W渡辺
- - - 第14話 渡辺くんと桜吹雪
[ 第13話 渡辺くんと赤いリボン 後編 | W渡辺Top | 第15話 渡辺くんとカフェ・オーレ ]

「やっぱり日本人の心は桜だなぁ」

久々に部活のない週末、俺達は花見に出かけた。
満開の桜を眺めながら、しみじみと言う時政に俺が頷こうとした時、あまり聞きたくなかった台詞が、耳に入ってしまった。

「桜といえば遠山の金さんだよね〜……」

雛は何気に時代劇が大好きだ。
この間、レンタルで鬼平を借りまくっていた。
今をときめく韓流でも、「24」でもなく、鬼平だぞ?
俺も流行に敏感な方ではないから何とも言えないのだが、その後じいさまと鬼平について熱く語っていたのは、あまりいい気分ではなかった。

「遠山桜ってか?」
「そうそう、遠山桜」
「オレはどっちかっていうと、暴れん坊将軍の方がいいなぁ」
「でもマツケンは何か違う方向に行っちゃったよ?時政くん」
「あれはあれで、ありだろ?」
「サンバでも?」
「サンバでも」

……しかも話が弾んでいるのは何故だ、時政。
取り残された俺と相良は、思わず顔を見合わせてしまう。

「私はやっぱり江戸を斬るがいいかな」
「歌が良いよな、あれ」
「そう!時政くんって結構、通だね?」
「あれは外せないだろ?さすがテルヒコだろ?」
「うん!うん!」

何と言うか、楽しそうだな。
いや、前々から思ってはいたが、いやに仲が良過ぎないか?お前達。
大体俺達は何をしに来たと思ってるんだ?花見だぞ?花を見ないで時代劇談義なんぞしている場合か?

「渡辺くん、眉間に皺」
「そうか?」
「前はよくわかんないヤツって思ってたけど、案外わかりやすいわよね、渡辺くん」
「どういう意味だ、相良」
「言ったとおりの意味でしょ?」
「……」

俺はただ、純粋に花をだな……。
……。
いかん、自分で考えても言い訳がましく思える。

そう思ってブンブンと首を振った時、雛のその言葉が何故かすっと耳に入った。

「ねえ時政くん。桜吹雪の刺青って、どこに行けばやってもらえると思う?」

……は?

「えっ……刺青?」
「そう、金さんと同じやつ」
「それはちょっとやめておいた方がよくねえ?」
「どうして?」
「だってほら、刺青って一生残るしさ。一応校則でも禁止だし」
「でも、正義の印でしょ?遠山桜」
「……いや、そうだけど」

困った顔で振り返った時政が、俺の顔を見た瞬間にぎょっとした顔をした。
相良の言うとおり、最近の俺はどうも素直に感情が顔に出るらしい。
俺は無言で雛の肩を掴むと、ずいっと顔を近づけた。

「刺青なんて、絶対ダメだ」
「……なんで?」
「当たり前だろう!何を考えてる!」
「刺青って響きがだめ?じゃあ……たとぅー?」
「呼び方変えてもダメだ!」
「どうして〜?だって正義の印……」
「とにかくダメだ!」

一方的な俺の言い方もよろしくなかったのか、雛の機嫌が一気に直滑降していくのが見て取れる。
だが誰になんと言われても、刺青なんて認めないぞ、俺は。

「マサムネって、ピアスもダメとか言う?」
「……本来はダメだが、それくらいなら許容する」

但し、耳限定だ。
間違っても口唇だの、鼻だのへそだのにするんじゃないぞ。

そう言うと雛は本格的にモヘッと口唇を捻じ曲げた。
への字の口唇ってのは、このことを言うんだろうな、とぼんやり思ってしまうほど、それは露骨だった。

「マサムネ、固い!」
「何とでも言え、ダメなものはダメだ」
「遠山桜はゴクドーさんとは違うもん!正義の印なんだもん!」
「正義の印がそんなに欲しかったら、黄門の印籠でも買え!」
「葵の紋には季節感がないよ」
「何を言う、京都の葵祭りは春にやるだろう」
「……そうだっけ?」
「そうだ」

我ながら、ものすごく論点がずれ始めているのはわかったが、今更後には引けない。
ちなみに葵祭りは5月15日だ。

「ねえ、雛」
「……?」
「遠山桜より、今はこの目の前にある桜を見てあげましょうよ」
「……」

苦笑した相良が指差した先にある、頭上に咲き誇る満開の桜を、雛は首を90度くらい曲げて見上げた。
薄紅色の花片がハラハラと散り始めている様もまた情緒深くてとても美しい。

しかし、しばらくその妙に疲れそうな体制で桜を眺めていた雛は、うに、と口を尖らせたかと思うと、俺を責めるような目で見た。

「遠山桜……」

―――――まだ言うか……。

「マサムネのスケコマシ」
「……違うだろう」
「……んん?」
「俺は悪いがスケをこましたことはない」
「……よくわかんない」

こういう時、本当に雛は頭がいいのかわからなくなる。
ぼんやりと将来を考えるに、雛が普通の企業で働くのは無理だろう。
運良く入社できたとしても、居眠りでクビだろうな……多分。

「マサムネ……今なんか失礼なこと考えたでしょ?」
「……そんなことないぞ」
「マサムネが間をあけて返事する時は、大抵失礼なこと考えてるもん」

いつの間にそんなこと覚えたんだ、雛。
本気で機嫌を損ねたらしい雛は、一人でテケテケと先に行こうとする。
俺は苦笑しながら、その後を早足で追った。

「何ていうかさ、あの二人……オレらの存在、すっかり忘れてねえ?」
「真辺くん、知ってる?」
「何を?」
「ああいうのを、世に言う馬鹿ップルっていうのよ?」

遠くなっていく俺達の背中を見て、時政と相良が呆れたように笑っていたことを、気付いてはいたけれど。


* * * * *


一度損ねた雛の機嫌は、同じ公園内の動物園の前で売っているパンダ焼きであっという間に直った。
人形焼がパンダの形をしているようなものだが、人形焼よりもあっさりしている。何より、焼きたてというのが雛には嬉しかったらしい。
花より団子を地でいってる気がしないでもないが、まぁいいだろう。

しかし毎年のことながら公園内は花見客で一杯だ。
東京の花見といえば、真っ先に名前のあがる場所だから、当然と言えば当然なのだが。

俺達はさすがに酔っ払った花見客の間で座る気にもならず、公園内をぶらぶらと散歩していた。
屋台も多く出ているので、小腹が空けばつまむこともできる。
それより何より、雛が無類の屋台好きだということは、夏祭りで実証済みだ。

「楽しいか?雛」
「うん、おいしい!」
「いや……そうじゃなくて」
「イカ、イカ、イカ♪」
「……あのな」
「ゲソ、ゲソ、ゲソ♪」
「そんなにイカ好きか、お前」

どうやら目の前の屋台から漂う、イカ焼きの醤油の焦げる香りに吸い寄せられているようだ。
だが雛の手には、でっかいじゃがバターが握られている。それを食ってからにしろ、頼むから。

大体その決しては大きくない、むしろ細いその身体のどこにそんなに食い物が入っていくんだ。
パンダ焼きだって突きつめれば小麦粉という名の炭水化物の固まりだし、今お前が持ってるジャガイモは見るからにでんぷんだぞ。
そう思っていると、雛はまるで俺の心を呼んだかのように、ニカッと笑った。

「イカはベツバラ」
「……」
「りんごあめもベツバラかな〜?あとね、お好み焼きとかたこ焼きも結構ベツバラだよ?」
「……そういうのは別腹じゃなくて、単なる大食いって言うんだぞ?」
「大食いじゃないもん、ベツバラ!マサムネ、今日はやっぱりちょっと失礼だよ?」

いや、どう考えたってそれは別腹とは言わない。
なぁ?そうだろう?と俺が同意を求めるために、ふと横の時政を見ると、ヤツは大きな口をあけてジャンボたこ焼を頬張っていた。
そうだ、こいつはジャンクフードを主食に育った人間だった。

「なんだ?欲しいのか?政宗」
「……いや、いらない」
「遠慮しなくてもいいぞ?」
「……いい」

昔から、俺の家ではじいさまの影響で、100%果汁のジュース以外が認められていなかった。
だが、時政の家に遊びに行くと、これでもかというくらいに炭酸飲料ばかりが冷蔵庫につまっていたことを思い出す。昔からとんでもなく不健康な食生活だったわりに、体格が大して違わないのは何故だろう。
……絶対将来お前は、腹が出るタイプだぞ。

しかしよく見れば、涼しい顔で相良もイカを頬張っている。
何でそんなにみんなジャンクフードが好きなんだ?みんな食べ物に夢中で全く桜を見てないじゃないか。

―――――こんなに、綺麗なのに。

桜という花は不思議な花だと思う。
この花を見ると、ああ、自分は日本人だったんだなとぼんやり思う。
小さい頃、じいさまにそう言うと、いつも険しい顔を少しだけ和らげて、俺の頭を撫でながらこう言った。

(「桜は日本人の魂に刻まれた花だからな」)

そうなのかもしれないと、今は思う。
桜は―――――特別な花だ。

「雛は桜、好きか?」

あむあむとジャガイモを口いっぱいに頬張っている雛に、俺はゆっくりと話しかけた。
いきなり聞かれて、雛はきょとんとした顔をしたが、ごくんとそのでんぷんの塊を飲み込むと、こくりと頷く。

「好きだよ?」
「そうか」
「さくらんぼがなるし」
「……いや、そうじゃなくて」

未だ食い気から離れられない雛に、もう俺は苦笑するしかない。
やっぱりそのじゃがバターはちょっとでかすぎるんじゃないのか?

「桜がね、すごいなぁって思うのはね」

困ったような笑いを俺が浮かべたからだろうか。
雛は食べるのを中断して、俺の顔を覗き込んだ。

「今年も綺麗だなって思った後にね」
「……?」
「また来年も、同じ花を見たいなって思えるところ、かな?」

ふわりと笑った雛は……何故だかとても、綺麗だった。
いつもはどちらかというと可愛い印象しかないその顔が、不思議なほど綺麗に見えた。

「……来年も?」
「来年も」
「……再来年も?」
「そう、再来年も……その先も。ずっとずっと今年の桜を一緒に見た人達と、また一緒に見たいなって思うの」

時政と相良が、歌うような雛の言葉に、目を細めるのがわかった。
この薄紅色の桜の下では、誰もがそう思うのだろう。
雛がすごいと思うのは、そういう言葉を考えもせずに率直に言えることだ。

「だから、来年もみんな一緒に見ようね?」
「一緒に、なの、雛?渡辺くんとたまには二人で見なさいよ」
「マサムネはイカ食べてくれないもん。私はユリと一緒にイカを食べるの」
「……わたしの存在意義はイカなわけ?」
「うん」
「いいけどね」

結局イカ話に戻ってはしまったが、でも何故か俺達の間には穏やかな空気が流れていた。

来年も、その先も……ずっとこの花を、一緒に見れたらいい。
それが当たり前になるまで、ずっと一緒にいよう。


* * * * *


「だから来年はみんなで遠山桜を」
「ダメだ」
「……ケチ」

俺の鶴の一声に、拗ねた顔をして雛は半分になったじゃがバターをかじった。
来年も、その先も……遠山桜は却下だ。