対の遺伝子
- - - 9. 親公認
[ 8. 天然記念物 | 対の遺伝子Top | 10. 淋しい気持ち ]

「おはようございます」
「あら、彬くん。あがって待ってて」

何と言ってもご近所さんで昔からの幼馴染。
彬はうちではすっかり顔パスの存在だ。
休日に笑とデートに行く時も、待ち合わせなどはせず、ただ彬が迎えに来るだけだ。

「笑!彬くん来てるのよ!早く支度しなさい!」
「はぁ〜い」

眠そうな声で答える笑を、母さんがせかすのもいつものことなら、笑を待っている彬と父さんが、居間で和やかに談笑しているのもいつものことだ。

―――――父さん。
娘の彼氏となんでそんなに仲良しなんだよ。
ちょっと位反対してみるとか、意地悪してみるとか、ないのか?

オレが不満気にそう言うと、父さんはちょっと困ったように笑いながら答えた。

「だってお前、彬くんじゃ、文句のいい様がないだろう?」

成績優秀、スポーツ万能、温和で真面目、しかも外見も良し。
デートの時は必ず迎えに来て、門限までには送り届ける。それ以上遅くなる場合や、笑を自宅に泊める場合も必ず連絡する。

そんな彬の両親受けが悪いはずもなく、オレはそれ以上の反論ができなかった。

「いいよな……お前は」
「有……自分が苦労してるからって、俺を睨むなよ」

彬のその苦笑まで小憎らしく感じるのは、オレと立場が180度違うせいだろう。

「オレが由紀のオヤジさんから、どんな扱い受けてるか知ってるか?」
「……さぁ」
「大事な大事な一人娘に近付くゴキブリ扱いだぜ?1回本当に殺虫剤かけられたこともあるんだからな!」

そう。
うちの両親と違って、オレの彼女の由紀の父親は、決してオレを受け入れようとはしなかった。
迎えに行けば水をかけられ、送り届ければ蹴り飛ばされ、散々な目にあっている。

「でもそれはお前が、最初に門限を破ったり、連絡無しで無断外泊したり、すぐばれるような嘘をついて旅行に行ったりしたからじゃないのか?」
「うっせえな!世の恋人達の大多数はお前達みたいに、親に何でもオープンに付き合ったりしねえんだよ!」

そうだ、オレは普通だ。
絶対に彬と笑が特別なんだ。
普通、恋人と二人っきりで旅行に行くのに「お嬢さんと二人で旅行に行かせてください」なんて言うか?そしてそれで許されると思うか?

「……許されたぞ」
「だから、お前と笑が普通じゃねえんだよ!」

そんなオレ達を、父さんが苦笑しながら見つめる。

「有、お前も彬くんくらい誠実になったらどうなんだ?」
「父さん……そりゃ無理だろ?彬の場合は昔から知ってるからってのもあるだろ?」
「まぁ……確かになぁ」

いきなりぽっと出てきた男に娘を取られるのと、昔からよく知っている男に取られるのとでは話が違う。
そういう意味で言うと、由紀の父親の方が、至極普通な反応をしているようにも思えた。

「……何の話?」

ようやく支度を終えたのか、笑が居間にやって来た。
瞬間、彬が柔らかく微笑む。
―――――ベタ惚れだな、相変らず。

「彬?」
「有が俺達と違って、由紀のお父さんに足蹴にされてるって話だよ」
「ああ」

ああ、ってなんだ。
何納得してんだよ、笑。
少しはこの兄の窮状を救ってやろうとか思わんのか。

「仕方ないんじゃない?有って嫌われるようなことばっかりしてるもん」
「何ぃ!?」
「少しは彬を見習いなよ。ねえお父さん」
「そうだなぁ」

くそぅ。
なんだかんだ言いつつ、父さんはやっぱり娘である笑に甘い。
そしてその笑を、誰よりも大事に大事にしている彬を嫌うはずがない。

「笑、支度終わったの?ごめんなさいね彬くん、待たせて」
「いえ」

彬は立ち上がりながら母さんに微笑む。
そのまま笑を促して「それじゃあ、行って来ます」と父さんに頭を下げた。門の前には彬の車が止まっている。いつものようにそれに乗り込んで、二人は出かけていった。

「今日は桃狩りに行くらしいぞ」
「へえ」
「彬くんのことだから、律儀にお土産買ってきてくれそうよね。笑は自分が食べることに必死で、そこまで気が回る子じゃないけど」
「有も双子だけあって、同じタイプだからな。そこで土産のひとつやふたつ買っていけば、向こうのお父さんの印象もよくなるだろうに……」

父さんと母さんは言いたい放題だ。
でも当たっているだけに言い返せない。

「うちの子達は、彬くんみたいに世話焼きの人じゃないとダメね」
「そうだなぁ」

よく考えてみれば、由紀もどちらかというと、世話焼き……かもしれない。
やっぱ、オレ達ってそういう位置付けなんだろうか。
でもそれじゃ笑はともかくオレの立場って。
一応……いやしっかりオレってば男の子なんだけど。

(「お前のようなズボラで責任感のないヤツに、うちの娘はやらん!」)

由紀のオヤジの放ったその一言が、頭の中で何度も何度も繰り返す。
責任感はあると思うんだが、ズボラっていうのが否定できない。
それに粗雑と乱暴を足すと笑になるのが、ますます笑えない。

―――――なんでオレ、女に生まれなかったんだろう。

でも彬と付き合うのはイヤだから、やっぱり男でよかったんだろうけれど。
そんなことを悶々と考えていたオレが、由紀との待ち合わせの時間をすっかり忘れていたことに気付くのは、もう少し後のことだった。