Clover
- - - 第5章 竜騎士の恋5
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「王!」

呆然とその乱入者を見つめていた面々の中で、一番最初に立ち直ったのはこの国の宰相たるリーレンだった。
しかしそのリーレンの口から発せられたその呼び名は、ますます全員を硬直させることになった。

「何をしていらっしゃるんです、ドアくらい普通に開けられないんですか」
「うるせえなぁ、硬いこと言うなよ」
「皆さんに失礼でしょう」
「あー、うるせー、うるせー」

リーレンの怒号をものともせずに部屋にドカドカと入ってきた彼は、目の前の椅子にドカッと座って全員を見渡した。ゲオハルトほどではないが背は高く、その体は鍛え上げられていることが服の上からでもわかる。年齢はレイン達と同じくらいに見えるが、子供のようにキラキラと好奇心をたたえたその茶色の瞳は、楽しそうに細められていた。

そんな彼の傍らにリーレンは移動して、フィアル達にもう一度軽く頭を下げた。

「大変失礼致しました、こちらの方が我がフューゲルの竜騎士王です」
「よろしくな」
「よろしくな、ではありません!ちゃんとご挨拶を……」
「お前はいちいち頭がかてーんだよ。そんなにかしこまんなくてもいいだろ?」

そのやり取りがあまりにもどこかの二人に似過ぎていて、全員がフィアルを見つめた。フィアルもその視線が何を言いたいのかをすぐに理解して、見んな、と嫌な顔をした。

「あの化け物を退治するんだろ?ワクワクするよな!?」
「王……これは遊びではなく……」
「俺も一回戦ってみたんだけどな?剣が全然通じねえんだよな、ありゃさすがに無理だ。でもそのおかげで魔導での戦いが拝めるんだから、ちょっとはあの化け物に感謝だな!」
「不謹慎なことを言わないで下さい……!」

ガハハ、と心底楽しそうに笑う竜騎士王に、神経質そうな宰相は頭を抱えた。どこの世界でも国のNo.2というのはこういう役回りなのだろうか。激しやすいアゼルと冷静なリーレンはまるで正反対だが、主が同じタイプだと自然と似て見えるものなのだろうか。

「そういや名前教えてもらっていいか?」
「え、あ、はい」

呆気に取られたままだったゲオハルトが順に全員を紹介していく。竜騎士王は一人一人と握手を交わして子供のように笑った。こんな無防備に笑われれば、誰もが彼に好感を持たずにはいられない。彼の圧倒的な存在感はその場を不思議に和ませた。

「……何をしているんですか」

最後に紹介されたフィアルの手を握ったまま離さない竜騎士王に、リーレンは眉根を寄せる。しかしその言葉にも関わらず、彼はフィアルの手を離そうとはしなかった。それどころかそのまま腕を持ち上げて、しみじみとその手を眺める。

「ちっちぇえ手だなぁ」
「……」
「いや、この聖玉宮ってあんまり女っ気がないからな、珍しいんだ」
「……離してもらえますか」
「いや、しばらくこのままで……」
「離してください」

フィアルは不機嫌そうな顔で呟く。それが聞こえていないかのように、竜騎士王はその手を離そうとしなかった。

「お嬢ちゃんも戦うのか?」
「……悪いですか」
「いやいや、いいぜ?人間の強さなんて見た目じゃわかんねえからな」
「……」

いつまでも手を離さない彼に、フィアルは仕方なく竜騎士王の横に座る羽目になった。リーレンの眉間にはますます皺が刻まれる。

「そうそう、言っておかなくちゃいけねえな。あの化け物は、青山に出るんだ」
「それはライーサの街で聞きました」
「野生の飛竜は竜の鬣半島にいるんだが、王族や重臣の騎竜は青山に住みかがあるから困ってる。もう3体以上の飛竜があの化け物にやられたんだ……可哀想に」

終始にこやかだった竜騎士王の顔が歪むと同時に、握られた手にグッと力が込められた。

「俺は竜が好きなんだ。飛竜王とも懇意だしな。今回のことでこれ以上犠牲が出ないようにと飛竜王も言ってたから、正直、来てくれて助かる、ありがたい」
「そう言えば、王の騎竜は飛竜王のお子だと聞きましたが」

受け答え担当のゲオハルトの言葉に、悲しげだった彼の顔が一転してぱっと明るくなった。

「エウロンのことか?そう、あいつは飛竜王の子なんだ」
「エウロン?」
「エウロンは飛竜王の子で、王の騎竜です。知能が他の飛竜より高いので話すこともできます」

リーレンが王の説明を淡々と補う。そんなリーレンを見て、怒りっぽい親友の顔を本格的に思い出し、ゲオハルトは少しだけノイディエンスタークを懐かしく思った。

「あの化け物が襲ってもエウロンなら大丈夫だとは思ってるが、用心にこしたことはないから、今はこの聖玉宮に来てもらってる。ここに来る前も一緒に飛んでたんだぜ?」
「また……視察にかこつけた散歩だったんですね」
「……いいじゃんか、ちょっとくらい。ずっとここにいたら体が腐っちまう」

その仕草が本当にフィアルに似ていて、キールは違和感を感じた。

「今日はとりあえずこの聖玉宮でお休みになってください。討伐は明日以降でもよろしいですか?ヴォルマイオス候」
「ええ、それはかまいません」
「簡単な宴の用意も致しますので、そろそろ皆さんを部屋へ案内させましょう」

リーレンは近くのベルを鳴らして何人かの使用人を呼んだ。部屋の準備は出来ているらしい。
正直、キールの体調を気にしていたゲオハルトには、この申し出はありがたかった。せめてもう一日くらい休めればキールも楽だろうと思っていたのだ。
案内されるまま部屋へ向かおうと全員が立ち上がる。竜騎士王が握り締めていたフィアルの手が、自然と離れた。
開け放たれたドアを出て左へ促されるままに進もうと足を踏み出した時、楽しげな声が全員の耳に聞こえた。





「待てよ」





振り返った先には、心底楽しそうな笑顔を浮かべた竜騎士王が立っている。そしてその視線は他の誰でもない、姫君の後姿に向けられていた。

「お前、俺のこと馬鹿だと思ってるだろ?」
「……」
「リーレンと俺は違うぜ?本気で気づいてないと思ってたのか?」
「……」
「なあ、フィーナ」





フィーナ。
その名前が呼ばれたその瞬間。





「ゲオ……!ごめんっ!」

太い腕をガシッと掴み、そのまま華奢な身体からは想像できない程の力で、フィアルは傍らにいたゲオハルトの身体を、後方にいた竜騎士王へと投げつけた。咄嗟のことにゲオハルトは抵抗も出来ず、そのまま彼の方へ飛ばされたが、竜騎士王はひらりとその攻撃をよける。よけられたゲオハルトは、そのまま廊下の床へとその大きな体を打ちつけ、声にならない悲鳴をあげた。

その間にそれこそ全速力で、フィアルは廊下を猛ダッシュしていた。

「待ちやがれ!」

少し遅れて、こちらも全速力でその後を追う。

「待てっ!フィーナッ!」
「誰が待つか!来んな!ヘンタイ!」
「誰がヘンタイだ!」

そう罵りあいながら、あっという間に二人は全員の視界から消えてしまった。後には呆然とその姿を見送った人々が残された。

「……フィーナ?」

リーレンの口から先ほど竜騎士王が口にした名前が零れる。その様子に今度はキールが眉根を寄せる番だった。フィアルは確かに、あの竜騎士王のことを「ヘンタイ」と言った。死んでも逢いたくないと言っていた相手が彼だったのだと言うことはそれでわかった。

「……彼女が、フィーナ?」
「どういうことです?」

キールは目の前の宰相を無表情に見やる。

「彼女はフィーナなのですか?」
「……言っている意味が俺にはわかりかねます」
「フィールではなく、フィーナ、なのでしょう?」
「何を根拠にそんなことを?」
「彼女は、フィーナです」

リーレンのきっぱりとした口調に、キールが目を見開く。

「12年前に父親と一緒にこの聖玉宮にいた、あの小さな娘です。王が彼女を間違えるはずがない」

リーレンの断言するような言葉に、その場にいた誰もが困惑した顔を隠せなかった。
内乱が起こった後、ノイディエンスタークを脱出して、戻ってくるまでの間、姫君が何をしていたのか知っている人間は、少なくとも今その場所には存在しなかったのだ。