Clover
- - - 第17章 兄と弟3
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「連れて帰ってきちゃった、で済むなら法律はいりませんよ」
「連れて帰っちゃいけない、って法律もないけどね」
「そういうのを屁理屈というんです」
「そういうのを説教っていうのよ?」
「黙りなさい!!」

「あ、キレた」と肩をすくめるフィアルに、アゼルの頭は沸騰寸前である。
そんな二人の傍らで身の置き場に困っているユリアティウスの肩を、フィアルと共に連れて帰ってきたゲオハルトが、慰めるように抱いた。二人のやり取りを初めて見る人間にとって、これはある意味衝撃的だろう。

「よりにもよって、どうして戴冠式の日などに連れて帰ってくるんです!」
「戴冠式だから、に決まってるじゃない?関心が中央に集中してる時の方が、連れてくるのに都合いいし」
「わかってますか!?これは立派な亡命なんですよ!?」
「ま、確かに難民ではないから、そう呼ぶしかないかもね」
「気楽に言わないでくださいっ!!」

ただでさえ。
そう、ただでさえ今、魔竜の問題で国内はゴタゴタしているというのに。
それだけではなく、13諸侯間にも微妙な違和感が流れているというのに、これ以上の厄介事は御免だ。
アゼルの頭に血が上るのを尻目に、フィアルは飄々と答えた。

「何が問題?」
「全てです!ラドリアが王子の返還を要求してきたら、一体どうするのですか?」
「バレなきゃいいんじゃない?」
「……そういう問題じゃないでしょう!」

アゼルは本気で頭を抱えたくなった。
誰か、どうかこの姫君の発想をなんとかしてくれないだろうか。

「大丈夫だと思うけどなぁ、色変えちゃえば」
「色?」
「ノイディエンスタークの民と髪の色も瞳の色も同じだから、そう神経質になることないと思うけど、ここに出入りするなら、どっかの侯爵家の色にしといた方が、怪しまれないと思って」

そういう小細工にだけは、くるくると頭が回る。
ガックリと肩を落としたアゼルを、フィアルは心底面白そうに見やった。その後を同情のこもったゲオハルトの視線が追う。

「……すみません……迷惑を」
「ユリウスが謝ることじゃないでしょう?」
「いえ……僕は」
「そうです。問題はこの考えなしの無鉄砲なうちの姫なんですから」
「……考えなしってアンタ」
「違うとでも?」
「違う、ちゃんといつもいつも考えてるもの」

(……行動した後にだけど)

とフィアルは心の中で付け足したが、それはアゼルにはお見通しだったらしく、その整った眉を寄せている。

「……いつ考えているんだか」
「うわ、嫌な感じ」
「嫌な感じで結構です……で、何の為に彼を連れてきたんですか?」
「そりゃ……ユリウスが来たいって言ったから」

「今更何言ってんだか」と言いたげな雰囲気で、きょとんと自分を見返してくるフィアルに、アゼルは卒倒しそうになった。
あまりにあまりな理由である。
この人は、来たいと言った人間をみんな連れ帰るのか!

「あの……」

その説明はあんまりだと思ったのだろう。キロリと目の前の主を睨み付けているアゼルに、ユリアティウスが口を挟もうとすると、それを遮るかのようにフィアルが口を開いた。

「ウスラトンカチ」
「……え?」
「怒りんぼ」
「……あの……?」
「赤カバね、うん、怒ってる顔はまさに、真っ赤なカバね」

いくらなんでも―――――赤カバとまで言われて怒りが爆発しないほど、悲しいかな、アゼルは人格者ではなかった。


* * * * *


「こんの……暴れ馬ッッ!」
「何よっ!この石頭ッ!猿の尻ッ!」

ぎゃあぎゃあと最早掴み合いのケンカになっている目の前の二人を見て、ユリアティウスは呆然としていた。

「いや、悪りぃな」
「……いえ」

ゲオハルトも幾分呆れ顔である。

「大抵は口ゲンカで終わるんだけどよ。ま、語彙力はおひーさんの方が遥かに上だから、アゼルが勝つことは絶対的にありえねえわけでさ。本当にたまに、ああやって取っ組み合いになるんだけど、それでもおひーさんの方が強いもんだから……いろいろと複雑でな」

アゼルが華奢なフィアルの手首を掴み、フィアルは負けじとアゼルの頬をぐにぐにと左手で押し、と…傍から見ても、かなり低俗な争いである。二人ともお互いの手のひらのせいで、顔が面白いくらいに歪んでいる。

「はにゃせ〜!!」
「にゃにをしゅるんでしゅか〜!!」

既に会話まで面白おかしくなっている。

普通に考えれば、フィアルより背丈も体格もいいアゼルが力で負けるわけはないのだが、そこは百戦錬磨の傭兵生活を送ってきたフィアルのこと、その攻撃は確実にアゼルの力を制限する場所にあり、簡単に押さえこむことはできないのだった。

「……おやおや、何だか面白いことになっていますね」
「何だこれは」

廊下まで声が漏れていたのだろう、執務室にはアークとヴォルクが、いつの間にか姿を見せていた。
その背後にはこちらも連れ立ったレヴィンとシードの姿が見える。

続々集まる諸侯達を気にもせず、一応この国の中核である二人は未だ、不毛な争いを続けていた。
頬からお互いに手を離し、がしっと手を組み合って、睨み合う。

「大体暴れ馬って何なの!」
「その通りじゃないですか!手がつけられないってところが!」
「手なんてつけてくれなくて全然オッケー!」
「ああそうですか!俺だってつけたくなんてありませんね!」

ンギギギギギ……と歯軋りしながら組み合う様は、仲がいいのか悪いのかよく分からなかった。
「おい、誰か止めろ」とヴォルクは言うが、その場所にいる誰もがブンブンと首を振る。触らぬ神に祟りなし、である。

「そっちこそ猿の尻ってなんですか!」
「あら知らないの?お猿のお尻はまっかっかって相場が決まってるのよ!」
「俺がそれと同じだっていうんですか!」
「同じ色に違いないじゃん!」

既に二人とも自分達がいかにくだらない言い合いをしているのか、わかっていないのかもしれない。
誰も遠巻きに見ているだけなので、仕方なくヴォルクが二人の側に歩み寄った。

「二人ともいい加減に……」
「「うるさいっっ!!」」
「……あのな」
「「邪魔すんな!」」

本当に仲がいいのか悪いのか。少なくとも、言い返す時の息はぴったりである。
しかし二人に揃って怒鳴られたヴォルクは、明らかにむっとした顔をした。

「邪魔するなじゃないだろう。廊下にまで二人のくだらない言い争いが響いているんだ、いい加減にしろ」
「響いて上等!何が悪い!」
「お前に邪魔されるいわれは無い!」
「……この」

ガシッ!!
そしてヴォルクはあっけなくこの戦いに参戦することになった。しっかりと手を握り合って、三つ巴である。
いつもは真面目な堅物男も、こうなるとどうしようもない。
そんな三人に最初から部屋にいたゲオハルトは、がっくりと座り込んでしまった。

「あーあーあー……ミイラ取りがミイラになってどうすんだよ」
「そうですよねえ……こういうのは参加せずに傍から見ているのが面白いのに」
「……そういう問題じゃないだろ、お前止めろよ、アーク」
「イヤですね。こんなに面白い見世物を見物しない手はありませんよ」

性格の悪さが露呈しているアークに、ゲオハルトはげんなりする。
それと同時に、最近ギクシャクしていた13諸侯間のわだかまりが、何だか払拭されていく気もして、少しだけ嬉しい気持ちもあった。

(やっぱり……溜め込むのはよくねえよなぁ)

最近の鬱々とした雰囲気は、どうにも自分の性に合わないと思っていたのである。
やはり王宮はこんな風に、ケンカはしても風通しがいいのがいい。

「いいなぁ、オレも混ざっていいかなぁ?」
「やめとけよ、ますます面倒が増える」
「でもさシード、参加することに意味があるとか思わん?」
「女の取り合いならともかく、何であんなバカバカしい争いに加わんなくちゃいけないんだよ」

心底呆れ顔のシードの横では、レヴィンが三人の言い争いを、目をキラキラさせて見つめている。
そんなワクワクするような争いではないはずなのに、この雷の侯爵は、三度の飯の次に喧嘩沙汰が大好きなのだ。

「大体二人は仮にもこのノイディエンスタークの……」
「仮にもってなんだ!」
「そうよ、アゼルはともかく!」

……言い合う内容は、本当にレベルが低いのだが。

「大体貴方は、はいっつもいっつも考えなしで行動しすぎです!そのたびにいっつも尻拭いをするのは俺なんです!」
「へっへえ〜?私がいつアゼルに尻を拭いてもらったのよ、このムッツリスケベ!」
「アゼル!お前姫様に不埒な真似をしたんじゃないだろうな!」
「人聞きの悪いこと言うな!10歳も年下の娘に手を出したロリコンのお前に、スケベ扱いされるいわれがあるか!」
「俺はロリコンじゃない!幼女に興味なんてない!」

……というか何だかヤバい方向に話がいっている気がしなくもない。
下ネタを叫びあう君主とその筆頭二人という構図は、少なくともユリアティウスの前では避けたい事態だ。

「ヴォルクがロリコンじゃないわけないでしょう、ねえ?ゲオハルト」
「は……?はあ!?何だよアーク、オレにふるなよ!」
「10歳下だよな、あいつの奥さん。イースと同じ歳くらいだろ?」
「10歳差くらいなら範囲内だな?さすがに幼女はヤバいかなぁと思わなくもないからな」

まじめな顔でロリコン談義を始めたアーク、レヴィン、シードに、ゲオハルトは慌てた。
まずい、このままではこっちにも飛び火するのは時間の問題だ。

「だから!俺はロリコンじゃない!」

ヴォルクがまじめに怒った顔で三人の会話を否定する。
しかしそれにすかさず突っ込んだのは、彼の仕える主だった。

「でも、熟女趣味じゃないよね?」
「それは……!」
「熟女か……悪くないな」
「シード!お前は女なら誰でもいいのか!」
「とりあえず姫以外だったら、全然許容範囲だ」
「……何でそこで私が対象外なのよ」
「いや……押し倒した直後で俺、死にたくないし」
「賢明ね。多分速攻で男性機能が再起不能になるでしょ」

それが仮にも一国の姫の発言だろうか。
もう少しだけつつましさと、恥じらいを教えておいてくれたらと。
ゲオハルトは、尊敬する剣士でもあるディシスを―――――少しばかり恨めしく思った。