W渡辺
- - - 第9話 渡辺くんと後輩くん
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堅物で生真面目な鬼部長。
部活での俺の評価はほとんどがこの言葉に集約される。

「部長って、渡辺さんのどこがよかったんですか?」

雛と付き合い始めてからというもの……いや、正確に言うなら付き合っていることが周りに知れてからというもの、毎日聞かれるこの質問に、俺はいい加減ものすごーく、ものすごーくうんざりしていた。
最も皓に言わせると「雛は政宗のどこがよかったんだ?」という話らしいが、その答えは思い出したくない。
大体、それを聞いてくるのが女子ならいざ知らず、部活の後輩にまで聞かれるとは思いもしなかった。
ため息を付きながらも、部長という立場の手前答えようとした俺を遮ったのは、一応(仕事は全くしてくれないが)副部長の悪友、時政である。

「中西、聞くだけヤボだろ?そんなん、政宗が雛ちゃんにベタ惚れだからに決まってんじゃねえか」

時政の言葉には、激しく誇張がある。

「でも部長と渡辺さんって、微妙に接点がなさそうなんですもん。みんなで何を話してるんだろうって話題になってたんです」
「……お前達、もう少し建設的な会話をしろ」
「だって今まで部長って、どんなに告白されたって絶対女の子と付き合おうとしなかったじゃないですか!3年の華道部部長の佐川先輩の告白にさえ全然反応しなかったって評判だったんですよ!」

佐川……?誰だ、それは。
そう思って時政を見ると、信じられないという顔で奴は天を仰いだ。いつ見ても表現が大げさな奴だ。

「お前……覚えてないのか?1年の時屋上にお前を呼び出して告白してきた先輩だろう?」
「そうだったか?あんまり記憶がないんだが」
「学年一の美人って評判だっただろ!本当にお前、女は雛ちゃんしか興味ねえんだな?クラスメイトの顔覚えてるか?」
「それくらいは覚えてる。馬鹿にするな」

ただ、話したことのない奴の方が圧倒的に多いけどな、という言葉はとりあえず飲み込んでおくことにした。確かに雛以外でよく話す女子と言えば相良くらいで、他にはあまり心当たりがない。まぁ正直な話をするなら、興味がないのだろう。

「でもそんな部長がよろめいたっていうから、どんな女の子かと思ったら、あの有名な天才眠り姫でしょう?誰だって驚きますよ!」

―――――天才眠り姫か。
聞いたことはあったが、素晴らしく的確なネーミングだ。確かに雛を表すのにそれ以上の表現方法はない。

しかし。

「時政」
「ん?」
「雛って、そんなに有名なのか?」

俺の言葉に、時政があんぐりと口を開けたまま固まった。よく見てみればその横で、中西も同じように固まっている。
そんなにおかしなことを聞いた覚えはないのだが。

「お前、マジで言ってんのか?」
「……?」
「あのさ、お前まさか……今年同じクラスになって席が隣になるまで、雛ちゃんのこと知らなかったとか言わないよな?」
「ああ、そうだけど」

おーまいがー!と時政がオーバーなアクションをつけて天を仰いだ。なんなんだ、一体。

「お前ってさ、学校内の有名人に全然興味、ねえのな?」
「なんだそれは」
「雛ちゃんは前から超有名だっただろ?何てったって学年トップ、でもいっつも寝ている眠り姫って評判だっただろ!?」
「そうだったのか?」
「お前さぁ……」

そんなことを言われても仕方ないだろう。
俺は成績順位は自分のしか興味がなかったし、雛とはクラスも遠かったし、知る余地そのものがなかったんだから。
しかしそうか、だから俺が雛と付き合い始めた時、クラス中が微妙に騒ぎになったのか。

「あの……聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「部長と渡辺さんって、どっちから告白したんですか?」





「……俺だ」





「部長からなんですか!?」
「ああ、俺が言った」

そう、俺が言った。
告白なんてするのも初めてだったし、上手くできたとも思わない。
でももう下校時刻の過ぎた教室は、全てが赤く染まっていたから……例え顔が赤かったとしても、雛にはわからなかったはずだ。

放課後の教室。
そこに何故あの日雛が一人でいたのかは、後になって聞いた。どうやら相良が家の用事で先に帰ってしまったので、一人でずっと寝こけていたらしい。今思うと何とも言えない理由だ。
でも確かに―――――あの日、雛はその場所にいて。

紅に染まったその姿が、とてもとても、愛しいと思ったんだ。





―――――雛は。
最初は変なヤツで(いや、今でも充分変なヤツに違いはないが)次に迷惑なヤツに変わり、その笑う顔が好きだなと思った。
自分でも笑えるくらいに、単純に、そう思ったから。

あの日、俺は生まれて初めて、告白をした。
好きだ―――――と。





―――――って。
ここで終わってたら、本当に美しい記憶のまま、俺の胸に刻まれたはずなんだがな。

「政宗?」
「……なんでもない」

次第に仏頂面になっていく俺を、時政が怪訝そうに見つめてくる。
ああ、俺は今、ものすごく余計なことを思い出そうとしている。

赤く染まった教室。
きっと同じ位赤く染まっていた、俺の顔。
そして、俺の告白を聞いた後の―――――雛は。





「―――――おなか、へった」





いや、寝起きだったから寝ぼけていたんだということは、わかる。だから俺のタイミングが悪かった、それもわかるんだが……心は未だに納得してはくれない。

俺にとっては……本当に本当に気力と根性を振り絞った告白だったんだぞ。
それが雛の空腹に邪魔されるとは思っていなかったんだ!

結局その後、「おなかがへってもういっぽもうごけない、かえれない」と言い張った(確かに平仮名っぽい話し方だった)雛と一緒にファミレスで飯を食って、俺はもう一度帰り道にあるいつもの公園で告白をやり直す羽目になった。
まぁ、その時は腹いっぱいで雛は機嫌が良かったし、にっこり笑って「いいよ」という返事も貰えたから良かったと言えば良かったが、俺の気力は夕方で使い果たされていたので、いまいち印象が薄かったりするのだった。


* * * * *


しかし、何故いきなり中西がそんなことを言い出したのだろう。
部内でも色恋沙汰には俺の次に縁のなさそうな、純朴そうなヤツが。

思わずじっと見つめると、中西は何故か決まり悪そうな、おどおどした目で、周囲へと視線を動かした。

(―――――おかしい)

何かある。
そう思ったのが顔に出たのだろうか、中西は少々青ざめて見えた。
そんな俺達に、少し笑いながら時政が口を挟む。

「そう言えば中西……お前ってあの坊やの友達だったよな」
「えっっ!!」
「……坊やって誰だ?」
「そりゃ決まってるだろ、『しんしん』だよ」

―――――『しんしん』

それは雛の下僕と化したあの坊主のことか。
いや、下僕ならまだマシだな。皓にいたっては、あの坊主のことを確か奴隷だと言っていたぞ。兄妹揃って、人間扱いされていない可哀想な奴だ。

「中西♪」

時政が満面の笑みを浮かべて、中西の肩をガシッと掴む。
部内では仏の真辺と言われてはいるものの、その笑顔には含みがありすぎて、むしろ怖い。
ああ、中西の顔が引きつっているな。

「あの坊主に何か頼まれたのかあ?」
「ちっ!違いますよ!オレはただっ!」
「ただ?」
「……ッ!」

迫り来る満面の笑みの副部長。
そして背後には、自分で言うのもなんだが、仏頂面の俺。
そりゃ怖いだろうな、怖いだろう。

「俺はただっ!もうこれ以上被害を被るのがイヤだっただけですっ!」

被害?

その思ってもみなかった言葉に、俺と時政は思わず顔を見合わせた。
被害?何の被害だ?
俺は別に中西に何かをした覚えは無いし、時政が何かをしたとも思えない。
そしてそれとあの坊主と、何の関係が?

そんな疑問に思考を巡らせていると、時政に肩を掴まれた中西が涙目で訴えた。

「部長と副部長は知らないんです!高崎のヤツ……!」
「しんしんがどうしたって?」
「暗いんです……キノコ栽培でもしてるんじゃないかって思うくらいにじめ〜っとしてて」

キノコ栽培。
中々に面白い表現だな。雛が言いそうなことだ。
いや、あの家族だったら菌糸がどうだこうだと論議しそうだな。皓のイヤそうな顔が目に浮かぶ辺り、俺も慣れたということか。

「特に、部長と生徒会長が仲良くなってからは、ますますそれがエスカレートしてて……側にいる俺にまでキノコが生えそうなんですよ」

いや、皓とはまぁ以前よりはマシだが、未だにことある毎に俺は嫌がらせをされているぞ?
一応俺と雛の仲を認めてはくれたようだが、可愛い妹を奪われた恨みつらみが忘れた頃にやってくるらしく、日によって機嫌が変わったりするからな……侮れん。
もう秋なんだから、いい加減受験に本腰を入れればいいものを、悲しいかな、うちの学校は大学部までエスカレーターだ。まぁ皓は無駄に頭だけはいいので、外部を受験するかもしれないが、それに落ちるような頭の持ち主でもない。

「『敵がタッグを組んだ……』って、水泳部の奴等もただでさえジメっぽい部室がますますジメジメしてるって言ってるくらいなんです」
「ははぁ……政宗と皓が仲良しになったのがそんなにショックだったのか。密かに共倒れを狙われてたんじゃないか?政宗」
「……何が共倒れだ」

失礼千万な話だ。あのくそ坊主。
かなりむっとした俺に、中西は懇願するように涙目を向けてきた。

「部長!何とかしてください!」
「何とかって言われてもな……俺はあの坊主のことはあんまり」
「このままじゃ剣道部まで謎のキノコ菌に侵されます!」
「うわ〜オレ、それはイヤだな」

時政……お前はまた他人事な発言を。
しかし俺のこの冷たい視線に慣れきっている時政は全く動じない。

「じゃあ中西。この副部長様が、無精者の部長に代わっていい案を授けてやろう」
「本当ですか!?」

幼馴染暦17年の俺は知っている。
間違いなく、時政は今。
―――――面白がっている。

お前の人生は面白おかしければそれでいいのか、時政。
しかし俺の呆れた視線には気づかず、中西は時政の言葉に目を輝かせている。
そんなに喜ぶほど、あの坊主はキノコだったのか?

「いいか?しんしんにこう言え」
「はい」
「政宗と雛ちゃんは、未だ第一次接近遭遇もしていない清く正しい間柄だってな」

―――――第一次接近遭遇?
何だそれ?

言葉の意味がわからず、眉を寄せた俺に小さく笑いながら、時政は尚も続ける。

「だからまだ望みはある。少なくとも家の距離はお前の方が近いだろうって言え?それで少しは浮上するだろ。しんしんは雛ちゃんの話を聞く限り、結構単純そうだしな」
「そうなんです、あいつ、結構ころっと騙されるタイプで……」
「だからとりあえずその言葉で乗り切れ。お前のまだまだ残る高校ライフを、キノコに占領されたくはないだろ?」
「さすがです!副部長!」

それは暗に―――――まだ望みはあるから元気出せって言ってるのと同じか?
悪いが望みはないぞ?
心の中ではそう思いつつも、言葉にするとイヤに自信家な発言のような気がして、俺は口を噤んだ。
中西は時政のアドバイスに、晴れ晴れとした顔をして、

「じゃあ!オレ先に道場に行ってます!」

と言い残すと、バタンとドアを閉めて部室へと向かっていった。
おう、と言いながら小さく時政は手など振ったりしている。
―――――しかし中西、お前挨拶がなっていないぞ。
剣道はそういう精神面も磨いてこその武道だ。

「一件落着だな」
「……どこがだ。期待を持たせるようなことを」
「あながち嘘でもないだろ?」
「嘘だろうが」

睨みつける俺に、時政はやれやれといった風に肩を竦めた。

「第一次接近遭遇の辺りは嘘でもなんでもないじゃんか」
「……」
「お前まさか第一次接近遭遇の意味がわかんねえとか言うなよ?」
「……わからん」

素直に答えた俺を、時政は大きく目を見開いて、信じられないといった風な目でマジマジと見つめた。

「……マジで言ってる?」
「知らないものは知らない、何なんだ」
「お前さ、あの厳格なじいさまに育てられたのには、やっぱり問題があったんじゃねえの?」
「……だから、何のことだ」
「第一次接近遭遇ってのは、わかりやすく言っちまえばAのことだろ?」

―――――A?
何でここにアルファベットが出てくるんだ?

まだわからないといった俺に、時政は今度こそ盛大にため息をついた。

「Aだよ、A!恋愛のABCのA!そんくらいわかるだろうが!」
「……?」
「カーッ!この天然記念物が!Aってのはキスだよキス!口づけ!接吻!了解!?」

直接的に言わせんじゃねえよ!と何故か力任せに後頭部をはたかれ、俺は前につんのめった。

―――――キス?

つまるところ、第一次接近遭遇っていうのも、Aもキスのことなのか?
なんだってそんなまどろっこしい言い方をするんだ?簡単に言えばたったの二文字で済むことじゃないか。
時政より羞恥心は持ち合わせていると思っていたが、実はそうでもなかったことに、この時の俺は気づいていなかった。

ああでも……そうか―――――なら。

「―――――時政」

全くこれだから根っからのカタブツは……とブツブツ言っている幼馴染に、俺は何故か少しだけ笑みを浮かべて言い放った。

「だったら、さっきのは完全なる嘘だ」
「……はあ?」
「お前は中西にも、あの坊主にも嘘をついたことになるな」
「嘘?オレが?」

目を丸くしている時政に、からかう気持ちがこみ上げてくる。
こんなことはめったにない。いつも遊ばれるのもからかわれるのも俺の方。逆転するのは17年の幼馴染生活の中で、数回あったかなかったかだ。




「悪いが」
「?」
「―――――第一次接近遭遇とやらは、既に終了済だ」





ぽかん、と口を開けたままの奴を置いて、俺は静かに一礼をしながら扉を閉め、道場へ向かった。
さて、あいつはどんな顔で俺を追ってくるだろう?
珍しく声が漏れそうになるほど笑いがこみ上げてきて、俺は手に持っていた面を、とりあえずかぶったのだった。