旅宿の花の行方「青葉の笛」

<旅宿の花>の行方「青葉の笛」

「青葉の笛」BGM

  作詞:大和田建樹(PD)
  作曲:田村虎蔵(PD
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一)              (二)
 一の谷の 軍(いくさ)やぶれ   更くる夜半に門(かど)をたたき
 討たれし平家の 公達あわれ   わが師に託せし 言の葉あわれ
 暁(あかつき)寒き 須磨の嵐に  いまわの際(きわ)まで 持ちし箙(えびら)に
 聞こえしはこれか 青葉の笛
   残れるは「花や今宵」のうた

敦盛と忠度

 昔より乗り物などに<只乗り>することを俗に<さつまのかみ>といいましたが、これは平清盛の弟<薩摩守平忠度朝臣(さつまのかみたいらのただのりあそみ)>からきたことです。この「青葉の笛」も、一の谷に果てた平敦盛と平忠度のことを謡っています。一番は、一の谷の戦で熊谷次郎直実(くまがいのじろうなおざね)に十四歳で討たれた平敦盛のことです。直実は海に逃れんとした平家の美麗な侍大将を呼び戻します。件の侍大将は逃れようとすれば逃れられたのですが、大将の一分をもって戻ってきて、格闘の末熊谷直実に組み伏せられ「頚を斬れ」、と。直実は、白皙の少年を見て、あまりの高貴さに驚き助けようとしますが、名を名乗りません。周りは功名心に燃えた源氏の将兵が溢れており、泣く泣く討ち取ったのですが、兜の裏には一棹の笛。「されば夜毎嵐に聞こえし笛の音はこのお方のものだったか!」直実はこの時、世の儚さを感じ、敦盛の菩提を弔うため出家してしまいます。この笛は<小枝=さえだ>と呼ばれ須磨寺にあるそうです。二番は、高名な歌人でもあり、平氏の大将軍として源氏の追討にも奔走し、一の谷の戦で岡部六弥太忠澄(おかべのろくやたただすみ)に討ち取られた、平忠度のことを謡っています。

旅宿の花
 平忠度は朝廷より朝臣
(注1)の称号を賜り、宮廷でも高名な歌人でしたが、一方では勇猛果敢な武将でもありました。一の谷の決戦でも最後まで奮戦しましたが岡部忠澄に討ち取られたのは既述の通りです。しかし、敦盛の時もそうだったのですが、「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは・・・」と戦国時代の武将のように大仰に名乗ることはしなかったようで、忠度も別人の名前で戦っていたようです。忠澄もこの侍大将が大将軍忠度であることを知りませんでした。しかし、身元を検めようとした時、矢を入れておく箙(えびら)(注2)に結び付けてあった歌、【行き暮れて 木の下陰を宿とせば 花や今宵の主(あるじ)ならまし】(注3)を見て、朝臣忠度だと知ったのです。上記唱歌「青葉の笛」の中にある、♪更くる夜半に門をたたき、わが師に託せし言の葉あわれ♪、というのは、一の谷の合戦前の平家都落ちの時、夜半、途中から都に引き返し、<千載集>(注4)の編者である師藤原俊成に「今後勅撰の歌集が作られるようなことがあれば、この中から一首でも載せてほしい」(注5)と、自詠の歌を師に託した事をいいます。

千載集と旅宿の花の行く末
 忠度の歌の師藤原俊成(皇太后宮大夫俊成)
(注6)は、平氏の都落ちを承知している中で、忠度を密かに屋敷に引き入れ、願いを聞き入れました。しかし俊成はこの時は、忠度が自詠の中では<旅宿の花>を第一とし、箙に忍ばせてまで戦に赴くことはまだ知りませんでした。平忠度が一の谷に果てたのが寿永三年(1184年)二月七日で千載集が奏覧されたのが文治四年(1188年)四月二日で四年の開きがあります。そしてその間、岡部忠澄が件の歌を携えて俊成の屋敷を訪れ歌を手に入れた経緯を話していますが、旅宿の花の歌がそうした種々<曰くつき>のものであったことが、俊成をしてそれを千載集に収載するのを躊躇させたのかも知れません。結局、旅宿の花は千載集に撰ばれなかったのですが、俊成は「一首を勅撰和歌集に載せる」という約束は守りました。

 <千載集 巻一春上、第六十六 よみ人しらす>
 詞書:故郷花といへる心をよみ侍りける
 ささ浪や しかのみやこは あれにしを むかしなからの 山さくらかな
   【さざ波や志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな】
(注7)

という忠度の歌が、詠み人知らずとして千載集に収載されたのです。千載集の全歌1288首、うち詠み人知らず22首、全20巻のうち、第一巻春の歌上巻の第六十六番目に収載されたというのは、師俊成のかなりの配慮と思われます。しかし、この<詠み人知らず>としたことが後の世の反響を呼び、『平家物語』や能の『忠度』、『俊成忠度』で<旅宿の花>の物語が語られることになり、世に出ました。また平忠度自詠の歌集『忠度集』やいくつもの勅撰和歌集に忠度の歌が収載されるようになり、平氏自体が見直されるようになったと思われます。
     
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