- - - 第5章 竜騎士の恋7 |
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愛しくて、恋しくて、気が狂いそうになる時間を過ごして来たのに。
言葉はもどかしくて、それをうまく伝えられない。
* * * * *
「好きだ」
「……あのね」
「お前が、好きだ」
「……だから、人の話聞いてくれる?」
何度も繰り返される言葉に、フィアルは肩を落とす。それでも警戒心を抜かず、噴水を挟んでリンフェイとの間の距離を保った。
「……周りの奴等はもう忘れろと言った。夢を見ていただけなのだと。本来の王に戻っただけなのだと。でも俺にとってお前は夢じゃなく現実だ」
「……当たり前でしょう」
「フィーナ、お前はこの12年間、恋をしたか?」
「……どうしてそんなこと聞くの?」
「お前も経験したことがあるならわかってもらえると思ったからさ」
「何を?」
「―――――俺は、あの時お前を見て、落ちた。恋には……一瞬で、落ちる」
リンフェイは切な気に苦笑した。
その瞳の中には、12年前の少年が、そのままの形で住んでいるのだと、何故だかフィアルは思った。
しばらくの沈黙の後、フィアルは噴水の水越しに見える青年からそっと視線を外して、呟くように切り出した。
「どうして、私なの?」
「……?」
「リンフェイは仮にも……まぁ本当に仮にも王様でしょう?」
「……フィーナ、お前今微妙に棘がなかったか?」
「……そう?」
フィアルは苦笑して言葉を続ける。
「ヘンタイとは言え、王様で。しかもいいトシで」
「……あのな」
「釣り合う年齢の女の人なんて、選びたい放題のはずなのに、どうして?」
「どうして、そう思う?」
「私はリンフェイより10歳近くも年下だし、素性だって知れないし、おまけにどこにいるかも今まではわからなかったはずでしょ?」
そこまで言うか、とリンフェイは困ったように笑う。そして優しい瞳でフィアルを静かに見つめた。
「理由が必要か?」
「……」
「俺がお前に惚れてる。それに年齢や身分が関係あるのか?俺がそんなことで惚れる相手を選ぶような男に見えるのか?」
「……リーレン達が許さないでしょ?」
「他の誰が何と言っても、俺には関係ねえよ。俺はお前に惚れてる、そのことを誰に恥じる必要があるってんだ」
真っ直ぐな瞳と一点の曇りもない、純粋で一途な想い。
リンフェイがフィアルに向ける気持ちは、あまりにも正直すぎて、それ故にフィアルをますます追いつめるのだと、彼は気付かない。
(「怖い」)
(「どうした、フィーナ?」)
(「私、イヤ。ここにはいたくない」)
そう言って懇願した、あの日。 フューゲルを去ったのは、リンフェイの強引な行為が原因ではない。その真っ直ぐさこそがフィアルには恐ろしかったのだ。
(綺麗過ぎるもの)
(私とは対極にありすぎるもの)
(それを、心のどこかで私は憎んで、恐れているから)
フィアルはそのままふと目を閉じた。この青年は何も変わらない、別れたあの時のままだ。
12年前、この宮殿にいた時にはもう既に心の中に闇を飼っていた。それから今までの時間の間に、それはもっと大きくなった。
リンフェイが完全な人間だなんて思わない。彼にもこの年月の間にいろいろなことはあったはずだ。内乱に近い状態だったフューゲルを建て直し、ラドリアの脅威にさらされながら国を守ることは、そんなに簡単なことではないことも、同じ国を治める者として、フィアルにはよくわかっていた。
それでも彼の根底は変わらないのだ。リンフェイの心の強さが、きっとそれを可能にしている。
―――――ふわっ……。
考え込んでいたフィアルの身体を、背後から伸びてきた手がそっと包んだ。瞬時にフィアルの瞳が開かれる。その視線の先に、先ほどまであったはずの青年の姿はなかった。
「……リンフェイ」
「逃げるなよ、何もしない」
リンフェイは大切なものを守るかのように、柔らかく彼女を後ろから抱きしめていた。小さく華奢な身体は大柄なリンフェイの腕の中にすっぽりと納まってしまう。
「……大きくなったな、フィーナ」
「……もう、8歳の娘じゃないもの」
「あの頃はもっと小さかった。背も俺の腰までしかなかった」
「比べる対象が昔過ぎるのよ……」
ため息をつくフィアルに小さく笑って、リンフェイはその肩口に顔を埋めた。噴水から飛ぶ細かい水飛沫が一瞬だけ頬に当たる。
「―――――10年以上……ずっとずっと探していたんだ、お前だけを」
「……」
「……逢いたかった……!」
リンフェイの腕に力が篭る。埋められたままのリンフェイの表情を知ることはできないが、とても切ない顔をしているだろうことは、心の底から搾り出したようなその台詞で窺い知ることができた。
フィアルは力を抜いて空を仰ぎ、そっと目を閉じた。そのままゆっくりと重心を後ろに預ける。肩口に埋められたリンフェイの顔がピクリと震えた。
風が優しく二人の髪を揺らす。今の時季、フューゲルの風は冷たい。
「―――――……?」
―――――ふと感じた違和感にフィアルは眉を顰めた。
「……ん〜」
「……ちょっと」
「……ん?」
「この手……何?」
「うん、まぁ気にすんな」
気のせいだろうか、肩を抱きしめていたはずの手が徐々に下がっている。右手が胸で止まり、左手がそれよりさらに下に向かっている。
「リンフェイ……」
「うん、ほんとに成長したなぁ、フィーナ」
「……」
「俺は嬉しいぜ、男冥利に尽きるな」
「……こっの」
バッと手を振り払って、フィアルは怒りを浮かべた瞳をリンフェイにぶつける。
「―――――いっぺん死んで来い!このどヘンタイ!」
「ぐわっ!!」
バチーン!バチーン!ドカッ!ドスッ!ベキッ!
往復ビンタに鳩尾、腹、よろけて倒れかけた後頭部にトドメの一発。
―――――撃沈した竜騎士王を、光の巫女姫は絶対零度の視線で見下ろした。
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