対の遺伝子
- - - 20. ダンベル恋愛談義
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(「有はかっこいいから、一緒に歩くと鼻が高いのよ」)

付き合っている彼女にそう言われて、オレは燃え上がっていた心が一気に冷めていくのを感じていた。


* * * * *


「はぁ……」
「うっとおしいなぁ」

居間にあるソファーでため息をついていたオレに、双子の妹はダンベルを持ち上げながら顔をしかめた。
連休を利用して、両親は叔父夫婦の住む田舎へと帰省しており、彬が来る夕方までは久々の兄妹水入らずということになる。

「そんなにショックを受けるようなことでもないでしょうに」
「何でだよ」
「だって相手が桃井でしょ?」
「……桃井だと何なんだ?」
「……これだからダメなんだよね」

笑は物足りなくなったのか、足元に置いてあった今より1kg重いダンベルに手を伸ばす。
中学生の女子が休日の昼間からダンベル運動……可愛くない。

「有は、なんで桃井と付き合ったの?」
「そりゃ……告白されたし」
「告白されたから付き合ったの?」
「いいだろ別に……顔も可愛いしさ」

桃井由香はクラスメートで、男子の間では結構人気がある。
女の子らしくて、ふわふわしてる感じがする。
いつも家でこんな風にダンベルを持ち上げてる妹を見てるオレには、新鮮に映った。

「ねぇ有、男子に人気のある女ってのは、大抵女子には嫌われてるものだよ?」
「……え?」
「桃井は男と女の前では態度変わることで有名だもん。男にちやほやされるのが好きなタイプだからね。有のことも顔だけで選んだのがバレバレ」
「何でだよ!」
「有の前に桃井が狙ってたのは、彬だよ?すっごい嫌そうだったこと、私が知らないわけないじゃない」

彬かよ。
どう考えても確かにオレに輪をかけて男前だよな。

「騙されちゃったねえ」
「うるさいぞ!彼氏もいないお前に言われたくない!」
「別に興味ないからどうでもいいし」

興味ない。
中学生女子が恋愛に興味ない。それこそ問題じゃないのか?
昔からけなげにお前に片思いしている彬の立場ってものを考えろよ。

「今はダンベルの重量の方が私には大問題」
「……筋肉女め」
「どうとでも」

そう言うと笑は、軽々とダンベルを持ち上げ始めた。
これだけ筋トレしていれば、もっとマッチョになりそうなものだが、笑は何故か外見はものすごく華奢だ。

「んで?別れるの?」
「……もう気持ちが冷めた」
「泣かれるよ」
「……泣きたいのは、オレだ」

アクセサリーか何かのように扱われるのは、心外だ。

「でも自業自得じゃない?」
「はぁ?」
「有だって、桃井の内面が好きだったわけじゃ、ないんでしょ?」

リズミカルにダンベルを持ち上げる笑の言葉に、オレは言い返せない。
それは確かにその通りで、オレはただあの女の子らしい外見に惹かれただけなのかもしれなかった。

「だからダメだよ。有は、本当に好きになった子と付き合った方がいいと思うよ?」
「……」
「これでも双子の妹としては、兄の幸せを願ってるんだからね」

恋愛に全く興味がないくせに、その道のプロのように笑は言う。
そしてそれに反論できるほど、オレも恋愛経験は豊富じゃなかった。

「……んだよ。お前こそどうなんだよ」
「私はいいの」
「なんでだ?」
「いいって言ったら、いいのよ」

ホッ、とダンベルを頭上高く持ち上げる笑に、オレは首を傾げる。
こんな筋肉を鍛えることにしか興味のない笑に、彼氏ができる日なんて来るんだろうか。
でも……オレも笑と同じように、本当に好きになった奴と幸せになってほしいと思う。
そしてその相手が彬だったらいいなぁとも、思う。

「あ、見てみて!筋肉の線が出た!」
「……ほどほどにしろよ」

でも今は、もう少しこのままで。
そんな風にも願ってしまうことを、彬は許してくれるだろうか。
そんなことを考えながら、オレは足元に転がっていたダンベルに手を伸ばした。

翌日何故かオレだけが筋肉痛になったことが、少しだけショックだった。