Clover
- - - 番外編2 Siesta
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ノイディエンスターク王宮の中庭に面したそのエリアは、各諸侯の執務室が並んでいる。
その一番奥、神殿に一番近い場所に位置する姫君の執務室から程近いある一室には、午後2時から3時までの間、近づくものは一人もいない―――――と言うよりも、音すら立ててはいけない程の聖域になるのだった。

理由は簡単。
その1時間は、その部屋の主の華麗なるお昼寝タイムなのである。


* * * * *


「レヴィン……また斬新な髪型ね」
「……不可抗力だ……さすがのオレでも寝てる間はガードできない」

書類を提出に来たレヴィンを見たフィアルは苦笑した。四方八方に向かって突っ立っている金色の髪は、斬新と言えば斬新、けれど爆発していると言えばその通りで、お世辞にも似合っているとは言えない。

「元が短くてよかったよね。長かったらものすごいことになってるんじゃないの?」
「言われなくてもわかってるから、絶対に髪は伸ばさないって決めてんだ」

不機嫌そうな顔のまま、未決裁の箱に持っていた書類を入れると、彼は姫君の横で自分以上に憮然とした顔をしている神官長に向き直った。

「悪かったな、未熟もんで」
「そう思うならもうちょっとなんとかしろ。いい加減に自分の力をコントロールできなくてどうする?だからお前は歩く凶器と呼ばれるんだぞ」
「オレだって何とかできるもんならしてるよ!仕方ねーだろ!?自分の意志とは全然関係なく、雷撃が身体から出てきちまうんだから!」

レヴィンは雷の魔導を受け継ぐシャリク侯爵である。その身に秘めた魔導力があまりにも大きいせいなのか、はたまた制御力に乏しいのかは定かではないが、その力をかなり持て余しているのが現状であった。隣を歩いていていきなり電撃を喰らうことも多く、微妙にみんな彼の側に寄る時は距離ができるのも致し方ないところである。

「キールが作ってくれた制御リング、してないの?」
「寝てる時はしてない……っていうかしてても外れる。寝相わりぃから、オレ」

あまりにも周囲に害が及ぶので、キールがその魔の魔導力を駆使して制御リングを作ったおかげで被害は減った。が、それは頭につける形式のリングであるが故に、レヴィンの意識外の時はその効力を発揮できていないらしい。
これでは確かに他人に被害は出ないが、無意識の内に自分で自分の電撃をくらう回数は減らない。仕方なくレヴィンはもう一度キールに頭を下げて、指輪なりピアスなりのいつでも身に付けられるものを頼みに行ったのだが、すげなく断られたのである。

(「―――――あれは、もう飽きた」)

その一言でバッサリ切られ、意外に繊細なレヴィンは、3日ほど落ち込みから浮上できなかった。
キールは別にレヴィンのために作ったわけではなく、ただ作ったことのないものを作ってみたかったのが本音のようだった。

「いいよな……いろんな魔導使えても、姫は制御きくんだから」
「……やめて……そのジト目やめて……仕方ないでしょう、私だって意識して制御なんてしてないもん」
「いいんだ……どうせオレなんてさ……」

ブツブツ言いながら机にのの字を書き始めたうっとおしすぎる彼に、フィアルとアゼルは顔を見合わせて苦笑した。
―――――が、その直後国のトップである二人は凍りつくことになる。

「あー!!!もうなんでオレばっかりこうなんだよー!!」
「!?……バッバカッ!でかい声で叫ぶな!」
「うるせえっ!大体オレだって好きで……好きでこんな体質なんじゃないんだー!!」

慌てて口を塞ごうとするアゼルを尻目に、フィアルはそろりそろりと窓に近づいて、気付かれないように、そっとそこから中庭へと脱出した。よくよく見てみれば、近くの窓から同じようにシルヴィラ、キール、ゲオハルト達が続々と中庭へと避難しているのが見えて、フィアルは忍び笑いを漏らす。

「―――――みんな考えることは一緒かよ」
「……そりゃそうでしょ、シード。この時間にあんな大音響で叫ぶバカに付き合ってたら命が幾つあっても足りないじゃない」

知らず隣に立っていた聖のイエンタイラー候にフィアルは肩を竦めて見せる。たいして怖がっちゃいねえだろ、とそんな彼女に皮肉気に小さく笑い、シードは欠伸をかみ殺した。栗色の髪がサラリと揺れて、彼の端正な顔に影を落とす。確かにこれでは女性に好かれるのも当然と思われた。

(―――――ただ、モテることと、女癖が悪いってのはイコールじゃないと思うんだけど)

フィアルの内心を知りもせずに、シードはニヤリと笑うとその顔を覗き込む。

「なんだ、姫。俺に見とれてるわけ?」
「―――――バカも休み休み言ったら?私を口説いてどうするのよ?」
「いいんじゃん?そうすっと俺もいつかはノイディエンスタークの王になるわけだし?」
「そんなのに全然執着も興味もないくせに」

呆れたようにため息をつくフィアルの肩を強く抱いて、シードはますます顔を近づける。それはそれは楽し気に。

「そんなことないぜ?権力に興味はなくても、姫自身には興味はある」
「あっそ」
「―――――……本気にさせてみる?」
「時間の無駄だから遠慮する。っていうかいい加減やめないと、その顔二度と見れないようになるわよ?」
「……ちぇ」

ちぇっじゃないだろう、とフィアルは思った。とりあえず付き合っていると疲れるので、肩の手を強引に外すと、他の諸侯が集まっている方へ早足で歩き出す。シードもさすがにそれ以上は絡んでこない。何せ聞いたところによると、後腐れなしがモットーなのだそうだ。
昔あんまりにもしつこかったので、つい魔導力を行使してしまいシードの前髪を燃やしたという経緯がフィアルにはあった。それから前髪が生え揃うまで、彼を見た人間は誰もいなかったと噂で聞いたような気もする。

(―――――まぁもう時効だし……ついでに自業自得だし)

コンパスの差でいつの間にか追いつき隣を歩いている青年を見て、フィアルは一瞬だけ後ろを振り返った。

(どうしてコレと、あのレヴィンが仲がいいのかってのも、わりと謎だけど)
(―――――まぁ、いっか)

こちらに気がついて微笑んだシルヴィラに、フィアルは小さく手を上げる仕草で答えた。
これから起こる惨劇に、心の中で小さく合掌しながら。


* * * * *


「いいからもう黙れ!レヴィン!」

いつまでたってもわめき散らすレヴィンに、いつの間にか止めに入ったはずのアゼルまでもが怒鳴り散らす始末であった。本人達はその声の音量がどんどん大きくなっていることに気付いていない。

「アゼルにオレのこの繊細な心がわかるもんか!いいよな!お前はところかまわず炎が出てくるわけじゃないんだもんな!」
「それとこれとは話が別だろう!大体お前の精神力が足りん!それに燃えるよりはビリビリする方がなんぼもマシだ!」
「お前……人事だと思いやがって〜!じゃあビリビリしてみるか!?ああ!?普通の人間ならとっくに死んでるくらいの電撃をくらってみるか!?」

至極低レベルな会話になりつつあるのだが、頭に血が上っている二人にとっては真剣な言い合いなのである。レヴィンはおもむろに額のリングを外すと、手にはめていた皮の手袋を抜き去って、アゼルに近づいた。さすがのアゼルもそれには尻込みする。何を好き好んで電撃をくらいたいなどと思うだろうか。しかも敵はご丁寧にも自分の服で手をこすって、電撃が起こりやすくしているではないか。

「レ、レヴィン……待て、落ち着いて話し合おう」
「いーや……もう話し合う時期は過ぎた。後は戦うのみだ」
「ちょ、ちょっと待て、俺はそもそもお前と喧嘩するつもりは……」
「あいにくだが、オレは喧嘩上等がモットーだ!」

バチバチバチッ!とレヴィンの身体の周りを紫電が舞った。ただでさえ爆発していた頭がますます逆立っている。

「……仕方ないな」

アゼルは一呼吸置くと、額へ意識を集中させた。その途端に彼の周りにオレンジ色の炎が立ち上った。ブスブスと長い毛足の絨毯が焦げる音がする。レヴィンの周りでも、雷が床にあたる度にバチッという音がして、焦げ後を残していた。
お互いがある程度の距離を保って睨み合う。雷で焦げるのも炎で焦げるのも避けたいというのがお互いの本音なのだから、おとなしくひけばいいのだが、こうなってしまうと引っ込みがつかない程度に二人のプライドは高かった。

「てめえ、汚ねえぞ!潔く電撃をくらえ!」
「誰がくらうか!お前こそとっととリングを戻せ!そうしたら俺もやめてやる!」
「あくまで引かない気だな!?ああっ!そうかよっ!じゃあ……!」

―――――レヴィンが左手を振り上げ、その手のひらに雷撃を集中させようとした時だった。





「おやおや……仲がよろしいことですね」





二人を凍りつかせたその声は、レヴィンの背後の扉近くから確かに聞こえた。
はっとしてアゼルが時計を見ると、短針が2と3のちょうど真中で止まっている。その事実にアゼルは青ざめた。レヴィンなどは手を振り上げたまま、身動きができないでいる。

「仲がよろしいのは大変結構なことなんですが……もう少し静かに友好を深めていただけると、私としては嬉しかったんですけれどもねえ……」

ギ、ギ、ギ……と音がしそうな緩慢で不自然な動きで、レヴィンはゆっくりと背後を振り返った。そこには軽装に軽くショールを羽織った斬のブルデガルド候、アークがこれでもかというくらいに微笑んでいる。いつもは綺麗に整えられている黒髪が、少し寝乱れている辺りが艶っぽくて、恐怖を助長した。

「……あ……アー……ク……」
「はい」
「いや……これはつまりその……あの……」
「物騒ですよ、レヴィン。その電撃なんとかなさい。アゼルもそれ以上炎を出していると、絨毯がダメになってしまいますよ?全く……本当に手のかかる人達ですねえ」

やれやれ、という風にため息をついて、アークはニッコリと笑う。それを見た二人は瞬時に雷と炎を消して、レヴィンはリングを慌てて頭へと戻した。

「……す、すまなかったな……アーク……こ、これからはおとなしく……」
「イヤですねアゼル。あなたは私と何年付き合っているんですか?私が一度起きると二度寝できない体質なのを知っているでしょう?」
「……あ……いや……それは……」

(……っていうか今ってどう考えても執務時間のはずだろう?なのになんでお前はいつも昼寝なんだオイ)

と昔から説教したいのに実現できずにいることを心の中で唱えてみるが、状況は変わらない。瞬殺はさすがに避けたい。なんと言ってもいつもにこやかに細められている目が、微妙に開いているのが一番怖い。
そんなこんなでアゼルが必死で言い訳を探していると、アークははぁ、とため息を一つついて、つかつかと部屋の奥にあるソファーに身を沈めた。

「困りましたねぇ……」
「な、何がだ?」
「まぁちょっとお座りなさい、レヴィン」

ひらひらと手招きされては逆らう余地もないので、レヴィンはびくびくしながらもアークの前に座った。アゼルは逃げるに逃げられずその様子を少し離れた自分の執務机から見守る。

「さっきも言いましたけど、私はね……一度起きると眠れないんですよ、繊細なので」
「……繊細!?」
「……ほう、何か文句が?」
「……い、いえ……なんにも」

―――――……怖い。そりゃもう強烈に怖い。
子供だった昔、まだ恐れを知らなかった頃。この理不尽な物言いに耐えられず、シードとタッグを組んで……と言うか無理やり仲間に引き込んで反抗したことがある。
しかし……その後の仕打ちといったら……思い出すのも恐ろしい。
この男、まだお子様の二人を、入ったら帰って来れないという北の樹海に、ポイ捨てしたのだ。ニッコリ笑いながら。
しかも本気で探しに来なかったのだ、反乱軍の中では行方が知れないと大騒ぎになっていたというのに、そ知らぬ顔をしていたらしい。何の武器も持たず、魔物だらけの森に子供二人……戦場以外で本気で死にかけたのは後にも先にもあの時だけだ。

(オレは学習した!もう二度とアークにだけは逆らわない!なんてったってその反撃がねちっこ過ぎる!)

自分の前で小さくなっているレヴィンを上から下までなめるように見回して、アークはまたニッコリと笑う。その笑顔を見ると知らないうちに寒気が全身を襲った。

「私の快適な睡眠のために……レヴィン、ちょっと協力してもらいたいんですけどねぇ」
「……きょ、協力?静かにしてればいいのか?」
「違いますよ、相変わらずおバカですね。本当に脳みそカラッポですね……まぁバカな子ほど可愛いともいいますけど」

(相変わらず笑顔で毒を吐く男だな……アーク……)

アゼルは顔が引きつるのを必死で押さえる。自分が言われたら思いっきり不機嫌が顔に出そうな台詞だが、レヴィンは気丈にも耐えていた。

「まぁ……レヴィンにはこの後ついてきてもらうとして……アゼル?」
「……な、なんだ……?」
「後で大量の決裁書類を持ってきて差し上げますから、今日中に仕上げてくださいね?あ、ちなみに姫様の認可は要らない書類ばかりですからご安心を……大丈夫です、あなたなら一晩徹夜すればあっという間に終わりますよ」

やっぱりお咎めなしというわけにはいかなかったらしい。残業を決定させられたアゼルはガックリと机に突っ伏した。それを満足気に見やると、アークはおもむろに立ち上がってレヴィンを促した。

「行きますよ、レヴィン。アゼルはこれから忙しくなるようですから、邪魔しちゃいけません」
「―――――誰のせいだよ……」
「何か?」
「……イーエ……何も」

書類だけで済んだアゼルはいい方なのだと、この時レヴィンは全くと言っていい程、気付いていなかった。


* * * * *


「―――――うわあああああああああああああ!!!!!」

その声がアークの部屋から響いたのは、それから数分後のこと。
断末魔のようなその声は中庭にまで響き渡り、各諸侯は顔を見合わせた後、全員で大地に祈りを捧げた。

後で流れた噂によれば、レヴィンがアークに食われたとか、抱き枕にされたとか。
そのせいでまことしやかにアーク両刀説が流れたが、真相を知るはずのレヴィンは決して真実を口にしなかったと言う。もちろん当の本人であるアークにそれを面と向かって聞ける者は、誰もいなかった。ただ単にからかっただけなのか、それとも真性なのか……事実が語られることはないだろう。


* * * * *


「―――――本当にそうなら、それはそれで面白いわよね」
「……姫……人事ですね―――――?」
「そりゃそうよ。……それよりアゼル、この絨毯の買い替え代、あんたとレヴィンの支給額から差っ引くからね!?」