- - - 第20章 白夜の炎3 |
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夢を見ていた。
君は―――――まるで子供のように柔らかく微笑んでいた。
恋慕……ではない。
これはそれよりももっともっと深い―――――親愛。
まるで家族のように、兄のように……ただ君の幸せを祈っていた。
* * * * *
「良かったですね」
空のエリオス侯爵家から届いたその箱を、ニヤニヤと笑いながら撫で回していた男に、何の感情も篭っていない声で彼は声をかけた。
その髪と瞳は、ノイディエンスタークの大多数の民と代わり映えのしない茶色だったが、遠縁とはいえ彼もまたエリオス侯爵家の血筋の者である。
「全く、よいことだ。これはエリオス侯爵からの神への寄進ぞ?」
白地に豪奢な金糸の刺繍を施した衣装を身に纏った初老の男は、もっともらしい言い訳をしてみせる。
もうそんなに取り繕うこともないのにと思いつつ、その表情を決して彼が表に出すことはなかった。
この国の為政者は、大神官であり王家でもあるフォルスマイヤー家である。
そしてそれを補佐する神官長であるメテオヴィース侯爵家、その後に残りの諸侯が続く。
神殿に仕える神官達はあくまで実務を執り行うものであり、権力はない。
しかし―――――今ではそれは、名目上のことだ。
今では諸侯達までもが、こうして神官にへつらうほどに、神殿の権力は大きなものになっている。
民の間では盲目的に信じられている大神官の祈りの力は、既に神殿ではとるに足りない儀礼的なものとしてしか受け止められていない。
そしてそんな神殿の頂点に立っているのがこのシグーという男であることを、若き神官であるジョルド・クロウラは知っていた。
「エリオス候やスレイオス候達の心遣いはありがたく受け取っておかねばな。そなたもそう思うであろう?」
「はい」
「もはや13諸侯がこの国を治める時代は終わったのだ。これからは我等の時代ぞ」
「しかしシグー様、どうやらここのところ、風が動いているように見受けられますが」
上機嫌に、黄金のつまった箱を撫でていたシグーは、ジョルドのその言葉に不愉快そうに顔を歪めた。
「風など……ねずみがチョロチョロと今更動いても詮無きことよ」
何故この男が神官の資格を有していたのか、未だにジョルドには理解ができなかった。
卑屈で、人一倍権力や金銭に対する執着が強い。
厳しい審査をすることになっているはずの神官選定のそれすら機能しないほどに、この国の堕落が激しいということかと、ぼんやりと思う。
そして、そんなこの男に頭を下げ媚びる神官のなんと多いことか。
表向き、ジョルドはシグーの有能なる副官として仕えていたものの、実際は心の底からこの男を軽蔑していた。
けれど―――――彼の目的を達するには、この男が必要なのだ。
もっと、もっと堕ちてくれなくては。
この国を、堕ちるところまで堕として貰わなければ、意味がない。
未だ潔癖な諸侯や、既にその異変に気付いて動き始めた大神官達の存在を、この世から消すほどに。
「風の方は、私が手を回しておきましょう。シグー様はお心易く過ごされますよう」
「おお……ほんにそなたは有能じゃ。宜しく頼むぞ?」
「はい、おおせのままに」
ジョルドは深々と頭を下げる。
その様子にシグーは下卑た、満足そうな笑みで答えた。
堕ちればいいのだ。
ユリーニ。
お前の犠牲の上に成り立つ―――――こんな国など。
お前の死と共に生まれてきた娘の誕生を祝った、全ての民など死んでしまえばいい。
誰もできないのなら、私がやるだけだ。
私は堕ちて―――――この国を滅ぼす。
* * * * *
「光と闇は、どう違うの?」
いつものようにリュークの元を訪れていたフィアルは、大好きな兄の瞳をじっと見つめながら問いかけた。
その唐突な内容に、貰った花を飾っていたリュークの手が止まる。
「え……?」
「どう、違うの?」
どう答えたらいいものか、リュークは困ってしまった。
ユーノス曰く、とても頭のよいらしいこの妹姫は、話している最中にも自分の興味を引くものがあると、簡単に思考を飛ばしてしまう。天才肌なのだろう。
「そうだな……例えば、だけど」
「うん」
「今は昼だろう?光の時間だ。でも夜になると光は隠れてしまう、それが闇の時間だ」
説明は難しく、リュークも閉じられた世界で育っているので、うまく答えを見つけることができない。
案の定、フィアルはその説明に納得していないように、むむっと眉を寄せた。
「でも、兄様」
「ん?」
「お昼でも、雨が降ったり曇っていたりするよ?夜でも、お月様が明るい夜もあるよ?」
「うっ……」
幼いながらに鋭いツッコミに、リュークは言葉をつまらせる。
こういう時、ユーノスならうまいこと言い訳して、フィアルを納得させるかうやむやにするのだろうが、生憎とリュークにはまだその技術はなかった。
「だからね、私は思うの」
「え?」
「光や闇なんてないんだって。みんな本当はどっちも持ってるんだって」
「……テーゼ……?」
フィアルはそう言うと、座っていた椅子を降りてリュークの元へ駆け寄り、その身体にぎゅっと抱きついた。
その様子に、リュークはこの小さな妹が、また神官達に何か言われたのであろうことを察した。
「私は……光じゃないよ?」
「……」
「綺麗な光になんてなりたくないよ。雨の日も曇りの日も、あった方が嬉しい」
「……テーゼ」
リュークは身を屈めて、フィアルの柔らかな身体を抱きしめた。
お前等はくっつきすぎだ!とディシスに言われたけれど、溢れる想いが自然とそうさせるのだから、仕方がない。
「私は、兄様が大好き」
「うん……」
「兄様の、お月様みたいな優しい光が大好きなの」
言葉に―――――ならない。
闇の存在である自分の中に、フィアルは光を見る。
激しく万民を照らすような光ではない。けれど彼女は確かに、自分の中に光を見ている。
愛しい者を優しく柔らかく照らし、見守るそんな光になれるなら、どんなにか幸せなことだろう。
「俺は……月?」
「うん!」
「じゃあ、テーゼは花だ」
小さく可憐な花。
穏やかに風にそよぎ、月の光を受けて咲く君を。
愛しいと想う―――――強く、強く。
優しく髪を撫で、抱きしめる手に、フィアルは気持ちよさそうに目を細めて微笑む。
けれど、彼女よりも少しばかり早く生まれた彼には、もう……わかっていた。
この愛しさが、兄妹を越えた感情であることを。
この想いは―――――家族に対するものだけではないことを。
(決して……口にしては、いけない)
(誰にも……知られては、いけない)
きっと一生抱えたまま、死んでいく。
それでいい、そうでなくてはいけない。
出逢えたこと、それこそが奇跡だったのだから。
それ以上、望むことがあるだろうか?
未だ―――――幼い彼女に。
「月は、花を恋う」
「こう?」
「……大好き、ってことだよ」
リュークは微笑んで、首を傾げていた小さな少女の額に、羽のようなキスを落とした。
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