すタイプではないので気にしないことにした。

「どうしてステラハイムの娘の絵姿なんかが、フューゲルにあるんだ?」
「いいえ、あれは別にステラハイム候家の娘の絵姿ではないのです」
「?」
「我々黒や茶色の髪の者にとって、金髪というのはどこか憧れのあるものでして。それでそんな色に……」
「……誰が描かせたんだ?そんなの」
「それは……」

……バアアアアアン!

リーフとリーレンが一瞬視線を合わせたその時、まるで蹴破ったようにドアが壁に叩きつけられた。
その場にいた全員が呆気に取られて見つめたその場所には、四方八方にツンツンと飛び出た黒髪の青年が仁王立ちしていた。
額にはフューレというフューゲル独特のバンダナのような布を巻いてあり、腰には剣が鎖と共に下げられている。

「ようようよう!出迎え、ご苦労!」

全員の驚愕したその視線をものともせずに、騒がしいその乱入者は、親指を立ててニッと笑った。