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- - - 第20章 白夜の炎11
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頭数だけは揃えたものだと、次々と襲いかかってくる兵士達を炎で焼き払いながら、ユーノスは思った。

―――――彼等も馬鹿ではない。
大神官を守る近衛隊、そして自分は魔導の使い手だ。並みの兵士で太刀打ちできるはずはないことを知っている。
だからこそ、数で攻めてきたのだ。こちらが疲れ果て、魔導力を使い切り、消耗するのを待っているのだろう。

「だがオレは……そう簡単に倒れたりはしねえんだよ!」

紅蓮の炎。
その真紅の炎を操れるのは、メテオヴィースを受け継ぐ者だけだ。

自分の身体にもその炎を纏ったユーノスに尻込みしている兵士達の遥か後方に、神官の姿が見える。
豪奢な金糸。シグーはその戦いの行方を高みから見つめていた。

「自分は見物か……卑怯者のやりそうなことだな」

薄く笑う。
この兵士達は何故、あんな男を信じているのだろう。
結局は金か、権力か。己の欲に負けた人間の何と醜いことだろう。

「神官長殿」
「……何だ?」
「もう諦めなさったらいかがじゃ?報告によればメテオヴィースは先程落ちたようじゃぞ?」

(「侯爵殿は大神官様の元へ戻られませ」)
(「我々は、命をかけて……このメテオヴィースをお守りいたします」)

そう言って自分を送り出した、優しい人々。
そして決意を固めた自分に、毅然と言った妻。

(「わかりました」)
(「命に代えても、この子は私が守ります」)

何もしてやれなかった……自分はジークフリートの側にいるばかりで、何も。
アゼルにも彼女にも、淋しい想いをさせていただろうに。
そんな自分を誰よりも理解し、別れの時にも涙を見せなかった彼女に、今は感謝している。
アゼルと共に……無事に落ち延びることができただろうか。

「だから……どうした」
「もう抵抗しても無駄だとご忠告申し上げているのです」
「無駄?」
「抵抗をやめて命乞いをすれば、死は免れまするぞ?」

この男には、誇りというものが存在しないのだろうか。
権力に我を見失った者は、所詮こんな……つまらない存在でしかないということか。
ユーノスの怒りに反応するように、彼の周りの炎が一段と大きくなる。

「命乞い?オレがそんなものをするとでも思っているのか?」
「さすれば助かりまするぞ?」
「断る。オレはお前達に頭を下げるほど、落ちぶれてはいない」
「ホッホッホ……13諸侯の誇りとでも言いたげじゃな?だがその諸侯達も今はわしに頭を下げ、媚を売っておるのじゃぞ?」
「オレはエリオス侯爵達のように、欲に溢れてはいないんでな!」

その炎で、そろりそろりと近付いてきていた兵士達を一瞬でなぎ払い、ユーノスはシグーを睨み付けた。
こんな男に治められる国に生きる民は不幸だ。
何故そのことに、裏切った諸侯達は気付けなかったのだろう。民は自分の所有物だとでもいうのか。

「さあ、シグー殿。貴方にも覚悟を決めていただこうか」
「な……なんじゃと?」
「いくら結界を二重三重にしていても、炎の最高魔導を受けて平気だとでも思っているのか?見くびられたものだな、オレも」
「さ、最高魔導じゃと!?」
「使わないとでも?オレはジークフリートを守る神官長だ。この場の全てを焼き払っても、アイツを守る!」

ユーノスの高く掲げた左手に、強大な魔導の力が集まるのがわかった。
ユーノスを中心に、室内に風が回るように吹き始める。彼が炎の最高魔導を発動させようとしていることを、その空気で誰もが悟った。

「……全てを焼き尽くす、地獄の火炎だ」
「ま!待て!」

シグーもさすがにまずいと思ったのだろう。
既に逃げようとしているが、その肥えた身体ではすばやい動きなどできるはずもなかった。





「―――――お待ちください」





しかし何故か場違いなほど、静かに響いたその声に、ユーノスもシグーもピタリと動きを止めた。
控えの間の入口に、一人の神官が立っている。
その腕に……何かを抱えて。

「おお!ジョルドではないか」
「……遅くなりました。けれどいいものを見つけましたので」

彼は抱きかかえていたそれの羽織っていたローブをバサリと落とす。
流れ出す白金の髪に、目を見開き驚いたのは、シグーよりもユーノスの方だった。

「……姫……さん?」

そんな馬鹿な。
フィアルは確かに、ディシスに連れられて脱出したはずだ。
こんな風に……そう、こんな風に利用されることのないように、と。

「ユーノス!!」

ジョルド・クロウラの腕から逃れようとするかのように、フィアルはユーノスの姿を見て、必死で手を伸ばした。
泣いているその顔に、愕然とする。
間違いなく、あれは―――――ジークフリートの愛娘だ。

「……神官長殿」
「……」
「お分かりですね?」

ジョルドがフィアルの身体を抱きかかえたまま、不敵に笑う。
その意図するところがわからないほど、ユーノスは愚かではなかった。
自分が抵抗すれば、フィアルを殺すと―――――この男はそう言っている。

ユーノスは今まさに放とうとしていた魔導力を、ゆるゆると解放していった。
それしか……ユーノスに選択権は残されていない。

「賢明なことです」
「……お前が黒幕か」
「いいえ、私のような若輩者がそのような立場であるはずがないでしょう?」
「……」
「ただ私は、この姫の光の影でひっそりと死んでいった者を忘れないでいただきたかっただけですよ」





(―――――姫さんの生まれた影で死んでいった者?)





すぐに思い当たることがなく、ユーノスは思考を巡らせる。
そして目の前の男の髪の色を見て、はっと気付いた。

「お前……」
「くだらないおしゃべりはここまでにしましょうか」
「お前……ッ!ユリーニの!」

その先をユーノスに言わせることを許さず、ジョルドは兵達に目で合図をした。
ユーノスの周りを圧倒的な数の兵士達が、剣を持って取り囲む。
その光景に一番驚いたのはフィアルだった。

「……ユーノ……ス?」

呆然と紡がれたその言葉に、ユーノスは真っ直ぐに小さな姫を見つめ、まるで安心させるかのように、いつもの顔で微笑んだ。
その意図を、フィアルが悟ったその瞬間―――――。





その身体は無数の剣に切り付けられ。
小さな少女の目の前に―――――赤い雨が降った。





ポツリ……ポツリ。
頬に……彼に向かって伸ばしていた手に。
赤い雫が……ポツリ、ポツリと。





それは……フィアルには……幼い少女が受け止めるには、あまりにも重い―――――現実。





「イヤァァァァァ――――――――――!!!」
「ユーノス!!!ユーノス―――――ッッ!」





切り付けられ、貫かれ……全身を真紅に染めてもなお、彼はフィアルに微笑んでいる。
ふらつく身体を最後の力で支えたまま。

「ユーノス、ユーノス!!ダメ!戦ってッ!お願い……ッ!」

ユーノスが自分のために抵抗しないことが、フィアルには混乱した意識の中でわかっていた。
だから、叫ぶ。必死に叫び続ける。
ユーノスが戦えば、絶対に負けることなどないのに。

「ユーノス!ユーノス!!!ヤダぁ!お願いだから……ッ!!!」

必死に伸ばす手を、後ろから伸びた腕が戒めるように掴んだ。
涙に濡れた瞳で振り返れば、ジョルド・クロウラが下卑た笑みをその口唇に浮かべている。

「わかっていますか、姫君?……あの男は、貴方のために死ぬのです」
「みんな、みんな……貴方のために死んでいくのですよ」
「それなのに……どうして貴方は生きているんでしょうね」

囁くような言葉。
きっとフィアル以外の耳には届かなかったはずの―――――言葉。
けれどその言葉は、彼女の心を鋭く突き刺した。

目の前で―――――ー未だ降る血の雨が、生暖かくて。
でもそれは、ユーノスの命の証のようにさえ、思えて。





「フィ……アル」





今までただの一度も名を呼ばず、からかうように……愛しむように『小さなオレの姫さん』と呼び続けた人が。
最後に微笑みながら口にしたのは―――――『フィアル』という言葉。





(「―――――泣くな」)
(「女の子はな、笑ってる方が可愛いんだぞ?」)





その身体がゆっくりと崩れ落ちていく。
まるでスローモーションのように、フィアルはその光景を見つめることしかできなかった。





暖かい手。
大好きで―――――優しい、ひと。
大好きな……大好きな……ユーノス。





―――――悪い……夢を見てるだけだって。
―――――そう言って、どうかもう一度……笑って。