Clover
- - - 第7章 父と娘5
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フィアルとレインが出て行った後、残った4人はオベリスクの情報を集めることにした。
ゲオハルトとイオ、キールとリーフという二手に分かれて街へ出る。そしてリーフ達はフィアルの言ったとおり、サンドラという占い師を探すことにしたのだ。姫君の話では、その占い師は大通りから一本入った裏通りにいるということだったので、とりあえず大通りにある店の店員にそれを尋ねると、拍子抜けするほどあっさりと、その居場所は判明した。

「なんだかあっという間にわかるもんだな」
「……姫がヒントを残してくれたからだろう」
「それもそうだけどよ……でもそんな占い師に聞かなくても、ゲオハルト達みたいに政治街で聞いた方が早かったんじゃねえの?」
「……お前も脳味噌が、あの筋肉バカと一緒だな」
「ああ!?」

やれやれ、と言った風なキールに、リーフの眉がつり上がる。キールはそれを視線で流して続けた。

「この国はな、元々商人の国なんだ」
「……それがどうしたんだよ」
「政治街に行って、情報教えてくれなんて言ってみろ、法外な情報料をふんだくられるのがオチだ。政治家だからって、そう簡単に教えてくれるほど、この国の人間はバカじゃないんだ」
「だって公僕だろ!?それなのに金取るのか!?」
「ノイディエンスタークだったら追放モノかもしれないが、この国ではそれが普通なんだ。与える者に、与えられる者はそれ相応の報酬を支払うのがこの国のルールだ。国によってその制度も違う。ノイディエンスタークの常識だけじゃ通用しない」

淡々と語るキールに、リーフは目を丸くした。
実際問題として、ノイディエンスタークの13諸侯の内、フィアルと、情報収集も任務とする風隊を率いるシルヴィラを除いた侯爵達は、ノイディエンスタークを出たことがほとんどない。内乱の前はまだ誰もが幼かった。最年長の地のフレジリーア候ヴォルクでさえまだ14歳だったのだ。内乱が起こってからはそれどころではなかったし、内乱が終わった後は、大地の結界によって鎖国状態だったわけであり、国外に出る必要性がなかった。
しかしキールは、実際に経験したことはなくても、知識としてそれを知っていた。

「……オレ、ちょっとは勉強した方がいいのかなぁ……」
「……そうしろ」

呆然と呟いたリーフの頭を、少しだけ目を細めて、キールはポン、と叩いた。
その何気ない仕草はリーフに、慕っていたスレイオス侯爵家の青年を思い出させて、少しだけ目頭が熱くなる。彼も知識豊富な優しい青年だった。内乱の中で散った、イシュタルの双子の兄だ。

「行くぞ」
「あ、待てよ!」

裏通りに進むキールの背中を、リーフは慌てて追いかけた。その後姿に、一瞬、銀色の髪と水色のマントが重なって見える。キールと彼は似ていない。彼はこんなに無愛想ではなかったし、もっと柔らかな雰囲気だったはずだ。

―――――けれど。

その凛とした、迷いのない背中だけは、同じだったのだ。
……憧れ続けた背中だけは、同じだったのだ。


* * * * *


裏通りは、大通りから一本入っただけだというのに、路地が入り組んでいてわかりにくく、どこか陰鬱とした感じがする。その一角にある小さな階段に腰掛けた老婆、それがサンドラだった。
占い師というわりには、水晶も、占具も何も持ってはいない。頭からかぶった薄汚れた黒いローブの下から覗く目はギョロリとしており、どちらかというと気味が悪かった。

「……ノイディエンスタークの子だね?」

気後れして近づくのをためらっていたリーフを置いて、ツカツカと近づいたキールを見やって、サンドラは唐突にそう切り出した。

「……おわかりになりますか」
「わかるさ、アンタ達からは魔導の臭いがプンプンするよ。フィーナ達と違って隠してもいないようだしね」

サンドラは小さく笑う。イヒヒ、としか表現しようのない、そんな含みのある笑いだった。しかしキールはそんなことには頓着せず、そのままサンドラに話しかける。

「お伺いしたいことがあるんです」
「おや、唐突だね。……でもあたしにはわかっているさ、坊やが何を聞きたいのか」
「わかっておいでですか……」
「オベリスクだろう?……そうだろうね、そうだろうさ。あの化け物について聞きたいんだね?」

キールは無言でコクリと頷く。サンドラは左手で持っていた古ぼけた杖を、右手へと持ち替え、その先端を撫でた。まるで愛しい子供の頭を撫でるような仕草で、一瞬キールはそれに目を奪われる。

「報酬はいらないよ……フィーナには義理があるんでね」
「……彼女とは……」
「知っているよ。あの子は重い荷物を背負っちまった娘だからね。……あたしはね、それでも曇らないあの目が好きなのさ。だから特別に教えてあげるよ。オベリスクのことをね」

サンドラの言葉に、少し離れて様子を見ていたリーフが、キールの側まで駆け寄った。サンドラの眉が面白そうに少し上がるのを、キールは目をそらさずに見つめる。

「オベリスク……この国のオベリスクは地下にいるんだよ」
「……地下!?」
「そうさ、金髪の坊や。この街は都市として発達したからね、地下に下水道が通ってるのさ。その一角、評議会堂の地下に巣食ってるんだよ、あれはね」
「評議会堂の地下……」

キールはゆっくりと顎に手をやった。何か考え込むときの彼の癖だ。

「どこかから地下道を歩いていくしかない……?」
「地下には何もないなんて思うんじゃないよ?坊や達。リトワルトの地下にはいろんなものがある。ギルドもしかりさ」
「……ギルドって何だ?」
「集まりさね。盗賊や暗殺、そんな人前ではおおっぴらに出来ない職の奴等が集う場所さ。地下にも勢力争いがあるんだよ、この国はね。……まぁ詳しいことはフィーナに聞きな。あの子が一番よく知ってるさ。どのエリアにどのギルドがあるかってことも、あの子なら知ってるよ」

サンドラは皺だらけの顔をくしゃっと歪めて笑った。結局は姫に戻るのか、とキールはため息をつく。彼女の背負う負担を少しでも軽くしたいと思うのに、最後には彼女が鍵を握っているのだ。
しかしとりあえず居場所はわかった。後は姫君と合流した後、どこにギルドがあるのかを把握して、辿り着くルートを模索するしかない。

ありがとうございました、と礼をして歩き出そうとしたキールの背に、サンドラの低いしゃがれた声が掛けられた。

「……お待ち」
「……?」
「アンタだよ、栗色の髪の坊や」
「……何か?」

首を傾げて振り返ったキールは、意外なサンドラの真剣な顔に言葉を失った。

「アンタ、狙われてるよ」
「……え……?」
「紫の影がアンタを狙ってる。すぐ側まで来てるよ、用心おし」
「……なんですか、それは」
「そこまではあたしにもわからんさ。……けど見えるよ、アンタが紫の影にじわじわと取り込まれていくのがね。アンタによく似た魔の波動だよ……」

―――――よく似た波動の、紫の影。
そう言われて思いつくものは、キールには一つしかなかった。

(兄上が俺を狙ってる……?)

魔導にしか興味のないあの兄が狙うとするなら、姫本人ではないかと、キールは思っていた。だからこそ彼女が一人で行動することに難色を示したのだ。今回はレインが何故かついて行ったので安心していたのだが……。

(俺を狙ってどうする気だ……?)

あの兄の考えることは、キールにはよくわからない。それだけは昔からずっと変わらない。

「気を付けるんだよ、坊や。アンタがフィーナを……あの娘を大事に思うなら、尚更気を付けな」
「……ご忠告……感謝します」

そう言って、キールはサンドラに今度こそ背を向けた。話を聞いていたリーフが、心配そうな顔で着いて来るのに気付いてはいたが、今はそれを思いやっている余裕がキールにはなかった。


* * * * *


裏通りを大通りへと急ぎ足で戻る。、無口になって真っ直ぐに歩いていくキールの背中を追っていたリーフは、その敏感な感覚で、その気配に気付いた。

「……キール」
「……なんだ?」
「ヤバイ……囲まれてる」

言われて辺りを伺うと、確かに数名の気配に二人は囲まれていた。

(「気を付けな……すぐ側まで来てるよ」)

今しがたのサンドラの言葉が頭の中をよぎる。こんなに入り組んだ路地での戦いは明らかに分が悪い。

(落ち着け……)
(どうする……?)

キールが考えようとしたその時、目の前で濃紺のオーラが柔らかく放たれた。ハッとして顔をあげると、リーフが剣を抜いて、ルーンを唱えているのが視界に入る。

「……バカッ!こんなところで魔導を使うな!」
「何でだよ!お前、状況わかって言ってんのか!?あのババアも言ってただろ!?狙われてるのはお前だぞ!?」
「だからと言って、こんなところで魔導を使ったら……!」
「オレはイヤなんだよ!」

リーフの叫びに、キールは一瞬動きを止めた。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいたのだ。

「オレは何もできないのはイヤだ!もう……イヤなんだ!オレとイシュタルは、あの時イザークに守られるだけだった!二度とそんなことはしたくない。オレは、オレの力で仲間を守る!それの何が悪い!」
「リーフ……」
「……お前が死んだら、悲しむ人間がいるんだぞ。姫も絶対悲しむ。それでいいっていうのかよ!他人の心配より自分の心配しやがれ!」

確実に自分達に迫ってくる気配はおよそ10人。魔導の気配は感じない……魔物ではない、人だ。おそらくシオン達が雇ったプロの殺し屋か何かだろう。自分を睨み付けて来るリーフをぼんやりと見やった後、キールは腰の剣に手をかけた。

子供っぽくて、自分の感情を殺すと言うことを知らない馬鹿だと思っていた。でもそれはきっと、シオンがキールを見ていたのと同じ、穿った見方だったような気がする。自分が、シオンが思うほど愚鈍ではないように……リーフもそうなのかもしれない。自分とは考え方は相容れないけれど、こういう人物もノイディエンスタークには必要なのかもしれない。

「……被害は最小限に留めろ」
「おう!了解!」

どこまでわかっているのか。そう思いつつ、キールは剣を持ったまま、結界のルーンを唱える。この辺りには市民が普通に暮らしている、巻き込むわけにはいかない。建物の損壊は少々大目に見てもらおう、と心の中でだけ密かに懺悔する。
背中合わせに剣を構えた二人の視界に、黒いマントの男達の姿が入ってきた。ざっと見たところ、予想通り10人だ。

「……オレ達にケンカを売ったことを後悔させてやろうぜ?キール」
「……ああ」

男達が懐から、ギラリと光るナイフや剣を取り出した。その目には怪しい光が宿っている。キールにはそれが、薬物中毒者独特の目だとすぐにわかった。
その中で一際背の高い男が、パチン、と指を鳴らした直後、全員が一斉に二人に襲いかかる。リーフは高く宙に飛び上がり、男達の数人に向かって、裂の魔導剣を放った。濃紺の波動が男達を跳ね飛ばす。そのままひらり、と地上に着地すると、休むことなく第二波を放った。バランスを崩し、壁に叩きつけられ、男達は倒れ伏した。

「何だ、あっけねえなぁ」
「……油断するな、リーフ。あいつらは薬を打ってる。痛みなんて感じてない。何度でも立ち上がってくるぞ」
「……マジ?」

よく見ると男達は、普通の人間なら気絶しているような衝撃なのに、わらわらと起き上がっている。その様子にリーフはぞっとしたような顔を見せた。これではキリがない。トドメをささない限り、終わらないではないか。
クッ……という小さな声を発して、リーフが剣を構えなおすと、低い響き渡るような声がキールに問いかけた。

「……ファティリーズ侯爵」
「……」
「無駄な抵抗は止めて、我々と共に来ていただきたい」





―――――黒衣から覗いた男の左眼には、斜めに走る傷があった。