対の遺伝子
- - - 16. 温泉とみかんとジングルベル
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彬と笑とで、想いの深さが違うなぁと感じるのは、いつもこんな時だ。

「え……?お前、行くのか?」
「はぁ?当たり前でしょ」

久々に家族が全員揃った夕食を終えた後、今のソファーでくつろいでいたオレは、笑の言葉に心底驚いてしまった。

「何?有は行かないの?」
「いや……行くけどさ」
「私が行くと、何か不都合があるわけ?」
「いや……そういうわけじゃ……」

数年に一回、知り合いが経営している温泉に家族旅行に行くことに不満があるわけではないが、その日程に問題があった。

「だってお前……クリスマスだぞ?」
「だから?」
「お前と彬、付き合ってるんだよな?」
「今更何言ってんの?」
「今年はお前達が付き合って、初めてのクリスマスなんだよな!?」
「そういや、そうだね」

そう言って、笑は目の前に置いてあった初物のみかんを剥きはじめた。
前々から感じてはいたが、オレの妹はドライすぎる。
あの彬が、初めてのクリスマスに何も考えていないなんて思えない。きっと笑と二人で過ごすクリスマスを、楽しみにしているに違いないのに。

……ごめん。
ほんとにごめん、彬。
でもお前の彼女はこういう性格なんだよ、諦めろ。

「やっぱり冬は温泉だよねえ……楽しみ♪」
「……高校生にもなって家族旅行ってのも、微妙だけどな」
「名目はどうでもいいよ。温泉とご馳走があれば、問題なし」

笑はかなり浮かれている。
何となくではあるが、父さんも母さんも浮かれているように見える。
わりと単純だよな、オレの家族は。

でも……そんな家族のいない彬は、一人でクリスマスを過ごすのだろうか。
そう考えると、オレはどうしても素直に喜べなかった。


* * * * *


「クリスマス?」

翌日、オレが言い難そうに切り出した言葉に、彬は首を傾げた。
彬のことを考えると家族団欒というのも気がひけて、俺は温泉旅行は遠慮しようと考えていたのだ。
男二人ってのもどうかと思うが、一人きりよりはマシだろう。

「クリスマスって……」
「だからさ、ぱーっと騒ごうぜ!」
「……え?」

オレの親切な言葉に、彬はどうも困惑しているようだ。
こいつは結構、細かいこと気にするからな。
オレが自分のせいで温泉に行かないのは……とか考えそうだ。

「二人だけだと虚しいから、クラスのヤツもいっしょにさ!」
「……無理だろ、それ?」
「何でだよ。お前ほぼ一人暮らしなんだから、お前の部屋でいいだろ?」
「いや、俺……クリスマスには家にいないし」

何だ。
彬は、どうやらまだ笑から温泉家族旅行の話を聞いていないらしい。
仕方ない……慰めてやるか。オレの方がちょっとだけ兄貴だしな。

「いや、お前は絶対に家にいることになるからさ!」
「……?お前だって家にいないだろ?それともお前、行かないのか?」
「へ?」
「行くんだろ?温泉」

呆けたような顔をしたであろうオレに、彬は合点がいったようで、急に苦笑を見せた。

「有、笑から聞いてないのか?」
「何を?」
「だから、温泉。俺も一緒に行くんだ」

……。

「嘘だろ!?」
「いや、本当だけど……もう随分前から誘われてたし」
「笑のやつ〜!!知っててあいつ言わなかったな!」
「……俺を誘ったのは、お前の父さんだぞ?」

……マジかよ!?


* * * * *


「当たり前じゃないか、家族旅行なんだから」
「もう彬くんは家族の一員みたいなものなんだし、誘わないわけないでしょう?」
「有が知らないってことを、私、知らなかったよ」
「俺も」

涼しい顔で、飄々と答える父さん。
ニコニコしながら、言い放つ母さん。
昨日と変わらずみかんを頬張りながら、本気で驚いているらしい笑。
その横で、笑の言葉に同意しながら、普通に夕飯を食べている彬。

彬と笑で想いの深さが違うなんて、考えたオレが馬鹿だった。
彬は単純に笑と温泉に行けることで嬉しそうだったし、笑が彬を一人置いていくわけがなかったんだ。
―――――男二人のクリスマス。
想像するだけでも微妙な、その図を思い描いていたオレの二日間って一体。


* * * * *


その日―――――オレの頭の中にはいつまでも、幻のジングルベルが鳴り響いていた。