W渡辺
- - - 第16話 渡辺くんと相良さん
[ 第15話 渡辺くんとカフェ・オーレ | W渡辺Top | 第17話 渡辺くんと100人の彼女 ]

「……なんだ、これは」

ようやく暖かくなってきて、屋上で昼飯を食えるようになったある日、俺と時政はその光景を見て絶句した。

「マサムネ〜」

そんな俺達に気付いているのかいないのか、雛はのんびりと手を振っている。
しかしその雛の周りにも、それは転がっていた。

「……なんだ、これは」

俺はもう一度雛に問いかける。
しかしその質問の意味がわからなかったらしく、雛はきょとんと首を傾げていた。

「雛……なんだこのマンゴーの山は」
「ああ、これはユリのだよ」
「相良の?」
「そう、ユリの大好物」

大好きなのはかまわんが、なんだってこんなにゴロゴロゴロゴロ転がってるんだ?
と、言うか何で昼飯にこんなにマンゴーが必要なんだ?

「渡辺くんと真辺くんも食べる?」

相良は器用に果物ナイフを動かしながら笑っている。いつもの相良とは違ってどこか嬉しそうだ。

「相良……まさかお前の昼飯はこれだけか?」
「そうよ」
「百合ちゃん、マジで!?」
「だってマンゴーがこんなにあるんだもん、あー幸せ」

驚く俺達を尻目に、相良は次から次へとマンゴーを口に運んでいる。
座るためにひとつを手に取ってみると、程よく冷えていた。

「調理室の冷蔵庫を朝のうちに拝借しておいたのよ」
「そこまでしてるのか」
「先月、家の手伝いをしたバイト代、全部使ってみたの。一回やってみたかったんだ♪」
「マンゴーにか!?」

ちなみに相良の家はカフェを経営している。
俺も雛や時政と一緒に行ったことがあるのだが、とても居心地のいい店だった。
しかし……バイト代を全てマンゴーにつぎ込むとは、お前って……。

「ちなみに百合ちゃん、いくら使ったんだ?」
「二万円」
「……へ?」
「だから、二万円」

―――――二万円!?
相良……お前……一体いくつ買ったんだ!

「今話題のちょっと高級なアップルマンゴー、箱買いしたの。家に帰ってもしばらくマンゴー三昧なのよ」
「お前……」
「ストップ、渡辺くん。言いたいことはわかるけど、前々からのわたしのささやかな夢だったんだから、ほっといて」

そう言い放つと、相良は心底幸せそうにマンゴーを口に運んだ。
その様子を俺達とは違って、雛はニコニコしながら眺めている。

「雛は、食わないのか?」
「ん?ああ、私はね、いいの」
「……何でだ?」
「う〜ん……あんまり得意じゃないんだよね、マンゴーとか、パパイヤとか……南国系の果物って」

雛は無条件で食べ物は大好きかと思っていたので、その答えは少し意外だった。
まぁ俺も時政も甘いものはそう得意じゃないし、誰にだって一つくらい苦手なものがあってもいいよな。

「私はね、ごはんが好きなの」
「……米か?」
「そうじゃなくて、デザートとか果物じゃなくて、ごはん、が好きなの」

―――――なるほど。
だから屋台でも、最初はイカ焼きだのお好み焼きだのに目が行くわけか。
りんごあめも食ってはいたが、イカとだったら、そっちを選ぶというわけだな?
まぁその立場だったら俺もそうなので、雛の言いたいことはすんなりと理解できた。

「しかし百合ちゃん、本当に昼飯……コレだけ?」
「そうよ」
「相良……お前少しは栄養バランスというものを……」
「イヤよ。今日はマンゴーだけを摂取して生きるって決めたの」

そんなに好きか、マンゴーが。
マンゴーだけをひたすら食う相良の横で、雛が椎茸の肉詰めを頬張っているのは、微妙におかしな光景だった。
付き合ってたのが雛でよかった。

「ユリ、おいしい?」
「うん、もう幸せよ♪」

嬉しそうな相良は俺達の目の前で、ありえない量のマンゴーをその胃袋に収めていった。
見てるだけで、俺は自分の胃袋が、マンゴーでいっぱいになったような錯覚に陥ったけどな。


* * * * *


しかし―――――話はそれだけでは終わらない。

「……相良」

その翌日の昼休み。
眉間に皺を寄せた俺に、相良は少々バツの悪い顔をした。

「しょうがないじゃない、まだ消費しきってないんだもの」
「だからってお前……今日もマンゴーしか食わないつもりなのか」
「さっきカフェオレ飲んだわよ?」

それで胸を張るな。
雛、お前もカフェオレって聞いた途端に「うえ〜ッ」って言うな!

「ユリ……他のものも食べた方がいいよ?」
「そうしたいのは山々なんだけど……一箱はやっぱり多かったわね」
「おうちにもまだあるの?」
「うちの冷蔵庫にも、調理室の冷蔵庫にも入ってる」

だから―――――買い過ぎなんだ、お前は!
冷静でクールなヤツだと思っていたが、実はそうでもないだろ、お前!

「じゃ、じゃあオレ、一個貰うよ。政宗も一個食え」
「仕方ないな」
「雛ちゃんは……ダメか」
「うん、ごめんね」

時政は目の前をごろんごろんと転がっているマンゴーを一つ手に取った。
確かにな、一個くらいだったらうまいんだ。
だが物には限度というものがある。何故10個くらいでやめておかなかったんだ、相良。

「ユリのおうちのお店で使ってもらえないの?」
「それがね、うちは今月はいちごフェア中なのよ」
「う〜ん……」
「雛、持って帰らない?皓さんとか、好きじゃない?」
「皓ちゃんは味覚がジジィだから、食べないと思う」

―――――味覚がジジィって。
皓……お前の大事な大事な妹は、微妙にお前をこきおろしているぞ?

「渡辺くんの家は……」
「……無理だ」

あのじいさまが、果物は国産以外口にしないような人が、マンゴーなんてものを食すとは思えない。
そして、時政の家は……両親がまともに家にいること自体が稀なので、もっと無理だろう。

「あ」

何か名案が思いついたかのように、相良はポン、と手を叩いた。
そしてそのまま、じっ……と俺を見つめる。
なんだ……なんなんだ?その目は。

「ねえ雛、ものは相談なんだけど」
「ん?」

こそこそと雛の耳に舌打ちする相良に、俺はものすごーくものすごーく不吉な気配を感じる。これは気のせいじゃない、確信だ。

「ええ〜!?」
「ねっ、お願い」
「やだよぅ、そんなの」
「大丈夫!雛は普通でいいから!」
「……でも」
「何事もチャレンジよ!雛!」

両手を合わせて頼み込む相良に、雛はしばらくうんうんと唸っていたが、やがて諦めたように肩を落とした。

「……わかった、やってみる」
「ありがとー!だから雛が大好きよ!」
「だからってのがちょっと引っかかるんだけど……ユリ」
「気にしない、気にしない!」

アハハッと大口で笑う相良を複雑な顔で見つめていた雛は、ふっと俺に視線を移した。
……その瞳に浮かんだ感情は、俺が推察するに。

(―――――ごめんね)

だったような気がして。
俺はどうにも、その嫌な予感を捨てられなかった。


* * * * *


―――――そして。

俺の予感は、翌日の昼休みに的中する。

「雛……これ、なんだ?」
「えっと……から揚げ?」

いつものように雛の手作り弁当を食べていた俺は、そのありえない味に愕然とした。
雛は、料理上手だ。
だから―――――こんなものを進んで作るはずはなく。

「もう一度聞くぞ、雛。これはなんだ?」
「か……から揚げ、デス」
「何の?」
「えっとぉ……ま、マンゴーです」

ご丁寧なことに、雛の弁当と見た目は全く一緒だ。
だが!どう見ても雛の箸に挟まれたから揚げは、鶏肉だ!
何故俺の弁当だけマンゴーなんだ。

「……相良」
「や、やーね。そんなに睨まないでよ、渡辺くんってば」

お前の……お前の余計な入れ知恵のせいで、雛がこんなものを。
困りきっているあの顔を見れば、雛は本当は作りたくなかったのだろう。
そりゃそうだよな、見るからに……うまくなさそうだもんな。うまいものが大好きなお前が進んで作るはずはないよな。

「この、かぼちゃの煮付けに見えるものも?」
「ま、マンゴーの煮付けです」
「この、目玉焼きの黄色い部分は?」
「マンゴー……固めてみたの、寒天使って」
「このマカロニのカレー風味サラダに見えるものは?」
「マンゴーとマヨネーズで和えた……」
「……雛」

なんてことだ。
この弁当の黄色の部分は全て!全てマンゴーだって言うのか!
雛が料理上手だからこそできたことだろうが……これはいくらなんでも厳しいぞ!

「ご、ごめんね……マサムネ」

雛が申し訳なさそうな顔をする。
それでも頑張ってこの弁当で2個のマンゴーを消費したのだそうだ。

「渡辺くん、雛の作ったものが食べられないの?」
「……お前が言うな!相良!」
「雛が一生懸命作ったのに」
「……お前というヤツは」
「男を見せてよ、渡辺くん」

コイツどうにかしてくれ。
そう思って隣を見れば、時政が腹を抱えて笑っているので尚更腹が立つ。
俺はやつ当たりに近い気持ちで、時政の頭を一発ゴイン、と殴ると、その弁当に向き合った。

(負けるな、俺)
(この弁当は雛が……そう雛が作ってくれたものだ、間違っても残すなんてことはしてはならない)
(この黄色いものはみなタマゴの黄身だ、かぼちゃだ、カレー味なんだ!)

自分に必死で言い聞かせ、俺はいつもの二倍以上のペースで、そのスペシャルマンゴー弁当を完食した。
我ながら、ものすごい根性だったと思う。
雛も作っておきながら、完食するとは思っていなかったようで、大きな瞳をいつも以上に広げて驚いていた。

「……愛だな、政宗」
「……うるさい、黙れ」

時政の苦笑も今は無性に腹が立つ。
だがその手に握られているカレーパンの中身が、今日は何故かマンゴーに見えて、奪い取るのも躊躇してしまった。

「愛ね、渡辺くん」
「……誰のせいだと思ってるんだ」
「わかってるわよ、ありがと」

相良はニコニコと笑っている。
何とかいろいろな方面に手を回したらしい。自分が二万も出して買ったマンゴーを全て消費しきったことが嬉しいのだろう。
もう二度とマンゴーを箱買いなんてするんじゃないぞ、お前は。
そう説教すると、相良は肩を竦めて、わかったわかったと繰り返した。しかしその姿は全く反省しているようには見えない。

そっぽを向いた相良に、呆れ返ってため息をついた俺の学ランの裾を、ツンツンと雛が引っ張った。

「……マサムネ」
「?」
「去年はね、赤福だったんだよ」
「……は?」

―――――赤福?
商品名とその姿を頭に思い浮かべて「?」マークを飛ばしている俺に、雛は心底イヤそうな顔をする。

「その前は、笹かまぼこ」
「……雛」
「その前は、確かバナナで……バターサンド、キムチ……あとなんだっけ」
「相良、お前……」

指折り数える雛を横目に、引きつりながら相良へ視線を向けると、当の本人は悪びれもせず笑っていた。

「なんかねー……わたし、一年に一回くらい好物だけを食べたくなる時があるのよ!不思議なんだけど」
「……まさかその度に箱買いか?」
「箱じゃない時もあるけど、まとめ買いすることに変わりはないわね」

―――――お前ってヤツは。
そんなに大量に買って……どうせ毎回今回のように食いきれないで終わってるんだろう!
学習しろ!食える分だけ買え!

「バターサンドはきつかったわよ、やっぱり」
「当たり前だ」
「笹かまも、飽きるのよね」
「だから、やめておけ!」

キーンコーン、カーンコーン。

俺の怒声と一緒に予鈴が鳴った。昼休みが終わろうとしている。
相良はさっきと同じように、わかったわかった、と繰り返しながら、自分の弁当を片付け始めた。
でも絶対に絶対にわかってなんていないに違いない。

「でもバターサンドの時じゃなくてよかったよな」
「……バターサンド弁当は俺でも食わないぞ」
「雛ちゃんの手作りでもか?」
「雛の手作りでもだ。そうなったら、皓に電話すれば喜んで食うだろ」
「うわ!お前最近性格が悪くねえ?」
「……ほっといてくれ」

バターサンドだらけの弁当なんて、死んでも食いたくない。
なら笹かま弁当の方が、数倍マシだ。
いや……むしろ笹かまにしてくれ。

全て消費し終わったからなのか、晴れ晴れとした顔で前を歩く相良を見て、俺はそう願わずにはいられなかった。
しかし、変わり者の多い中でわりとまともな方だと思っていた相良にこんな性癖があったとは。
大きなため息をつきながら、そう漏らした俺に、時政は笑いながら答えた。

「そりゃお前、『類は友を呼ぶ』って言うだろ?」
「……」
「あの雛ちゃんとまともに付き合えてるんだ。百合ちゃんだって、相当だと思うぜ?」

お前……雛を珍獣みたいに言うな。
大体その理屈から言ったら、俺とお前だって相良と同レベルになるんじゃないのか?
そう思いつつ、俺はひとつため息をつきながら、並んで歩く雛と相良の背中を見つめた。

―――――願わくば、来年はどうか、おかずになる食材に相良の興味が向きますように。
マンゴーづくし弁当の味が未だ口内に残る俺は、切実にそう願わずにはいられなかった。