Clover
- - - 第11章 四大竜王4
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一頭は、燃えるような真紅の鱗に、琥珀とも金色とも思える色の瞳を。
一頭は、輝くような銀色の鱗に、深い深い深海の青の瞳を。
一頭は、白く輝く白銀に淡い緑を合わせた鱗に、淡い緑の瞳を。
一頭は、どっしりとした深い緑の鱗に、優し気な緑の瞳を。


* * * * *


―――――そして。
目の前には何故か、真っ赤に煮える鍋と人間サイズのテーブルセット。
何ともミスマッチなその取り合わせに、レインとネーヤが頭に「?」マークを浮かべるのと対称的に、フィアルは心底イヤそうな顔を見せた。

「今度は何よ……これは」

そう言いながらずかずかと部屋に入り、ぐらぐらと煮える鍋を覗き込む。熱そうで、いかにも激辛!というのが見て取れてしまうあたり悲しい。

「……これ、何?」
「……いかにも辛そうな雰囲気だが……」

目の前の竜王達を気にしながらも、次々と鍋を覗き込む二人。その様子に、満足そうに真紅を纏った竜王が首を振った。

『どうだ、チィ!美味そうだろ!?』
「……いや……どっちかっていうと不味そう……っていうか辛そう」
『何を言ってる!これはな、フューゲルのある地域では普通に食べられているという名物料理、火鍋だ!』
「……よりにもよってフューゲルだし……」

ぱっとあの能天気な竜騎士王の顔が浮かんで、フィアルは頭痛を覚えた。しかしなんだってそんなマイナーな地方料理が出てくるのか。

―――――否、考えるまでもない。

確かこの間ここに来た時は、オデッサのオアシス料理とかいう怪しい煮込みを食べさせられた記憶がある。砂漠の多いオデッサで乗用にも使われている、頭が鳥で、身体が馬のティーテという動物の肉を使ったシロモノで、かなりクセが強かった。
傭兵暮らしが長かったせいか、フィアルには食べられない、というものはない。しかしあえてそれを食べたいかと聞かれればそれは別問題だ。どちらかというと、フィアルは肉よりも野菜と果物が好きなのである。

嬉しそうにこちらを見ている主は、その立派な肩書きにそぐわず、料理好きで一部では有名でもあった。もともとは竜、しかも四元素の王なのだから食べ物を食べる必要はないはずなのだが、この竜王はそんなことは気にもしていないらしい。珍しい料理のレシピを仕入れては、作って誰かに食べさせるのをこの上ない楽しみとしているのだ。しかも料理をする時は、人型になるという念の入れようだった。
もちろんその被害を一番に被っているのは、周りにいる他の竜王達である。そのせいか時々ここに呼出しをくらうのは、料理している本人よりも、他の竜王からの方がはるかに多かった。いわば道連れ、生贄なのだ―――――フィアルの役回りは。

(でも私は食べられなくもないんだけど……レインにこれが耐えられるかどうかは微妙……)

ネーヤのことは心配していない。何しろずっと一緒に傭兵をやってきた。フィアルと同じで食べられないものなどない上に、ネーヤは食に対するこだわりと言うものもあまり持ち合わせていないと知っていたからだ。唯一ネーヤが気に入っているのは発砲水だが、それは食べ物、とは言えないだろう。

そんな育ちの二人とは対称的に、一応レインは王子様育ちである。いくら戦場に出ていたとはいえ、まさか指揮官がそこまでみすぼらしい食事をしていたかと聞かれると、そうではあるまい。それに元々ラドリアは、食材が豊富なことで有名な国なのだ。今は戦争で疲弊しきってそうでもないが、食、という文化においては、大陸一発展しているとも言える。

「……悪いわね、レイン……諦めて」
「……何のことだ」
「竜の……しかも火竜王の作った料理を、食べないなんてことは許されないのよ?我慢して付き合ってもらうわよ?」
「―――――食うのか……コレを……」
「大丈夫、三人もいれば何とかなるわよ。いつもは一人で食べてる私に、少しは同情してよね」

グツグツグツグツ……―――――。

怪しい音を立てながら煮えたぎるその鍋を前にして、諦めにも似た沈黙が三人の間に漂うのを、他の三竜王は同情を込めた眼差しで見つめていた。


* * * * *


―――――声も出ないとは、まさにこのことだったかもしれない。

「フォルク……ちょっとこれ辛すぎ……」
『そうか……?現地ではもっと辛くしているようだったから、少し少なめにしてみたんだけどなぁ?オレはそのままにしようと思ってたのに、こいつらがそれだけはやめてやれって言うからさ』

その大きな身体にそぐわない可愛らしい動作で首を傾げた火竜王を、フィアルは少し潤んだ瞳で見上げた。別にそうしたかったわけではなく、あまりの辛さに自然とそうなってしまったのだ。しかし隣で撃沈しているレインに比べれば、耐性はあったということなのだろう。さすがのネーヤもその味というより、刺激に顔を真っ赤にしていた。

「あーあ……酒飲んだわけでもないのにこんなに赤くなってるし……」
「……フィーナ……熱い……」
「でも話す余裕があるだけネーヤの方がマシか。……レイン、大丈夫?」

―――――大丈夫じゃない。
そう言いたいが、喉が焼けるようで言葉が出ない。その刺激と熱さに顔を上げる気力もしばらく出てきそうにない。

『やれやれ……可哀想に、起き上がることもできないようだぞ』
「そう思うんなら、作ることそのものを止めてよ、シェル」
『そんなことができるなら、とっくにそうしてるさ。わかってるだろう?小さなお姫様』
「そして風の精霊まで使って、私をここに呼びつけるってわけ?いい度胸じゃないの、風竜王殿」
『苦しみはみんなで分かち合うべきだと、俺は思うわけだよ』

飄々と言ってのけるその様子は、どこかあの先代のレグレース侯に似ている。いや、もともと風の資質を持つということは、こういうものなのかもしれない。

『水、飲むかい?姫』
「イーファ……うん、頂戴」

銀色の竜王が小さく何かを呟くと、フィアルの持っていたコップは途端に冷たい水で満たされた。それを一気に飲み干して、フィアルはほっ……と一つため息をつく。そして先程から無言で自分達を見つめている、緑の鱗の地竜王へと視線を動かした。

「で?ヴェルガーは何か言うことはないわけ?」
『……私には関係なかろう』
「それでも最年長なの!?こういう一番若い竜王の暴走を止めるのは年長者の役目でしょ!?」
『歳は関係ない!私を老いぼれみたいに言うな!』

一番思慮深いようで、実はわりと短気な地竜王を見ていると、どうにも自分の副官を思い出して、フィアルは苦笑した。

『なぁチィ……そんなに不味かったか?』

かまどの火も彼の守護する炎には違いない、そんなことを思い出させる料理好きの火竜王は、少しだけ落ち込んだように問いかけた。フィアルはその答えに少しつまる。不味かったわけではないのだ……ただあんまりにも辛すぎて、味を感じるどころではなかっただけで。あんなものを日常茶飯事で食べているというフューゲルの一部の人々は、きっと味覚が破壊されているに違いない。

「不味いっていうか……辛過ぎて、味わかんなかった」
『!!……じゃ、じゃあ不味いとかそういう以前の問題ってことか』
「うん、悪いけど」
『……そうか……うーん、なんだかいい勉強になった気がするぞ。次は辛くない料理を作るからな!』
「……期待しないで待ってる」

フォルクの腕は悪くない、どっちかというと上級者に入るだろう。が、珍しいもの好きがそこに加わると始末におえないだけの話なのだ。

『そういや挨拶もしてなかったな』

今気付いたかのように、フォルクは彼女の身体に頬を摺り寄せ、親愛の情を示した。それに続くように、他の三竜王も彼女へと顔を寄せる。
ようやく顔を上げたレインは、目に飛び込むその光景に、驚かずにはいられなかった。竜の示す愛情はとても深く、優しいものだと知ってはいても。

そんなレインと視線が合うと、フィアルは穏やかに微笑んだ。

「復活?」
「……何とかな」

声がかすれ気味なのは致し方あるまい。喉を抑えながら、レインは椅子から立ちあがると、近くに立っていたネーヤの隣に並んだ。フィアルは最後に寄せられた水竜王の頬を一撫ですると、立ち尽くしている二人へと向き直った。

「紹介するね。まぁ見た目で何となくはわかるんだろうけど」

淡々と、その白い指が四大竜王を指して、その名を呼んだ。

「右端から、火竜王のフォルク、水竜王のイーファ、風竜王のシェル、地竜王のヴェルガー。まぁいつもの如く、みんな正式名称じゃないけどね」





火竜王フォルクスラーグ。
風竜王シェルースティン。
水竜王インフォスルード。
地竜王ヴェルガーディス。





その真実の名を、レイン達が知ることは決してない。
この名を知るのはかつて彼らの護るべきものだった歴代の大神官と、現大神官であるフィアルだけなのだから。

「んで、こっちはネーヤとレイン」

今度は竜王達に向かって、連れを紹介する。その瞳に見つめられて、レインにも、ネーヤの身体にも少しだけ緊張が走った。

『しかし珍しいな、小さなお姫様が誰かを連れてくるとは』
「……何言ってるのよ。連れて来いってことだったんでしょ」
『あれ、わかったのか?』
「わかんないわけないじゃない。まさか本当にフォルクの料理だけを食べさせるために、私を呼ぶほど、暇じゃないはずよ」

聡い姫君の言葉に、シェルは満足気な光を瞳に浮かべる。そしてその瞳を、ゆっくりとネーヤへと向けた。

『【空の子】か……まさかとは思っていたけど、本当だったようだな』

四頭の竜王は、一瞬だけ顔を見合わせると、彼らが愛して止まない竜の姫君に向き直った。

『さて、小さなお姫様。その【空の子】がただの【空の子】ではないことなど、わからないはずもないだろう?しかもその身体からは強い魔の―――――あの魔神官と同じ気配がする。お前はこれからどうするつもりだ?』

その風竜王の言葉こそが、今回呼ばれた本題の一つであることは、疑いようもない。
しかし、その四大竜王の視線にも少しも怯むことなく、フィアルが不適な笑みを浮かべるのを、視界の端にレインは確かに見たのだった。


* * * * *


「ネーヤ」

しばらくの沈黙の後、フィアルは優しい声音で、その名前を呼んだ。
呼ばれるがままに、ネーヤはレインの隣りを離れ、フィアルの前へと立つ。その様子を四頭の偉大なる竜は、静かに見つめるだけだった。

「説明するまでもないわね。確かにネーヤは……この子は―――――【正統なる翼】よ」

知っていた。
わかっていた。
あの日、薄暗く汚いリトワルトの街角の見世物小屋で、初めて彼を見た―――――その時から。
その怯えたような、それでもなお、空を求めるその赤い瞳を見た時から。
それはフィアルにだけはわかっていたことだったのだ。

『【空の子】が、まだこの世界に残っていたとはな……しかも【正統なる翼】だけが……』

ヴェルガーの呟くような言葉にも、ネーヤは反応を示さなかった。自分のことを話していると理解はしているのだろうが、フィアルの手がその腕に軽く触れているだけで、彼の世界は満たされているように見える。

「【空の子】ならまだ竜身大陸に少し残っていると聞いたこと、あるけど?」
『あの大陸の【空の子】は、もう随分昔にその力を失っているよ、姫。力のある【空の子】は君も知っている通り、シュバルツの北方のポラリス島にしかいなかった』
「でも、そのポラリスにさえ、今は誰もいない……そうでしょう?」
『その通りだ』

穏やかな瞳のイーファの言葉に、フィアルは微笑む。

『けれど姫……彼は、魔を飲み込んでしまったようだね』

この竜王達が……自分を誰よりも大切にしているこの存在が、そのすぐ側に突然現れた強大な魔の気配に気付かないわけはないと、フィアルにはわかっていた。ロジャーからその話を聞いた時、それを問われることも予想はついていたのだ。

「……馬鹿な神官達の残党が、愚かにも既に主を亡くして眠りについた魔竜を召還しようとしているわ。そのためにこの2年かけて作り続けた魔導環が、【正当なる翼】であるネーヤへと吸い寄せられた。このまま放置していたら、確かにネーヤの身体から、魔竜は召還されるでしょうね」

さらりとその事実を口にする。その様子に彼女を呼び出した本人でもある風竜王が眉根を寄せた。

『されるでしょうねって・・・笑いごとじゃないと思うが』
「だから時空魔導を使って、その進行を押さえているのよ―――――そんなに長くはもたないけど」

どこかロジャーに似た、飄々とした風竜王の指摘を、フィアルは軽く受け流す。しかしそんな言葉で納得するほど、竜王達は甘くはなかった。

『いつまでもつかわからない魔導で、どうするつもりだい?』
「―――――どうって?」
『この【空の子】がいくら【正当なる翼】だとはいえ、それは彼の身体に大きな負担をかけるよ?そしてそのやり方では魔竜の召還を完全に止めることは不可能だ。いずれ、限界は来る。その時君はどうするつもりなんだい?』

イーファの口調は穏やかだが、内容はかなり厳しい。
―――――魔竜の召還。
それがどんな意味を持つのか、ノイディエンスタークの内乱に関わっていなかったレインにはよくわからない。しかし内乱の終焉が魔竜の消滅と共に訪れたというのならば、それはノイディエンスタークという国にとって、大きな意味をもつことなのだとは理解できる。
フィアルは黙ってイーファの言葉を聞いていたが、それを打ち消すかのように竜王達に向かって言い放った。

「限界が来たら……―――――」

その淡い蒼の瞳に一瞬だけよぎる、暗い影。
その影を、これまでにも何度かレインは見てきた気がする。





「その時は……私が魔竜を―――――召還するわ」





―――――……禁忌とは、何だろうか。