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- - - 第11章 四大竜王3
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竜の角半島の突端にある、海を臨むその一際高い山の中に、四大竜王の住まう洞窟はあった。

人間には元々優しくない土地である。

海から吹き上げる風は強く、岩肌がむき出しになっており、内部には溶岩の燃える灼熱地獄さえ存在する。そんな中を、見張りの竜達に挨拶しながら、フィアルは迷うこともなくずんずん進んでいった。それに少し戸惑いながら、レインとネーヤはついていく。
中は迷宮のようになっており、魔導で目くらましもかけられているようだったが、フィアルには正規の道がわかっているようだった。

「……普通に来たら、絶対に迷いそうだな」
「レイン……普通だと、絶対来れないから、心配しなくても大丈夫よ。ここに近づこうなんてしたら、他の竜から攻撃されても文句言えないしね。今回は私がいるから入れるだけだし」
「……ノイディエンスタークの大神官はそんなに竜王と懇意なのか?」
「懇意っていうか……四元素の竜王になる竜って、基本的には大神官と一緒に生まれるから」
「……は?」

訳がわからないといった声を出したレインに、フィアルは足を止めた。ネーヤも首を傾げている。とりあえず簡単に説明を済ませてしまおうと思い、フィアルは手近にある岩に座るように、二人を促した。言われるままに二人が腰を落ち着けたのを見ると、フィアルはおもむろに話し出した。

「この世界に大陸は3つあるわ。一つが私達のいる竜頭大陸、そして竜身大陸と竜尾大陸。その中でも竜族は、竜頭大陸にしか生息できないの。これはまぁいろいろな要因があるんだけどね。でもこの竜頭大陸においても、その生息地は限られているの。フューゲルの竜の鬣半島に飛竜がいる程度で、その他の竜族の殆どがこの竜の角半島に住んでることは知ってるわよね?」

フィアルの言葉に、レインはつい先日会った飛竜王を思い出し、無言で頷いた。それを確認すると、フィアルは話を続けた。

「竜族は通常、卵で生まれるわ。産卵地はラドリアのはるか西にある冠竜島。大体が四元素のどれかの属性を持つけれど、飛竜、翼竜なんかもいるわ」
「飛竜は……風の属性、か?」
「正確には風と地の中間、ってところかな。四元素の竜に比べて、身体も小さめだし、知能も低いことの方が多いし」

フィアルは手近の岩に浅く腰掛けて、足をぶらつかせた。

「まぁ普通はそうやって竜っていうのは生まれるものなんだけど……例外があるのよ」
「例外?」
「ノイディエンスタークの大神官となるべき者が生まれる時に、その魂を分かち合って生まれる場合よ。その場合、生まれるのは必ず四元素の正統な竜で、大神官とは逆の性別って決まってる。そうして生まれた竜は、大神官の守護竜になって、大神官が自然に寿命尽きて死ぬと同時に、その役目を終えるの。もしも大神官が自然ではない形で死に至った場合は、守護竜も命を落とすというのが理よ」

驚いたように目を見開いているレインに、フィアルは小さく笑いかけると、言葉を続けた。

「大神官の守護竜として生れ落ちた竜は、その力が半端じゃなく強大でね。その元素の竜王となる資質を持っているってことから、偉大なる竜を生み出すとして、竜族は大神官一族に大きな親愛を寄せているってわけ。それが、代々ノイディエンスタークの大神官だけが、この場所に立ち入りを許されている理由よ」
「じゃあ、現在の四大竜王も……?」
「元々は大神官の守護竜だったってこと」

私なんてそれ以上の竜を産んじゃったから、ますます珍重されてるけどね、とフィアルは悪戯に笑った。
その様子に……彼女を竜の姫と呼んだ飛竜の王の言葉の意味を、レインは今ようやく理解したような気がした。

「ちなみに私の父様の守護竜は風竜で、私の守護竜は知っての通りの神竜。何か質問は?」
「お前……普通に凄い奴だったんだな」
「―――――なんか引っかかる関心のされ方だけど……まぁいいや」

一瞬納得がいかないというように顔を歪めたフィアルだったが、ひょいっと座っていた岩から、勢いをつけて立ち上がった。

「行こっか、皆待ってる」
「……フィーナは……竜王と会ったこと、あるのか?」
「……あるわよ、バリバリに。はっきり言って実際に逢うとね、竜王ってものに対して持ってるイメージ、180度ひっくり返ると思うな」

ネーヤとレインは顔を見合わせて、お互いに首を傾げた。そんな二人の様子に、フィアルは微笑む。

「私の知る限り、奴等は」
「……?」
「偏屈頑固者と、ふらふら風来坊と、笑う無関心と、燃える料理人ね」

―――――その言葉は、二人にはもちろん理解できなかった。


* * * * *


四大竜王の住まう洞窟の奥には、四つの神殿のような建物がある。
その属性に合わせた色、環境が完全に整えられた神殿は竜王達の住居であり、その四つの神殿を繋いだ中心部には、美しい泉がその水を湛え、その中央に水晶で出来た美しい塔がそびえ立つ。
―――――『竜宮』と呼ばれる場所である。
光の属性を持つ全ての竜族の王、神竜の住まう場所。竜族にとっての最高の聖地とも言えるその塔に今、主はいない。

洞窟内をまた小一時間程歩いた後、フィアル達はその塔を視界に入れることが出来た。

「……あれは……何?」

洞窟に入ってずいぶん経つのだから、かなり地下にいるはずなのに、その塔の上部からはまばゆい光が降り注ぎ、水晶に反射して柔らかな光を放っている。それに目を細めたネーヤの問いに、フィアルは進む足を止めないまま答えた。

「あれは『竜宮』……神竜の住まう場所よ。その四方に四大竜王各々の住む神殿があるの」
「……こんな地下に光が……?」
「神竜は光を司る竜だもの。不思議じゃないでしょ?竜王達の神殿も、やっぱりその属性に合わせた作りになってるのよ……まぁ自分達で作ったわけじゃなくて、その属性の精霊達が作るんだけどね」

竜に合わせてるから、入口も何もかも大きいのなんのって……とフィアルはため息をついた。それもそうだろう。人間と同じサイズで作っては、竜は生活できるはずが無い。そう言えばハドラル石で出来ていた飛竜王の神殿もやっぱり全体的に大きかった気がする。
そんなことをレインは考えながら、姫君についていくように進んでいくと、美しい銀色の神殿から、『竜宮』へと伸びる透明なきらきらと光る道があった。

「ここは、水竜王の神殿。中央の『竜宮』へ続く道は、各神殿から一本しかないの」
「……?逢っていかないのか?」
「ん、今はここにはいないと思うから。四頭揃ってきっと『竜宮』で待ってるはずよ」

フィアルは迷う様子もなく、その透明な道へと足を進めた。透明であるのにそれは確かに存在しているらしく、彼女が乗ってもびくともしない。そんな彼女に続いてレインとネーヤも歩を進める。
『竜宮』の周りに佇んでいる水は、どうやら普通の水ではないようだった。ごく細かい粒子の輝く粉が混じっているように、少しの光でも輝いている。まるで幻想的な物語の中の世界のようで、レインは言葉も出ない。

水晶の塔は進むたびに視界に大きくなり、やがて三人はその入り口へ辿り着いた。
フィアルがその水晶に手をあて、竜の言葉で何かを呟く。

(「―――――全ての精霊、竜の名を継ぐ王として、我は命ず」)

触れていた部分が淡い白金の光を放って、その存在を消した。フィアルが唱えた言葉は、レインやネーヤにはわからなかったが、この塔へ入るための開錠の言葉であったことは明白だった。
コツン、コツン……と足音が奇妙に響くその回廊もまた水晶でできている。広いその回廊を声もなく進んでいく途中、フィアルが緊張感のない声で切り出した。

「なんていうか……本当に竜のための場所なのよね、ここ」
「……?どういうことだ?」
「これよこれ」

ガツン!とフィアルは足元の床を蹴飛ばした。やっぱり足癖が悪い、悪すぎるとレインは心の底から思う。

「床がどうかしたか?」
「見てわかんない?透明でしょ、これ」
「……それだと何か問題が?」
「そりゃレインやネーヤはいいけどね……私が今もしドレスなんて着てたとしたら、丸見えじゃない?」

(―――――あのな……)

そういう問題じゃないだろう、とレインは思う。大体ドレスなんてものを着て、あの洞窟をどうやって進んでくるというのか。大きなため息と共に肩を落としたレインに反して、ネーヤは不思議そうに首を傾げた。

「丸見えって……何が?」
「そりゃ、下着でしょ」
「それが見えると……何かあるの?」
「ん〜……ネーヤにはまだわかんないかなぁ?身体は成長しても心が大人にならないとね。普通の男の人はね、女の人の下着を見るとムラムラするものなのよ?」
「むらむら?」

―――――前にアゼルが言っていた。
この姫君に足りないのは、羞恥心と痛覚だと。
それを今、レインは嫌と言うほど実感している。そしてその横の少年が、本当に本当に純真無垢であることも強く自覚させられた。この少年が普通の男性が持つ感覚を知るのは、まだまだ先になりそうだ。

「むらむらって何?」
「……それは同じ男の人に聞くのよ、ネーヤ。私はこう見えても一応性別は女だからよくわからないの」

(……嘘をつけ、嘘を)

事態の収拾を全部押し付けられそうになっていることを悟って、レインの無表情な顔が微妙に引きつった。そしてやはり、ネーヤはじっ……とレインへと視線を向けている。
―――――血の色の瞳。
よくよく見ればその色は、あのアイリオネの花と同じ色だ。

「―――――むらむらって何だ?」

そのまままた亡くした彼女へと想いを馳せようとした時、その率直な質問にはっと我に返る。しかし相手は至極真剣な顔をしており、レインは言葉につまった。そんなことの説明を求められても、どう答えたらいいのかわからない。

「ネーヤ……ネーヤ」
「?」

その状況を見かねたのか、苦笑しながら、フィアルが彼を呼んだ。その声にすぐに振り返った頭にその細い手を置くと、優しく撫でる。

「そういうことはね、レインみたいなのじゃなくて……シードとか、ディシスとかに聞きなさい」
「シード…か、ディシス?」
「そう、本当は純情小僧のくせに女たらしを装ってるやつとか、自分で女を買っておいてその支払を娘に押し付けるような最低な親父が詳しいから、そっち系」
「……?」

ネーヤにはその理由がよくわかっていないようだったが、とりあえずその二人に聞けばいいということだけは理解したらしく、こくりと頷いた。その仕草にレインはホッとして胸を撫で下ろす。

「感謝してね、レイン」
「……誰のせいだと思ってるんだ」

にっこりと笑ったフィアルをひと睨みすると、彼女はべっと小さく舌を出した。そしてそのままレインに背を向けて、また歩き出してしまう。その後姿には何の迷いもないように見えて、レインは目を細めた。


* * * * *


しばらく歩くと、大きな扉が現れた。フィアルが何の抵抗もなく、また竜の言葉で何かを呟くと、入口と同じようにその扉は霧散して消える。

「この先が、大広間。四大竜王が勢揃いで待ってるわ」

フィアルがふわりと笑う。
それにつられるように足を踏み入れたその部屋には、今までに見たどの竜よりも大きな身体を持つ、四頭の竜が鎮座していた。
その四頭こそが、四大竜王と呼ばれる四元素を司る竜族の王だということは、レインとネーヤにも容易に理解できることだった。