対の遺伝子
- - - 15. 危機管理
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コマーシャルっていうのは大抵子供をだます言葉が入っていると、私は思う。

「なんでだ?」

アイスティーを淹れながら不思議そうに首を傾げた恋人に、私は不機嫌にこう話した。

「ミルキーはママの味」
「……は?」
「信じて、お母さんの手を舐めたことあるもん」
「……ぶっ」

笑いごとじゃないよ。
全然違う味……っていうかその前に料理してたからか、ニンニク味だったもの。

「舐めるやつの方が珍しいだろう?」
「だってママの味って言った!」

子供心に受けたショックをどうしてくれよう。
そんな私に大笑いしていた双子の兄に、思いっきり脳天チョップをくらわせたことは、今でも鮮やかに思い出せるけれど。

「笑は、よく言えば疑うことを知らないからな」
「なにそれ」
「お前昔、プロレスのチケットにつられて、変なオヤジの車に嬉々として乗ったことを覚えてないのか」
「……そうだっけ?」

そんなことは覚えていない。
彬が覚えているということは、おそらくそんな私を止めたのは彼と双子の兄なのだろう。

「空手の勧誘に見せかけた宗教に引っかかりそうになったこともあったよな」
「……あれは新手の詐欺だもん」
「K-1のチケット売買掲示板でも、悪質業者に引っかかりそうになったな」
「あれなんてもっとあからさまな詐欺!」

アイスティーを私の前に置くと、彬は苦笑しながら私の頭を2、3回撫でた。
まるで小さな子にするみたいな仕草は、昔からの彬の癖だ。
私達みたいな手のかかる双子の世話や尻拭い、後始末をし続けてきた世話焼きな彼の、無意識の行動だ。

「だから目が離せないんだよなぁ」
「子ども扱いすんな」

確かに。
私は何も考えないで行動することが多いので、気がつくと何かのトラブルに巻き込まれていることが多い。
そしてそれを助けるのは、いつも彬の役目だった。

「子供だなんて思ってないさ」
「私より誕生日遅いくせに」
「……たった数ヶ月だろ?」
「それでも私の方がお姉さんだもん」
「はいはい」
「流すな!」

それを子ども扱いと言わずに何と言うのか。
ぷくっと頬を膨らませた私に、彬はアイスティーを飲むように目で促す。
私が紅茶はストレートでしか飲まないことを知っている彬は、シロップやミルクやレモンなんて用意していない。シンプルな、それでいてクリームダウンしていないアイスティーはとてもおいしかった。

「笑はさ」
「?」
「無自覚だから困るんだよな」
「……何が?」
「危機管理、ってことだよ」

危機管理?
何の?

「笑が理系ってのも、心配なんだよなぁ」
「は?」
「理系は……ほら、男が多いから」

何を言いたいんだろう。

理系に男が多いことなんて最初から分かってたことだし、下手に女が多い学部は疲れるから、すごくいい環境だと思ってたんだけど。
大体、学部は違うけど、彬だってバリバリの理系だし。

「お前、大学の男友達に、格闘技の試合に誘われたらどうする?」
「行く」
「……。じゃあ大学の知らない男に誘われたら?」
「行く」
「……だから危機管理がなってないって言うんだ」

なんなのよ。
別にいいじゃない、格闘技が好きなんだもん。
大袈裟にため息をつく彬を、アイスティーのストローをくわえながら、私はじとっと睨んだ。

彬はどちらかというと人付き合いは苦手だ。
人見知りだし、あまり積極的に話す方でもないから、尚更だろう。
私と有はその正反対なので、バランスが取れているのかもしれないけれど。

だからだろうか。
彬は私や有が、自分から離れていくような気がする時、不安でたまらないというような顔をする。それに私達は敏感で、いつもそんな時は二人で彬の手を引いて、公園まで走ったものだった。

付き合い始めて、その顔を見る回数は減ったけれど、でも時々こんな風に垣間見ることはある。
呆れの中にちらつく、彬の心。
親との縁が薄い彼の、切なくて、寂しい気持ち。

「彬」
「……ん?」
「このさびしんぼうめ」
「は?」

私は持っていたアイスティーのグラスを置くと向かいのソファーに座っていた彬の前に立った。
突然の私の行動に、彬は眼を丸くしている。
でもすぐに笑顔になると、私の背中に腕を回してぎゅっと抱きついてきた。

そのまま、彬は私の顔をふっと見上げる。
だから、静かに近付く気配に、私はそっと―――――目を閉じた。