細道の奥の細道4-3        |1|3|


(3)垂乳根の母のすがたぞ  2003年9月21日

1.計画の第一歩大柄滝
 能代市の朝6時は、街路に車の影も少なく、土地柄にはあまりマッチしないようなポルシェが一台ブイ〜〜〜ンと芭蕉号を抜いていった。芭蕉号は、そういうことには割合恬淡としていて、追っかけるようなことはしないから安心だ。芭蕉号と命名されたのは彼または彼女が最初だが、我が家の愛車としては確か5代目に当たる。
初代は、主家の兄が三菱重工業(三菱自動車がまだ分社していない時代)に勤めとった関係で、「三菱コルト・ギャラン ハードトップ 1800」。こいつは若くてキラキラ輝いとって生意気だった。車体番号17番で三菱畢生のスタイルをひけらかしていて、ガソリン・スタンドでも、「あっ、ギャラン・ハードトップだ!」などと囁かれた。しかし、格好だけで「あっちが痛えこっちが痛え」と内臓や足回りが弱く、病気ばかりしていた。
 2代目は「三菱ランサーEX」。さしもの煌いていた先代も老いさらばえた頃、主家に女が一人増え、家計が苦しくなったかして、2ランクくらい落としたこの車が入籍してきた。目立たない車で、相手が道を譲ってくれるどころか、相当無理なところでも追い越しを掛けられた。主家は怒ったらしいが、彼または彼女は何食わぬ顔をしていた。わき道から突如出て来た乱暴者のトラックに身を呈して立ちはだかり、主家の連れ合いと子供を守って逝った。
 3代目は「三菱ランサーロイヤルサルーンXT」これは先々代と違って女性的で落ち着いており、無事故走行だった。箱型の何の変哲もないブルーの車だったが、成熟していたのか、文句も言わず体も丈夫でよく働いた。主家の無事故無違反の記録を造って引退した。
 4代目はやっぱり「三菱ランサーLなんとか」。この車は尻がでかく跳ね上がっている感じで、主家からはカッコー悪いと嫌われた。主家は休日も何時も家の中でゴロゴロしており、あまり使って貰えず、ご奉公の実を挙げることができないため、モンモンとしていた模様。そんなある日、主家のクルマ気違いの馬鹿息子が、無断で引き出し、前方に他のクルマが出てきているのにムチを入れ、それに諾々と従って突進したものだから大破。馬鹿息子はそれまでに既に少なくとも3台のクルマ(サニー、ミニカ、スターレットのセコハンもの)を再起不能にさせており、そんなヤツの命令を聞くなんて、軽率の誹りを免れなかった。時価評価より多くの遺金を残した。
 芭蕉号以前はいずれも三菱車で、初代を除いて堅実な車であったが、何故かスピードを出して車間を取らないクセだけは共通で、運転している者の身にもなってもらいたいものだ。スピードには気をつけましょう。
 というわけで、朝霧の流れる庄内平野の穀倉地帯を縫って、本日第一番目の滝、大柄の滝に向かった。同じ能代市でも道は空いており、本日の計画より早く着いた。
 本日の計画は:能代発6:00→6:30大柄の滝着=大柄の滝発7:00→7:40白糸二段の滝・峨瓏の滝着=白糸二段の滝・峨瓏の滝発8:10→9:20太平湖駐車場着であったが、この太平湖の船乗り場に9時半前に着けるかどうかが鍵である。太平湖の北清水港出帆の初船は9:30で15:30まで1時間毎にあることになっている。反対に小又峡発の方は北清水港を9:30に出た遊覧船が25分掛けて小又峡桟橋に着き10:00発として折り返して来る。即ち10:00〜16:00までの間1時間毎にあることになる。15:30発の船はそのまま小又峡桟橋に上がることなく帰ってこなければ、つまり小又峡16:00発の船に乗り遅れれば、「先方で夜明かし」と、こうなる。それに9:30発に間に合わなければ、次の船は10:30発となってしまうので1時間のロスが生まれる、ロスがうまれると桃洞の滝行きが苦しくなる、という切羽詰った按配である。小又峡桟橋から三階滝までは徒歩40分〜1時間と聞いていたから、10:30に乗船して行ったのではヘタをすると小又峡発14:00となりかねず、そうなったら桃洞の滝のクマゲラ・センター駐車場に着くのは早くても15:20頃となり、そこから1時間で桃洞の滝だから着くのは16:30を回ってしまう。写真をチャッチャッと撮って帰ってきても早くて17:30!最早真っ暗。
 実際は、心配は杞憂に終わった。太平湖駐車場には悠々セーフだったし、小又峡桟橋←→三階滝間は急げば30分くらいだったので、なんと15:30には桃洞の滝から帰還できたのだった。上記より計算して見て下さい。解答は後ほど。
 大柄滝には6:20頃ついた。
 まだ秋分の日とはいえ、朝もかなり遅くなっているのは七折の滝で経験済みであったが、この滝の奥はインディージョーンズにでも出てきそうに深い半洞窟となっていて、滝の回りはかろうじて明かりが射していたが、奥の方は不気味に暗かった。「一つ積んでは母のため・・・」のケルンでも積んであったら逃げ出したいところである。その暗闇を背に、大柄の滝を狙ったが、どうしたわけのわけ柄か、その位置から撮影したものは全部ブレていて使い物にならなかった。なんか、背後から背中をチリチリ掻かれているようで、落ち着かなかったが、三脚にしっかりカメラを固定して、ヒヨコを持つように柔らかくシャッターを押したはずなのに不思議である。朝まだきのシワガラの滝のようなヤツをものしてやろうと思っていたが、苦労の甲斐なく全滅であった。

2.幻の青秋スーパー林道
「お〜〜い」
 連れ合いを呼んだが、流石に気味が悪かったかして、川の向こうから近づいてこようとしない。滝に至るには少しだけ川を遡行せねばならなかったのだが・・・しかし・・・変だな・・・長靴を履いていたはずだゾ。ま、あんなことがあった後では仕方ないか・・・。
 と、言うわけで能代市大柄地区を後にして、次の滝へ・・・えっ?誰?袖を引いているのは?・・・次の滝へ・・・ちょっとお、何ですか?何なんですか?えっ?<あんなこと>とは何だ、ですか?いえ、ほんのつまらんことでして・・・失礼してとにかく、次の滝へ・・・許さん?許さんて、あーたねえ!これは私の旅行記ですよ、それを・・(擬音:☆★○ボカッ●)痛てっ、この紀行の冒頭でも<可愛い子には旅をさせろ>でえらい目に遭ったっちゅう話を置き去りにしたじゃあないか、ですか?あれはあーた、話が長くなるもんで・・・(擬音)・・・分かった、分かった、分かりました〜〜〜ッ!言いますよ、言やー良いんでしょ、っつたくう。
 で、次の滝へ、あ、冗談、冗談。
 大柄の滝駐車場――と言っても草原――に着いた時、一台の車が停まっていた。こんな朝早くに、こんな車が、とは思ったが、それ以外は別に何とも感じなかった。自分たちだって人に言える義理ではない。しかし、駐車場の外れの鉄の階段を降りようとしてビックリした。下から手すりに掴まりながら、棟方志功よろしくビール瓶の底のようなメガネを掛けた男性が、フーフー言いながら登って来るのである。それだけでビックリするのはおかしいが、その男性、ちゃんと背広を着ているのだが、頭は起き抜けのようにモジャモジャ、背広もネクタイ外してクシャクシャ。あまつさえ下駄とも雪駄ともつかぬものを、パタパタ履いているのである。とても滝見にきたスタイルではない。それでも旅の心得。
「こんにちは、お近くからですか?」と、私。
「もごもごもご」と、男性。
「滝まではどのくらいでしょうか?」と、私。
「ほごほごほご」と、男性。
 男性の目が多少血走っているように見えてきたし、私が話し掛けるといかにも迷惑そうである。ここは触らぬ神に祟りなし、七里結界、というわけでそそくさと階段を下り始めたのだが、な〜んか嫌な気持ちに捕われていた。その男性は何か別の理由でもあってこの早朝ここに来たのじゃあないだろうか?谷底に死体でも転がっていたら怖いなあ、などと思いながら行ったところがら、行く手があの薄暗い陰々滅々とした滝だったのであった。そんな時に確かに普通のオナゴはあの滝には近づきたがるまい。半洞窟の暗闇の中に横たわる者でもがあったらね・・
 ね、やっぱりつまらんことだったでしょう?
 と、言うわけで6:50頃能代市大柄地区を後にして、次の滝峨瓏の滝、白糸二段の滝へ向かったのである。朝の無人に近い道をすっ飛ばしたので、7:30前には目的の滝に着いた。もし、オービスの罠でもあれば一発で、あの越中での悪夢が蘇って、タチドコロに免停の憂き目を見たことだろう。
 峨瓏の滝は県道に立派な表示があり、駐車場目の前が滝壷である。峨瓏の滝駐車場に入る少し前に右折していく細い道があり、<白糸二段の滝>の表示が立っていたのでそちらを先に見ることにした。いくらも走らないうちに短いトンネルがあり、抜けると離合も出来ない道であったが、峨瓏川の対岸の滝の正面に芭蕉号を停めさせてもらい、シャッ、シャッとフリーハンドのオートで撮影した。そんなに暗い感じはなかった。しかし、後でプリントしてみたら、大方のところブレまくって、なんと全滅であった。三脚だけはどのような時でもしっかり固定して撮影しなくちゃあいかん、と肝に銘じていたはずであったが、対向車を懼れて焦った結果が、この体たらくとなってしまったのだった。
 もちろんそんな結果になっているとは露知らず、白糸二段の滝にごっつあん訪問をして、意気揚揚と峨瓏の滝駐車場に引き返してきた。こちらは重いマンフロットを使ったのでブレは問題なく、もし失敗していれば、これは私の技術の問題である。
 この道をさらに青森県方面に向かって行くと、太良峡にいたり、さらに進むと一通滝といった佳滝や釣瓶落峠があって、世が世なら白神山地を越えて青森県西目屋村に出るルートのはずであるが、峠のトンネルを抜けると通行止となっている。世が世ならというのは、まさにこの辺りが、私たち自然保護派が目の敵にした<青秋スーパー林道>の候補地だったのだ。知床での保護派の成功は、この青秋スーパー林道を行政に思いとどまらせ、他の大規模開発の抑止となり、白神山地は世界遺産にも登録され、地球全体の宝となったのである。もっともバーミアンの大石仏のように、神をも懼れぬ連中というものはどこにもいるので、政体が変わったりすれば将来とも保証の限りではないが、南アルプススーパー林道の末路を見れば、自ずと解答は出る。山を崩し、木を切り開いて破壊の限りを尽くし、やっと作り上げた南アスーパー林道のその後は、崩落が激しくて最早修復のメドもたたず、単なる山と自然を破壊していくだけのデクの棒と成り果てている。

3.アナタ任せの滝巡り
 ただ、滝ヤラレとしては、ここに青秋スーパー林道があったら楽に滝に行けるのにな、と思ったのは事実で、この道に山を一つ越してほぼ平行に青森県に抜けられる道があり、そちらには糸滝、五色の滝、不動滝などがある恰好の道なのに、スーパー林道があったらな、などと思うのはまことに慙愧に耐えないが、まあ、滝にヤラレてしまった者の繰言とお許し願いたい。歩行していると車の運転を見て、「ヤロー乱暴な運転をしやあがって」と思うが、運転をしていると歩行者を見て、「ヤロー、モタモタしやあがって」などと思ってしまうアレである。
「次はどこ行く?」
「小又峡の三階滝だ」
「ふ〜ん。歩くの?」
 ここまでお読みいただいた方々は、この会話を驚くべきものと受け取られているかも知れない。「何だ、次にどの滝に行くかも知らないのか?いやさ、教えてないのか?文句をいわないのか?」と。知らないのです。教えてないのです。文句も言わないのです。
 私の連れ合いは私とともに現在750本以上の滝に行っている。行かなかったのは、乗鞍の三本滝(これは滝巡りの途中で外反母趾が酷くなって歩けなくなり、駐車場まで行って諦めた滝。回りの滝はほとんど行っているため、もう一度行け、とは言い出せないでいる)と木曽谷の滝々(出張に行ったついでに独りでコッソリ回ってきたので、今でも恨んでいる)と箱根の滝の一部(団体旅行のついでに見てきた)ぐらいなものだが、滝巡りの日程から宿泊地から訪問滝まで全部私の一存で決めており、内容は私の頭の中に入っているだけである。極端なことを言うと、家を出るとき東西南北、いずれの方向に行くかも知らない。
「今日はどこ行く?」
「福島県だ」
「ふ〜ん。歩くのが多い?」
 ってなものである。これは亭主を信頼しているというよりは、知ってもしょうがないし、亭主が見たがっている滝ならそう当たり外れもなかろうという、ある種の打算から生まれたものであろうか。「滝の細道」を始めた最初の頃は私も独りで滝巡り(これらはほとんど連れ合いと再訪させられている)をしたものだが、決まって何かやらかしてきたものだった。滝壷へザンブと落ち込んだり、爪が剥がれるほどの突き指をしたり、滑落をしたり、頭をぶつけたり、などなどなど。歳も歳だったし、動きも鈍くなってきていて、連れ合いの言葉を借りれば、「あんな馬鹿息子を二人も残して先に逝かれてはタマラナイ」というわけで、ただ付いて来ただけだったのだ。お目付けである。しかし素晴らしい滝を巡るうちに、当然ヤラレてくるのは人の常。暫くゴロゴロと家でのたくっていると、「ねえ、どっかいい滝ないの」と催促するようになり、「滝、行きましょうよ」となったのであるが、全部私に任せて、自分はCCレモンなんぞを助手席で飲んでいる、というスタイルは変えようとしない。そのほうが楽だから。連れ合いに言わせれば、「次の滝へのナビをしたり、あなたに冷たいものを注いであげたり、オニギリのテープを取ってあげたり、アブナイと叫んだり、窮屈なとこで寝たり、ホントに大変なんだからあ」
 彼女は次の滝を、前の滝が済んで初めて知るのである。駐車場から歩く距離、装備などにいたっては、その滝に着いた時に知らされることすらある。それでも平気な顔をしているのは、任しておいたほうが楽、というだけでなく、別のコンタンがあるからである。歩く距離が長ければ、それだけ珍しい草花に会える機会も多くなる。特に高地にある滝への遊歩道は、平地では見られない草花も多く、これが全国に及んでいるわけだから、彼女の山野草のストックは膨大なものとなっていく。ただ彼女にとって残念なのは、現在サイトを開いている「寺家ふるさと村の草花」の維持で手一杯なことと、連れ合いの親爺が、同一プロバイダのレンタル容量を気にしてアップを渋るので、なかなか公開できないことであろうか。
 峨瓏の滝駐車場を予定より20分早く7:50に出ることができた。藤里町には素波里不動滝があるが、太平湖の渡船の時間が迫っているので割愛し、二ツ井町のR7に戻って、県道3号二ツ井森吉線で合川町に入った。大野台を始めとする合川町を取り巻く景観は、北欧の田園風景に似ていることで有名とのこと。なるほど、平地から出羽丘陵に続く風景は、かのグランマ・モーゼスの描く田園の醸し出すリリシズムに酷似しているように思われる。なだらかだった丘陵は段々高く深くなってきて、森吉町阿仁前田からは山岳道路となり、三階滝の太平湖駐車場には9:10に着くことができた。駐車場から小又峡行き遊覧船の出る北清水の桟橋までは坂を下って10分ほど掛かるが、駐車場脇の管理事務所で切符を買って、身支度をしてトイレに行っても大楽勝であった。例によっておばたりあんがドタドタと遅れて乗り込んできたこともあったが・・・

4.垂乳根の母の姿や
 太平湖の水面は<油を流したような>という表現がピッタリで、波一つなく、遊覧船の波が押し寄せて、やっと物憂げにさわさわと乱れて行った。一箇所、枯れ木が水面に突き出していて、その水面界が分からず、上部が水面に綺麗に映って、まるで両端を切り落とされた木が、<浮き>のように、縦に水中に浮かんで見えるような光景に出っくわした。スワこそ、とカメラを取り出した時には、船の波に水面が掻き乱され、単なる水から突き出た枯れ木と変じていた。帰路に撮ればいいやと思ったが、帰路のそこにはさざなみが立っていて、「水辺の詩」用を一枚損してしまった。
 9:35に北清水港を出た遊覧船は、小又峡桟橋に10:00に到着、直ちに三階滝に向けて出発した。小又峡を三階滝まで行く遊歩道はなまら平坦で、危険な所もないが、大小の滝が続いている。途中の滝々は往路では割愛し、復路で、12:00小又峡桟橋発の時間を見ながら撮影して帰る積りで突き進んだら、10:35には三階滝展望台に着いてしまった。ここで、11:00ころまで滝にいて、ゆっくり小又峡の滝々を撮影しながら下って行っても11:50までには桟橋に着けることとなったのである。
 三階滝はもうもうと滝飛沫をあげ、辺りの景色を圧倒していた。雨は一昨日降っただけなので、小又川は常にこのように猛烈な水煙を上げているのだろう。この滝を写真に撮っていると、小滝派の気持ちが良く分かる。小滝の方がぐっと近寄って、水流を様々な角度で撮ったり、全体を特殊なカットで工夫できる。三階滝のように巨大な滝は、近づいてもズブ濡れになり、よほど広角レンズでなければ画面が真っ白になるだけである。それでも、滝上部から上がる飛沫の煌きを逆光の中でうまく撮れた自信はあったが、それがこれ。それから、嬉々として花を撮影している連れ合いの尻を叩き、嬉々として滝を撮影していたら尻を叩かれして、11:40には小又峡桟橋まで帰ってきた。
 12:00の小又峡発に乗船し、12:25北清水港着、太平湖の駐車場を出たのが12:45、桃洞の滝入口のクマゲラ保護センター駐車場に、一回道を間違って、「何で滝の表示がないんじゃー」、と罵りながら着いたのが13:15であった。
「こっちがクマゲラセンター保護区だって」
「そうかなあ、何かへんだなあ」
 ブツブツいいながらクマゲラ保護センターの手前を左折して50mほど行くと、十字路になり、三方向にいろいろ書いた標識があったが、桃洞の滝のとの字もない。メインを左折したところまで引き返せば、ほんの100mほど直進した前方に駐車場があったのである。それを何時ものとおりの悪い癖が出て、「ええい!」ってんで、その十字路を直進してしまった。5分ほど走ると道は細くなり、心も細くなって来たので、カエロカナーと思っていたところにツナギ服のおっさん(ホントは保護官かも)がいて、教えて貰ったら、さっき左折したところの直進直ぐのところを教えてくれた次第だ。う〜〜ん。
 桃洞の滝に行くには一箇所徒渉するところがある、という事前情報を得ていたので、装備は、といっても重〜〜いニコンF5が70%だが、普通装備をして、長靴を履いて出掛けた。結果的には、滝壷に入らなければ長靴は何の役にも立たなかった。どのサイトをみても、「ここを左岸から右岸に徒渉する」と書いてあるところに、新しい飛び石のキチンとした橋が出来ており、滝の展望所までならアップダウンもないのでスニーカーで十分である。腹が立ったので飛び石橋の脇を、殊更ジャブジャブと渡ってやった。長靴は滝壷に入って行くのには役立ったので愁眉を開いたし、腹の虫も治まった。滝壷の前面は一見平坦な滑床に見えるが、そこここに深い甌穴が口を開けており、逆光の中では迂闊に歩くとズボンと落ち込んでしまう危険性があるので要注意。
 桃洞の滝のあるノロ川は緩やかな川で、滝に至るまで平坦そのもの。距離は3.3kmほどあったはずだが、さっさと歩いたら14:10に着いてしまった。13:25に駐車場を出てから45分ほどで着いたことになる。
 さて、問題の滝だが・・・・・・・・・・問題だナ。
 これが、桃洞の滝です。で、コメントはなし!
 彩志会のメンバーの一人に「オカミさんも一緒に行くんだべか?」とか「この滝を見て細道どんはどんな句を読むんだべか?」などと、事前にプレッシャーを掛けられていた関係もあって、滝の前では焦るばかりで句なんぞ出てくるものですか。連れ合いも、角を曲がって滝が見えた瞬間は「まぁ」と言ったきり言葉もなかった。私は滝壷の方へジャブジャブと入って行って、ぐっと接近して撮影した。そのスケベ親爺の撮影風景を、後ろで連れ合いがデジカメに収めていたとはちーとも知らなんだわ。
 この滝の奇観は、今まで私が巡ったうちでも屈指のものである。先ずこの右に出るものはあるまいと思われる(と言いながら、実は私は凄い滝の写真をもっているのだが、ここで公開するわけにはいかない。自然の姿で松茸撮ってアップして、猥褻物チン列罪もなかろうと思うけれど)。今回は、弥勒の滝と七折の滝が加わって、奇妙な滝のストックも増えた。
 
5.マシラの如く
 桃洞の滝の一位は良しとして、二番目は真っ赤な提灯に一つ目小僧の嫗仙の滝であろうか。三番目は(み)で、今回の弥勒の滝かな。四番目となると難しいが、水がどうやって落ちてくるのか下からは全く分からない、その名も米子の奇妙滝。五番目はゴロ合わせで、真中の岩がティラノサウルスREXの頭部にそっくりな五龍の滝。六番目は、[宮本武蔵]にも出てきた小次郎が燕返しを編み出した、二つの水流がポンプのように噴出す一乗滝。七番目となれば、これはもちろん七折の滝。八番目はどうだろう。高千穂の洞窟内に落ちる趣のある真名井の滝で、九番目は{く}で指を丸めたような穴を潜って落ちてくるくぐり滝。最後の十番目は、「とう」で太い樋の中を一気に下るような蜻蛉の滝であろうか。
 西日本はなにしろ行っている滝の数が少ないので、珍奇な滝に出合うことも少ないのだろうか、十中九までが大阪より東の滝である。
 桃洞の滝を出たのが14:35。桃洞横滝などを見ながら帰って15:30に駐車場に着いた。これで、もう一つ、森吉の白糸の滝に行けることとなった。
 白糸の滝は、クマゲラセンターから県道に戻ってきて、T字路を右折すると直ぐ大きな橋がある。その橋を渡り切った袂の湯ノ岱という表示のところを左折して暫くすると、右側に白いコンクリートで固めた広場があって、その奥にある。
 4時前なのに谷間はすでに重く沈んでいて、カメラに耐えるかどうか。滝は手前の谷を回りこんだところにあり、遥かな高みに20mほどの上部が見える。それから流れは大岩の影に40mほど隠れて落ちた後、下段10mがまた現れる。下段だけでも白糸状の簾水流で一見の価値はあるが、上段から全部見られるアングルがあれば、さぞや壮観であろうと思わせるものがある。
「ちょっと、あそこに人が!」
 連れ合いの声で対岸を見ると、切り立った崖の中腹にへばり付くように人が動いている。大きな朽木が途中に引っかかっていて、そこでキノコか何かを採っているようだ。どこから登ったのだろうと辺りを見回して見たが、足掛かりなど全くないような一枚岩で、私には見当も付かない。かすかな溝か割れ目のようなものが、斜めに横切っていたが、登攀に寄与する裂け目とも思われない。暫く見ていたが動かないので、白糸の滝の方にカメラをセットしてシャカシャカと撮っていて、ふと、思い出して見るともういない。谷底を見ても転がっている様子もない。
「おい、あの人は何処へ行ったんだ?空に飛んでったか?」
「あそこをこう下って、こっちのあの石のところへ降りて、こちらの直ぐ後ろに登ってきたわよ。猿みたいだったわ」
 連れ合いの指し示すルートを辿って見て唖然とした。手に吸盤でも付いていなければ、到底無理な岩壁と見えるのだ。そこを、それこそマシラのごとく下ったというのだから、凄いと言うか何と言うか・・・とくにこちら側は少しオーバーハング気味だ。
「まさか!あんなとこ、降りられるわきゃあねえわ!」
「だって、サササと降りてきちゃったんだもの。サササっとよ!」
「靴はどんなもの履いとった?」
「地下足袋だった」
「うーん、信じられんなあ」
「信じようと信じまいと、ほら、まださっきの駐車場にいるわよ」
 今にして思えば、ピトン(ハーケン)などが打ち込んであったのかも知れない。あの朽木は毎日何かが採れるシロなのかも。駐車場に戻ってみると、キノコを袋から取り出しているのは、どう見ても田舎のオッチャンでロッククライマーとは到底見えない。乗ってきているのは例の軽トラである。農業の傍ら、この季節、副業としてキノコを採って売りに出しているに相違ないと見た。
「それはマイタケですか?」
「うん、いまこったら天然モンは滅多に取れん。ウマイよ」
「あんなとこでないと採れないんですか?」
「ああ、あの木か?あっこは良く採れるんだあ。少し持ってくかね?」
「いえ、まだ帰らないんで、結構です。スミマセン」
 タダでくれようとしたのか、高〜〜いお値段が付いたのか分からなかったが、聞き返して要らないじゃあ済まないと思って、慌てて断って出発することにした。そのため「あんな危険なとこをどうやって降りたのですか?」、と肝心なところを聞きそびれてしまった。
 本日の滝見は、白糸の滝が危うくなったのでこれでお終いだが、明日はどうしようか、暗門の滝に行こうか、鳥越の滝など岩手県の滝を巡ってから遠野に行こうか、と色々思いあぐねているうちに、記憶は途切れてしまって、どこをどうして宿泊地盛岡のホテルに辿り付いたか思い出せない

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