W渡辺
- - - 第17話 渡辺くんと100人の彼女
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「『世界中が100人の村だったら』って本、あるじゃない?」
「?」

時政が購買部にパンを、雛がいちご牛乳を買いに行った後、残された俺に相良が唐突に話しかけた。

「あれ、ちょっと意味は違うけど、変換するとなかなかに面白いと思うのよ」
「変換?」
「渡辺くんはどうする?『100人の雛がいたら』?」
「……」

100人の雛。
100人の。

「……俺が大変だ」

思わず本音が漏れた俺に、相良は面白そうに笑って返す。

「そうだよねぇ、きっとそこらじゅうで寝こけてるわよ」
「それを俺が全部回収に行かなくちゃいけないのか」
「そういうことね」

そこにも眠る雛。
ここにも、あそこにも眠いとぐずる雛。

まずい、頭痛がしてきた。
一人だけでもかなりもてあましているのに、増殖する必要なんてまるでないぞ。

「でもきっと渡辺くんは、100人の雛を律儀に連れてくるのよね」
「……」
「雛を放ってなんておけないでしょ?」
「……」

確かに……俺はきっと全員を回収して回るんだろう。
眠っている雛はそのまま背負って運び、ぐずる雛はなだめすかして、何とかするに違いない。
我ながらその姿を想像すると、ちょっと情けないような気がする。

いや、でも逆に想像してみよう。

例えば、100人の時政。

―――――うざったい、うざったすぎるぞ。

じゃ、100人の相良。

―――――ある意味イヤだな。

じゃあ、100人の皓。

……。
……。
―――――勘弁してくれ。

「今、何か失礼な想像したでしょう?渡辺くん」
「……いや、そんなことは」
「でも100人も雛がいたら、ある意味ではハーレムね」
「それはそうだが、全然俺は嬉しくないぞ」

100人の皓よりは100人の雛の方がそりゃいいに決まっているが、それでも雛は一人でいい。

「一人でいいってこと?のろけにしか聞こえないんだけど」
「そんなつもりは」
「渡辺くんってさぁ、雛と付き合い出してから変わったわよね?」
「……どこがだ?」

自分としては何が変わったんだかさっぱりわからないのだが、最近相良以外の人間からもよく言われることだ。
生まれた時から一緒の時政に言わせると、別段変わりはないらしいのだが。

「わたしはね、渡辺くんはもっとこう、おカタい人だと思ってたわけよ」
「……?」
「バカがつくほど真面目で、融通が利かなくて、テレビもニュースしか見てないようなイメージだったってことよ。ま、それはあながち間違っちゃいないんだろうけど、何て言うかな……雛と付き合うようになってから角が取れた感じはするのよね」
「角……」
「ぶっちゃけると、可愛くなったって感じ?」

かっ―――――!!

何て言った?今相良は一体何て言った!?
かっ、かわっ、かわいい!?
可愛いなんて生まれてから今まで、一回も言われたことがないぞ!俺は!

固まった俺を見て、相良はくすくすと笑っている。どう見ても面白がっている顔だ。

「無表情なくせに世話焼きくんだし、あのマイペースまっしぐらな雛に振り回されてるのが可愛らしいのよ」
「相良……面白がってるだろ」
「だってわたし何にも言ってないのに、100人の雛を回収に行く気満々なんだもの。面白くないわけないじゃない?」

どうも俺は相良には完全に遊ばれている気がする。
そう思ってガックリと肩を落とした時、屋上のドアが開いて、雛と時政が戻ってきた。

「どうしたんだ?政宗」
「……いや」
「マサムネ?お腹減っちゃったの?」
「いや……そういうわけじゃ」

雛、心配してくれるのは結構だが、何ですぐ空腹だと思うんだ?
睡眠欲と食欲が最優先なのはお前で、俺じゃないはずなんだが。

100人の雛。
床に寝転がって寝ている雛、眠い眠いとぐずる雛、寝ぼけていろんなものにぶつかっている雛。
たい焼きをむさぼっている雛、腹が減ったとイライラする雛、いちご牛乳をおとなしく飲んでいる雛。
自分の欲にとてつもなく正直な100人に対応しきれず、途方にくれている自分の姿が脳裏に浮かんだ。

「今ね、『世界中が100人の村だったら』の話をしてたのよ」
「ああ!あのベストセラーか」

買ってきたコロッケパンの封を破きながら、時政が相良に答えた。

「でね、渡辺くんに『100人の雛がいたら』どうする?って聞いてたの」
「ほほぅ、んで何だって?」
「回収して回らなくちゃいけないから、俺が大変だって」

それを聞いた時政は、予想通り腹を抱えて大笑いした。
物を口に入れたまま笑うな!この礼儀知らずが!

「雛はどうする?もしも『100人の渡辺くんがいたら』?」
「?」

れんこんのふわふわ揚げを頬張っていた雛は、相良の問いかけにきょとんとして首を傾げた。そしてそのまま何やら考える体制に入る。
しかしそんな純和風なおかずなのに、飲み物はいちご牛乳って、何か間違ってないか?

「100人のマサムネ……?」
「そう、100人の渡辺くん」
「ん〜……あみだくじ」

―――――あみだくじ?

「マサムネは一人でいいから、あみだくじで決める」
「えっ雛ちゃん、残りの99人はどうするの?」
「冷凍しておく」

―――――冷凍!?

「んで、必要になったら解凍する」
「ひ、雛ちゃん。ちょっとそれはシュールじゃないか?」
「お手軽なホームフリージングだよ」
「雛……お弁当のおかずじゃないのよ?」

いくら今お前の意識が弁当にとんでたからって、ホームフリージングって。
残り99人の俺の立場って一体……大体それをどこに保存しておくつもりなんだ。
やはり一般人からは遠く外れたその思考回路は、俺には理解不能だ。最近慣れたと思っていたが、思い込みだったのかもしれない。

ちょっとジト目になっているとは思いながら、俺は雛に聞いてみた。

「99人の俺が必要な時ってどんな時だ?」
「ん〜寝る時?」
「寝る……」
「一人は枕、一人は敷布団、一人は掛け布団で、一人は抱き枕」

俺は寝具か!寝具扱いなのか!?
その中で役割的に許せるのは抱き枕だけじゃないのか!
絶句している俺の心中を知ってか知らずか、雛はニコニコと笑っている。

「生寝具かぁ」
「……俺は柔らかくないから寝心地は良くないぞ」
「解凍したてだと冷たそうだから、あっためた方がよさそう」
「……あのな」
「いいなぁ……」

どうやら本当に頭の中でそれを想像しているらしい雛に、俺は相良に遊ばれた時以上のダメージを受けて、思わず持っていた箸を落としてしまった。
そんな俺達を爆笑しながら見ていた二人は、笑いすぎて目の端ににじんだ涙を拭きながら、好き勝手に話し出す。

「何ていうか、初々しいわよねぇ」
「だな!」
「寝る時に渡辺くんが必要、なんて言うから、ちょっと色っぽい話がついにこの二人からも聞けるかと思ったのに」
「出てきた言葉は、寝具オンリーだって……ククク」

うるさい、黙れお前ら!
不機嫌になった俺の眉間の皺と視線にも気付かずに、二人の話は続く。

「付き合ってもうすぐ1年になるのに、あんまり進展なしなんでしょう?」
「政宗は甲斐性なしだからなぁ」
「抱き枕ってそういう意味じゃなくて、純粋な抱き枕だもんね。もうちょっと頑張った方がいいんじゃない?」
「相良……」
「皓さんに負けちゃだめよ!」

お前の応援の仕方は方向性が間違っている。
俺だってこう見えても男なんだから、そういう気持ちがまるでないわけじゃないんだ。
でも相手がこの雛だから、スローペースでいいって自分で納得……いや、自分を納得させてるんだから、いいんだ!ほっとけ!

「マサムネ」
「?」
「とりあえず、ごはんを食べ終わったら生寝具を実践してみてもいい?」
「……は?」

ようやくめくるめく俺の生寝具の想像世界から帰ってきたらしい雛が、気を取り直して箸を持った俺の顔を覗きこんだ。
生寝具実践って……なんだ?膝枕か?

「食べ終わったら、そこに寝てくれる?」
「何でだ?」
「生敷布団になってもらうから」

敷きか!
よりにもよって、一番虐げられた感の強い敷布団か!

「……イヤだ」
「えー!!なんで!?」
「なんでもだ!」

その後、俺は雛にどんなに懇願されても、頑として首を縦に振らなかった。
枕や抱き枕や掛け布団ならなってもいいが、敷布団は俺のプライドが許さない。
っていうか、生寝具のことは頼むから忘れてくれ、雛。

100人の彼女を、きっと時間がかかっても全員回収すると言った俺。
100人の俺を、あみだで選んだ一人を残して即冷凍すると言った彼女。

―――――しかも生寝具にするとまで言い切られ。

どう考えても彼女より俺の方が想いは深いんじゃないだろうかと、それからしばらく、俺は自問自答を繰り返す日々を送ることになる。