昭和12年(1937年) JASRAC No.000-0027-2 |
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ああ それなのに | ||
作詩:星野貞志(C) 歌唱:美ち奴 作曲:古賀政男(C) 制作:滝野細道 |
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**星野貞志はサトウ・ハチローの 別名です。他にも「うれしいひな祭り」 の山野三郎などがあります。 |
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Illust & WA by Hosomichi 猫イラストM/Y/D/S禁転載 |
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(一) 空にゃ今日も アドバルーン さぞかし会社で 今頃は おいそがしいと 思うたに ああ それなのに それなのに ねえ おこるのは おこるのは あったりまえでしょう |
(三) ひとり出ている お月様 窓で見ている このわたし とぎれとぎれの 針仕事 ああ それなのに それなのに ねえ おこるのは おこるのは あったりまえでしょう |
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(二) どこで何して いるかしら なにか悲しい 日暮れどき 思うは貴方の ことばかり ああ それなのに それなのに ねえ おこるのは おこるのは あったりまえでしょう |
(四) 夜更けに聞こえる 足の音 耳をすませば 胸が鳴る 帰って来たかと 立ち上がる ああ それなのに それなのに ねえ おこるのは おこるのは あったりまえでしょう |
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2007/SEP/01 |
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昭和11年に発売された渡辺はま子の「忘れちゃいやよ」は、♪ねえ♪と言う掛け声が エロをそそるとして、内務省から発禁をくらい、その後も<ねえ、ねえソング>として発 禁となった歌が出ましたが、この「ああそれなのに」はそれから1年後で<ねえ>があ るにも拘らず発禁とはなりませんでした。昭和4年発売の「愛して頂だい」は<ねえ> を乱発していて、曲想も{忘れちゃいやよ」に似ていましたが、時代が早かったせいか、 問題とはなりませんでした。一説には渡辺はま子がアメリカ人とのクオーターであった ため、時局柄、内務省にニラまれていたとも言われています。しかし、サトウ・ハチロー が星野貞志という変名を使用したのは何か意味があったのかも知れません。 |