1918年(大正7年)7月に鈴木三重吉の提唱により童話童謡雑誌『赤い鳥』が創刊されました。これに当時の(現在も)著名な作家が集って始まったのが<赤い鳥運動>でした。子供達に良質な童話・童謡を提供しようというものです。大正ロマン、大正デモクラシーと呼ばれる頃の鷹揚な時代雰囲気の中で生まれた運動で、小さな子供にも大人の目が向けられ、童謡もその時代を反映した優れたものが数多く生まれました。その児童雑誌『赤い鳥』の中心人物として筆を揮ったのが北原白秋でした。7月の創刊号に多くの雨情の詩が発表され、7月創刊と同時に弘田龍太郎の作曲で「りすりす小栗鼠8月に同じく弘田龍太郎作曲の「」、そして9月に成田為三作曲でこの「赤い鳥小鳥」が発表されました。まさに雑誌『赤い鳥』の申し子のような歌です。この頃の詩はほとんど弘田龍太郎と成田為三が作曲しています。<赤い鳥は赤い実を食べたから赤くなった>という実にあどけない子供の夢をそのまま表現していて、赤い鳥運動を象徴するような童謡です。翌1919(大正8)、児童雑誌『金の船』が創刊され、その編集長が野口雨情でした。

             Hosomichi & 素材屋プチッチ

       JASRAC No.000−0325−5(消滅)


       赤い小鳥     


       作詞:北原白秋(PD)
       作曲:成田為三(PD)
       MIDI制作:滝野細道


     (一)
    
あかいとりことり
    なぜなぜあかい
    あかいみをたべた
   
    (二)
    
しろいとりことり
    なぜなぜしろい
    しろいみをたべた

    (三)
    
あおいとりことり
    なぜなぜあおい
    あおいみをたべた



     2008/MAY/03
       童謡・唱歌 懐メロ 八洲秀章&抒情歌
       English Words by Hosomichi