W渡辺
- - - 第4話 渡辺くんと真辺くん
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腐れ縁―――――俺と時政の関係を表すのに、これ以上適した言葉はないだろう。


* * * * *


「じゃあ真辺くんと渡辺くんって、幼稚園からずっとクラス一緒なの!?ある意味すごくない?」

恒例となってしまった屋上でのランチタイムに、相良の驚いたような声が響き渡る。俺はその話題に関してはあまり触れて欲しくなかったので、無言でお茶を口に運んでいた。
期末テストが終わり、強くなり始めた陽射しは、もう夏の気配だ。

「そそ。オレと政宗は幼稚園どころか、生まれた時から今までずっと一緒なわけ。もう運命だな、これは」
「ふざけたこと抜かすな」
「なんだよ、事実だろ?」

事実―――――そう、事実だけに腹が立つのだ。
幼稚園の年少のちゅうりっぷ組からずっと続くこの因縁めいた関係に。

元々俺達が生まれる前からこの腐れ縁は始まっていた。
父親同士が、幼稚園からの幼馴染。そして母親同士が中学校からの大親友。そんな組み合わせで結婚したことがそもそもの間違いだったのだ。家は隣同士、誕生日は何の因果か同じ。両親達は、お互いに娘と息子が生まれたら、結婚させましょうなんて約束まで交わしていたというのだから尚更笑えない。おまけに母親同士が時代劇ファンだったことで、こんな似たような名前まで付けられる始末である。大体俺と時政の名前をくっつけるとどうなると思ってるんだ……【時政宗】だぞ!?どっかの日本酒の名前みたいじゃないか。

「じゃあ、マサムネと時政くんは生まれる前はフィアンセだったってことだね」
「あはは、そうだなぁ。うまいこと言うね、雛ちゃん」

それは本気で笑えないからやめてくれ、雛。
大体もし時政が女だったとしても、俺は絶対に絶対にこんな女とは付き合いたくないぞ。
そんな不機嫌そうな俺に気付いているのかいないのか。いや奴のことだから絶対気がついていて、面白がっているに決まっているのだが、時政は雛の顔をじっと見つめてニコニコと笑っている。

「元フィアンセからのお願い。マサムネのこと、よろしくな」
「おう、まかせとけ〜」
「頼もしい!それでこそマサムネの彼女だ!」

この二人は、何だかんだいいつつ仲がいい。
雛、時政、相良と4人でいると、何だかいつも俺が遊ばれているような気になる。全く不本意な話だ。

元々時政は同じような環境で育ったというのに、俺の何倍も人当たりがいい。俺と並ぶとまるで正反対だと小学校時代からよく言われていた。部活でも『鬼の渡辺、仏の真辺』と後輩達が密かに言っていることも知っている。そこまで正反対なのに常に一緒にいるのはどうしてだろうと考えてみるに、やっぱり人は自分にないものを求めるということなのではないかという結論に俺の中では一応は落ち着いている。

ふっと顔を上げると、雛はまだ時政と楽しそうに話していた。
一番好きなこと、眠ること。
次に好きなこと、食べること。
と公言して憚らない雛が、箸を止めてまで話しているのを見ると、どうにも最近もやもやとした気持ちになる。
っていうか雛、お前の優先順位の中で、俺は一体何位なんだ?

そんなことを考えていると、不意に雛の指が俺の眉間に押し当てられた。
最近になって雛がよくする動作の一つ。俺が眉間に皺を寄せて考え込んでいると、雛は必ずそうして皺を伸ばそうとする。もっとも俺が座っているときでないと、そんなことはできないのだが。

「なーに考え込んでるんだよ、政宗」
「……うるさい、ほっとけ」
「あ、お前。オレと雛ちゃんが仲良くしてるから、ヤキモチ焼いてるな!?」

―――――ヤキモチ?
この俺がヤキモチ?しかもお前にか、時政。
ありえん……っていうか認めたくない。

「そんなわけないだろう」
「ほんとかよ?まぁオレもお前の彼女に手を出すほど、女の子に不自由してないから、安心しろ」

あはは、と軽く時政が笑う。
わかってたよ……お前はそういう奴だよな。
はぁっと思わずため息をついてしまう。ああ、これでまた一つ幸せが逃げた。

「でも真辺くんってモテるのに、彼女作らないんだね?まぁ渡辺くんも雛と付き合うまではそうだったんだろうけど……なんで?」

雛からもらっただし巻卵を飲み込んで、相良が唐突な質問を投げかけてきた。雛とずっと友達をやってるだけのことはある。相良の辞書にはきっと遠慮、気遣いという文字は存在しないに違いない。しかし突然のその問いかけに、俺と時政は揃って顔を見合わせる。そう言えばいつも一緒だというのに、そういう話はお互いにしたことがなかった。

「俺は……別に好きでもない相手と付き合う気はなかった」
「オレもとりあえず付き合っておこうって考えはないんだよなぁ、そんなの面倒なだけだろ?」

と言うか、はっきり言ってうざったかったのだ、二人とも。
手紙をもらって、呼び出されたりすると部活には遅れるし、知らない人間からのプレゼントなんて気味が悪いだけだった。きわめつけがバレンタインで、和菓子以外の甘いものがあまり得意でない俺にはアレは拷問以外の何物でもなかった。それでも少しは食べられる俺はまだいい方で、時政は甘いもの全般が全てダメときている。特にチョコレートは大の苦手で、時々不用意に口に入れては蕁麻疹になり。わりとひどい目にあっているのを俺は知っている。だから、渡辺家と真辺家では、バレンタインにチョコレートをもらって帰って喜ぶのは、お互いの母親だけ、という笑えない結果だけが毎年繰り返されているのだった。ちなみに父親同士は息子と同じで甘いものは大の苦手だ。

「じゃあ時政くんはまだ、好きな人がいないんだね」
「そうだな……いないね」
「そぉかぁ。でももし見つかったら紹介してね?私逢いたいなぁ、時政くんの大事な人に」

ニコニコと笑いながらそう言って、雛はれんこんのきんぴらを口に運ぶ。
その雛の言葉に時政は目を丸くして驚いていたが、しばらくすると視線を和らげて、雛の頭を撫でた。

「いい子だね、雛ちゃん」
「……?」
「あー政宗にやるの、やっぱりもったいねえなぁ……今からでもオレに乗り換えない?」

微妙に本気が混じったその時政の言葉に、俺が反論しようとすると、頭を撫でられていた当の雛がそれをすぐに拒否した。

「ダメだよ」
「……なんで?」
「だって」

そしてそのまま、満面の笑顔で言い放つ。

「時政くんがよくっても、私はマサムネじゃなきゃダメなの」

―――――直球ストレートが心臓に決まった気がした。
恥ずかしいとかそういう次元とはほど遠い世界にいる雛は、時々こういうことをやらかす。そのあまりにもストレートな物言いに、俺だけではなく時政や相良までもがほんのりと顔を赤くした。

「……あのね、雛。そういうのは渡辺くんと二人っきりの時に言ってあげなくちゃだめよ」
「なんで?ユリの前じゃ言っちゃダメなの?」
「んっと……そういうわけじゃないんだけど」

気恥ずかしいのだ、とここで雛に言っても理解してくれないであろうことを、長い付き合いで流石に相良は知っているのか、苦笑しながら時政のように雛の頭を撫でた。それはそうだ、そうするしかないだろう。時政も相良に習うようにまた雛の頭を撫でる。でも今回ばかりは許してやろうと俺は思った。

「お前真っ赤だぞ、政宗」
「……うるさい」

仕方ないだろう。そこまでストレートな好意に免疫が無いんだから。
いや、無いわけじゃないが、こうまで反応してしまうのは、相手が雛だからだ。最初はただ手間がかかるだけのおかしな奴だと思っていたはずなのに、人間の気持ちは変わるものだ。
―――――いや、今だって充分手間がかかっておかしな奴には違いないのだが。

「雛ちゃんはさ、政宗のどこがいいわけ?」

よっぽど俺の反応が面白かったのか、時政が笑いながらからかうように、雛に問いかける。その問いに、雛は一瞬目を見開いて箸を置き、う〜んと首を傾げてひとしきり考えた後、おもむろに一言で言い放った。

「おっきい」
「……」

……ちょっと、待て。
俺の存在意義はまさかそれだけじゃあるまいな、雛。
お前自分がちびっこいって言われるとあんなに怒るくせに、まさか俺に対する評価はそれだけなのか?

「背がおっきくて、手がおっきくて、足もおっきい」
「……」

身体がでかいんだから、それに付属するパーツもでかいに決まってるだろう!
お前という奴は……俺を喜ばせるのも天才的だが、怒らせるのも超一流だ!
大人気ないと思いつつ、どんどん顔が歪んでいくのが分かる。今俺はかなり不機嫌そうな顔をしているだろう。

「それに無口で、髪の毛黒い」
「雛ちゃん……それはあんまり誉め言葉じゃないような」
「マサムネはねぇ、私の理想の人にそっくりなんだよ」
「―――――理想!?」

そんなもの雛にあったのか。
そう思ったのは俺だけではなく時政も同じだったようで、目を丸くしている。ただ一人雛の隣に座っている相良だけが、呆れたような顔で視線を泳がせた。その反応を見るだけでも、何だかこの先の雛の言葉を聞いてはいけないような気分になった。落ち着いて考えろ、俺。これはまさしくいつものパターンだ。雛の思考は常人のそれとは全く違う次元に存在している。ここで普通に有名俳優や歌手の名前が出てくるほど現実は甘くない。
しかし―――――そんな俺の考えは、時政には全く通じていなかった。

「雛ちゃんの理想の人って、誰?」

―――――時政。
昔から微妙に場の空気の読めない奴、とは思っていたが、やっぱりそうだったんだな。
聞くなよ!そんなにあっけらかんと!
相良の顔を見てみろ!「あ〜あ、聞いちゃった」って顔だぞ!アレは!
そんな俺の視線に気付いたのか、相良と目が合ってしまう。すると彼女は肩を竦めて、首をゆっくりと左右に振った。「知ーらない」と言いた気なジェスチャーだな……できれば聞かない方が、俺にとっても幸せなのかもしれない。

そして時政と同じく、場の雰囲気の読めない……というか場の雰囲気など考えたこともないのであろう雛は、にこぉ、と俺の好きなあの顔で笑った。





「ベイダー様」

……は?

「だから、ベイダー様」

……は?

「ダース・ベイダー様!」





聞かなかったことにしてもいいだろうか。
アレだよな……あの有名なジョージ・ルーカスフィルムに出てくる、あの真っ黒い奴だよな。確かめちゃめちゃ悪役だった気がするんだが、気のせいか?
って言うか……アレの!どこが!俺に似てるって言うんだ!!

「雛はねえ」

唖然としている時政と雛に聞こえないように、相良が俺の耳元で囁く。

「昔から大好きなのよ、ダース・ベイダー。前に渡辺くんにウォーズマンとかあげたことあるでしょ?ウォーズマンも似た系統だから好きなのよ」

でかくて、黒くて、無口。
確かに理想……なのかもしれないが、嬉しくない。全然これっぽっちも嬉しくないぞ!俺はっ!

「……くっ」

見れば時政は、今まさに吹き出さん、という風に必死で口元を抑えている。息を止めているのか顔が真っ赤だ。長い付き合いで知っている……あいつは極度の笑い上戸だ。一回ツボに入ると、これでもかというくらいに笑い続ける男だ。そして、その難儀な性質のせいで、今まで俺に何度もボコられていることを、綺麗さっぱり忘れ去っている奴なのだ。

「……くっ……くっ……あっ……あーはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!」

制服の白いシャツが汚れることも気にせず、ついに時政は腹を抱えて笑い出した。苦しい、でもおかしい、それを全身で表現しているのか、ゴロゴロと転げ回る、大げさな笑いだ。
何がそんなにおかしいのか理解できなかったようで、突然転がりだした時政を、雛はきょとんとした顔で見つめていた。

「あはっ!あはっ!あははははははは!」

―――――涙が出るほど笑うか、お前は。
そして俺を指差すな!人を指差すのは失礼だと、幼稚園の時に教わっただろうが!

「時政……」
「あはっ!だってお前っ……お前……ベイダー!!あははははははは!」

―――――いい加減笑い過ぎだ。
徐々に不機嫌さが増していく俺の横で、相良が面白そうに呟いた。

「真辺くんって……笑い上戸だったんだねぇ」
「ねえユリ、なんで時政くんは笑ってるの?」
「ん〜さあね?」

賢明だ、相良。
雛にはきっと理解できまい。天才だ天才だと騒がれているが、一般常識の分野において、雛はそうではないのだ。きっと雛は本気でダース・ベイダーが好きで、それを理想に想っていたんだろう。俺がそれに似ていると言い切られるのは、それはそれで複雑な気分なのだが。
―――――とにかく。
まず、この目の前の笑い袋のような男に、天誅を与えるのが俺の最優先事項だ。

「時政……覚悟はいいか?」
「あは、あはは……ま、待て……待てって、政宗……くっ……あはははは!」
「弁明しながら笑う男にかける情けはない!」

―――――ボコッ!!!

昼休みも終わろうとしていた屋上に、俺の拳を腹にもろに受けて、笑いながらもうめく時政の声がしばらく響いていた。
まぁ―――――それでも笑い続けた根性だけは認めてやろうとも思う。


* * * * *


「政宗、お前ほんといい選択だったと思うぜ?」
「何がだ?」
「雛ちゃんだよ、ほんと見てるだけでお前達って退屈しないんだよな」
「俺はお前を笑わせるために雛と付き合ってるんじゃないぞ」
「まぁまぁそこはそれ、これからもどうせクラスは同じだし、楽しませてもらうさ。オレとしてはな」

―――――なんてったって、腐れ縁だろ?
放課後、こんなことを言いながらにっこり笑って肩を抱いてきた時政を見て、俺は真剣に考えた。

(―――――腐れ縁って、どうやったら切れるんだ?)

切れないからこそ、腐れ縁というと分かってはいても。
しかし……俺の周りに常識人はいないのだろうか。ため息をつかずにはいられないこの状況では、俺の幸せはどんどん逃げていくばかりだ。
―――――願わくば。
逃げて、逃げて……それでも尚、俺に幸せが残っているように。

そんなことを考えつつも、結局俺は今日も時政と肩を並べて、部活へと向かうのだった。