Clover
- - - 第6章 竜の鬣2
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―――――青山。

聖玉宮の人々の騎竜が住まう青い鉱物でできた小さな山である。聖玉宮の裏手、まさに目と鼻の先といったところに位置している。竜の山、青い山、と呼ばれ、許可がなければ立ち入ることを許されない聖地だ。

(―――――禍々しい……)

近づく度に強くなる魔の魔導の気配にキールの顔が歪んだ。
今までのニ体とは比べ物にならない程の強い気が、その山全体を包んでいる。聖地と呼ばれる場所には、あまりにも似つかわしくないものだ。

「……感じる?」
「……姫」

先頭を駆けていたフィアルが、速度を緩めてキールの隣についた。視線は真っ直ぐに目の前の青山に向けられたままだ。

「核が違うの」
「……え?」
「今回の核は、竜なの」
「……竜……?」
「飛竜の子よ……だからあんなに魔導力が大きい」

竜はこの大陸では至高の生物である。飛竜は、四元素の竜に比べたら確かに位は低いが、属性として風竜と地竜の間に位置している。しかし、竜という存在であることに変わりはない。
それが核になったオベリスクの魔導力がどれほどのものなのか、正直に言えばキールには想像がつかなかった。

(―――――力が、足りない)

ファティリーズの力を一番濃く受け継いだのは、やはりシオンなのだと思い知らされる。前ファティリーズ侯が死に、シオンが大地によって追放された後、ファティリーズ侯であることを示す紋章は確かにキールに現れたが、それは生き残ったファティリーズの血族の中で、たまたまキールが一番魔導力に優れていただけのことで、シオンには遠く及ばないのだ。大地の加護がなくなっても尚、これだけの魔導生物を作り出すだけの力を持っている兄に、キールは嫉妬にも似た思いを抱かずにはいられなかった。

(―――――力が欲しい)

隣を駆ける姫君の姿を、気付かれないようにちらりと見やる。今は濃い色に染められているが、彼女を本来彩る淡い色彩が、キールは好きだった。

(この人を守れる力が)
(この人に悲しそうな笑顔などさせない力が)
(―――――俺は)

一角獣を操るための手綱に思わず力が篭る。そんなキールの様子を見て、フィアルは俯いて小さく笑い、キールを真っ直ぐに見た。

「……要らないものよ?」
「……え?」
「強すぎる力は、要らないものなの」
「姫……」
「キールは、それでいいって、言ったでしょう?」

―――――シオンを討てる?
シュバルツで尋ねた彼女に、キールはわからないと答えた。そんな彼にフィアルは確かにそう言ったのだ。

「……でも、このままでは俺は貴方を守ることができません」
「守って欲しくなんてないわ」
「……でも俺は」
「キール」

見て、とフィアルは前方の山を指差す。

「わかるでしょ?あの山が何でできているのか」
「……ハドラル……ですか?」
「そう。竜の鬣半島からこの辺り一帯は、ハドラル石が多く産出される場所なの。その最たるものがあの青山よ。ハドラルがどういう性質を持つのか、知っている?」
「……魔を払う石……ですね」

ハドラル石は、魔除けの石として守り石にも使われる美しい青い石だ。赤い山肌の土地の多いフューゲルでは、まるで反比例するような色のその石を装飾品として身につけるのが常だった。今もリンフェイやリーレンの耳にはそれが光っている。

「魔の属性が一番不利になるあの山にあって、これだけ魔の気配がするのよ?それだけの力を持ったオベリスクだってことなの」
「……そうですね」
「そんなものをシオンだけで本当に作れると思う?」
「……?……どういう、意味です?」
「シオンはノイディエンスタークから追放された時点で、その持っていた魔導力は半分以下にまでなったはずよ。そして使えば使うほどそれは減っていく……大地の加護がないから。でも今の行動を見る限りそうは思えない……何故なのかしら?」

大地の加護がないのに枯渇することのない魔導力。普通ならありえない、その力のその源となるもの。
―――――その原因に思い当たったキールの顔から、瞬時に血の気が引いた。

「まさか……」
「そのまさか、だと思うわ」
「アドラの杖……?あれを……兄上が?」

アドラの杖は遥か昔、魔竜の血から作られたとされる真紅の魔水晶をはめこんだ杖である。その所有者の魔の力は無限となるが、代償を必ず必要とすると言われ、ずっとノイディエンスタークの神殿奥深くに封印されていたはずであった。

「内乱の後、アゼルといろいろ調べては見たけど……封印されていたはずのものが幾つかなくなってたわ」
「他にも……?」
「内乱は権力に目の眩んだバカな神官の起こしたものだったけど……シオンが権力に興味を持ってたとは思えないの。シオンは最初から……もしかしたら、封印されたそれらが欲しかっただけなのかもしれない。自分の魔導力を最高のものにするために」
「……」

―――――あの兄なら。
自分の魔導力に人一倍固執していたあの兄なら、そうなのかもしれない。いや、きっとそうなのだ。

「―――――強すぎる力は……人を狂わせるわ」
「姫……」
「だから……キールはそのままでいて」

……ね?とフィアルは微笑む。
このままでいい……そう、このままでいいのだ、自分は。
この人が、それを望んでくれている。それならば……それでいい。

キールは姫君の言葉に無言で頷いて、そしてとても穏やかに笑った。


* * * * *


(「あそこです、竜の姫君」)
(「ありがと、エウロン」)

青山の中腹の平坦になっている場所に、エウロンに先導されながら、一向は降り立った。その奥には奥へと続くくらい洞窟がぽっかりと口を開けている。そこから溢れる魔の魔導の気配に、感受性の人一倍強いリーフは頭を抱えて座り込んでしまった。

「……なんだよこれは……ヤバイぜ、ここ」
「おいおい、どうしたんだよ、坊や」

いきなり黙ってしまったノイディエンスタークの面々に、リンフェイがのん気に声をかけた。坊や、と呼ばれたことにカチンと来たのか、リーフは怒りの色を瞳に浮かべる。

「あーやだやだ、これだから鈍感な人間は……」
「はぁ?誰が鈍感だって?」
「お前だよ!この強烈な魔の魔導の気に少しも気付かねえ、お気楽な王様だよ!」
「……そこ、やめ」

不毛な言い争いになることを見越して、フィアルは鶴の一声を発した。その途端にぴたりと動きを止めた二人を見て、

(……忠犬?)

とフィアルは思ってしまったが、賢明なことに口には出さないでおく。

「しかし……すげえな、こりゃ……洒落になんねえかも……」
「なんというか……みなさんほどはわからないですが……禍々しいものは感じます」
「レインもわかるか?」
「ああ……」
「なんて言うか、お前達……すっかりノイディエンスタークに染まりつつあるよな」

ゲオハルトは呆れたような、諦めたようなそんな顔で笑う。そう言われて、レインとイオは思わず顔を見合わせた。確かに当初はわからなかった魔導の気配を感じ取れるようになっているのは確かだった。

「と……言うより」
「お、宰相殿」
「これだけ不穏な気が溢れていれば、ノイディエンスタークの人間でなくても気付きますよ、普通は」
「……それってアンタの主が、鈍いって認めてるのと同じだぜ?」
「あの方は周りの気を読む、って能力が皆無なんです。期待するだけ無駄です」

リーレンの物言いは既に諦めきったもので、いかに今まで無駄な悪あがきをして、ことごとく裏切られてきたのかを如実に語っていた。

「アンタも苦労人だな……誰かを補佐するってのは大変なことなんだな、イオ」
「どうして私に振るんです、ゲオハルト殿」
「まぁお前の場合、主がわりと常識人だからな。うちのおひーさんとかあの竜騎士王が主じゃ大変だ。なんてったって俺達の常識とおひーさんた達の常識は、甚だしく遠いところにある」
「……その通りです。私も1度ノイディエンスタークに行って、神官長様と話をしてみたいですね」

これから乗りこんでいこうという青い洞窟の前で、なんでこんな世間話をしているんだろう、とレインは思ったが顔には出ない。案外この無表情も便利なものだと思う。
洞窟の前では未だに小声で何かを言い争っているリンフェイとリーフ、そしておそらくこれからのことを話し合っているキールとフィアルがいた。

『どうしました?レイルアース王子』

突然隣から聞こえた声に振り返ると、エウロンがレインのすぐ側まで顔を下げてきていた。

「何故……?」

レイン、という呼び名はフィアルとの会話の中で知ったかもしれないが、レイルアースという本当の名を教えた覚えはない。その心を見透かしたかのように、エウロンは言葉を続けた。

『貴方のことは風の噂で聞いています。もしもフューゲルにラドリアが侵攻しても、貴方だけは敵に回したくないとリンフェイも言っていました』
「……竜騎士王も、知っているのか」
『リンフェイは表面上は愚鈍に見えるかもしれませんが、中身までそうではないのですよ?』

レインには隣にあるエウロンの顔が、苦笑したように見えた。その仕草には、リンフェイに対する親愛が感じられた。竜という存在に実際に触れるのはエウロンが初めてだが、これほどまでに慈愛深い存在なのかとレインも少しだけ表情を緩ませた。

「そろそろ行くぞ」

キールの呼ぶ声がして、全員が洞窟の前に集まる。その強い魔導の気配に全員の顔が緊張しているというのに、リンフェイだけが、子供のように目をキラキラさせて、期待に胸を膨らませているように見えた。

「リンフェイ様、遊びではありませんよ?」
「そうは言ってもさ、見てみてえんだよ、ワクワクすんだよ!」
「だから遊びでは……」
「それによ」

リンフェイは笑いながら、フィアルを見つめた。フィアルはきょとんとして、首を傾げる。

「―――――フィーナがいるんだ。飛竜の子は、助かる。そうだろ?」

信じて疑わない茶色の瞳は、真っ直ぐ過ぎて少々居心地が悪い。しかしフィアルは、ビッ!と親指を立てると高らかに宣言した。

「当たり前でしょ!だ・れ・が、やると思ってんのよ。私よ私、この神様俺様フィアル様よ!」

その言葉に、さっとその場の空気が和むのを感じて、竜騎士王の騎竜は、嬉しそうに目を細めた。





救ってください。
貴方が本当に、竜の姫君ならば。
―――――あの憐れな竜の子を助けてください。